2ntブログ

無花果 -The faith of strip-


主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。
蛇は女に言った。

「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」

女は蛇に答えた。

「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。
 でも園の中央に生えている木の果実だけは、
 食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、
 と神様はおっしゃいました。」

蛇は女に言った。

「決して死ぬことはない。それを食べると、目が開け、
 神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」

女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、
賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、
一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。
二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、
二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。

「人は我々の一人のように、善悪を知る者となった。
 今は、手を伸ばして命の木からも取って食べ、
 永遠に生きる者となるおそれがある。」

主なる神は彼をエデンの園から追い出し、彼に、
自分がそこから取られた土を耕させることにされた。
こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、
エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。

           (旧約聖書創世記第3章より一部抜粋)

    無花果  − theFaithofStrip −

   イチジク  ザ・フェイス・オブ・ストリップ

 *********************************************

    第壱章 中学時代 −Hedgehog’sDilemma−

 *********************************************

「蒼い空に… 雲は流れ… かぁ…。」

  空
     蒼いモノ…
          美しいモノ…
  雲            透き通ったモノ…
     白いモノ…           落ち着くモノ…
          綺麗なモノ…
  光            混じりけのないモノ…
     輝くモノ…           純粋なモノ…
          眩しいモノ…
               暖かく包むモノ…
                       形のないモノ…

少年は、空を見ていた。
何の意味もなく、ただボーっと…。

退屈な時間
意味のない毎日
価値のない人生

そんな日常がずっと続いていくのかと思うと、
何もかもやる気が出ない…。

「緒方くん!」
「緒方翔くん!!」
「オガタショウくん!!!」
「あ… はい…。」

チョークを片手に教壇に立って彼を睨む女教師は、
彼の間の抜けた返事を聞いて軽くため息をついた。

「この問題、前に出てきて解いてくれる?」
「……わかりません。」

特に何にも考えずに呟いた。
女教師は呆れ顔でやむなく次の生徒を指名した。

「しょうがないわね…。
 じゃあ、西濱さん。」
「はい。」

落ち着いた声で小さく返事をした少女は、
静かに席を立ち、黒板にスラスラと問題を解き始めた。

「うん、いいわね。正解よ、西濱さん。」
「おお、すげ~」 「やっぱ頭いいわね~」

少女は静かに席に座った。
教師に褒められても、同級生に囃し立てられても、
少女は笑顔ひとつ見せることはなかった。

寡黙な美少女…。
彼女の名前は『西濱 綾』
クラス一の秀才で、容姿端麗。
先程の少年『緒方 翔』とは幼馴染だ。
とはいっても、幼稚園の頃からの知り合いだというだけで、
特に深い付き合いもないし、何より彼は彼女の笑顔を一度だって見た事はなかった。

「翔ぉ!!
 あんた何やってるわけ!?」

休み時間になった途端に、うるさいのが来た。

「あ~んな簡単な問題が解けないだなんて、
 あんた受験生としての自覚あるの? まったく!」

この長髪の少女も、先程の少女と押しも押されぬほどの容姿だ。
だが、性格は正反対のようである。

「あんな問題が解けるのは、うちのクラスじゃ
 西濱と緋村くらいだよ。」

しかし少女は彼の言い分などまったく聞く気がないようだ。

「はっ、ど~せ、ボケーっとしてスケベな事でも考えてたんでしょ!」
「そ、そんなんじゃないよ!」

翔は慌てた。大勢のクラスメイトの前で、なんて事を言うんだ…。
勝気な美少女…。

彼女の名前は『緋村 美優』
美しく、優しい… なんて名前とは裏腹に、
彼女は何かにつけては翔に小言を言う。

「えっと… 次の時間はっと…」
「次は体育よ。
 あんたは運動オンチなんだから、真面目にやんなさいよっ!」

確かに本当のことだが、少しカチンとくる。

「うるさいなぁ、もう…」

翔は美優が苦手だ。

「じゃあ、あたし行くわよっ!
 更衣室覗いたら、ただじゃおかないんだから!!」

だいたい美優がどうのこうの以前に、更衣室を覗けばまず間違いなく、
教師に説教されたり親を呼び出されたり、面倒な事になるだろう。
翔は面倒な事は嫌いだ。

「他の男子も! わかってるわね!?」

そんな大きな声を出さなくったって、みんな聞こえているのに…。

「自意識過剰なんだよ、緋村は…。」

翔はポツリと呟く。

「な、なんですってぇー!!」

美優は顔を真っ赤にして怒った。
が、そこに他の女生徒が助け舟。

「美優、先行くわよー!」
「あ、恵ぃ~、まってーっ!!」

美優は親友の恵を追いかけ教室を出て行った。

「ふぅ…」

ようやく一息つけた翔。

「ハハッ まったく緒方と緋村はラブラブでいいよなぁ。」
「そ、そんなんじゃないよっ!」

美優ともめた後は、必ずクラスメイトにからかわれるから
翔にとってはいい迷惑である。

「おい緒方、早くしないと次の時間間に合わないぞ!
 俺は先に行くからな。」
「あ、急がなきゃっ!
 先に行ってていいよ、栗原。」
「ああ。急げよ!」

翔はくたびれた鞄の中から体育着を取り出した。
この中学校では、女子には更衣室があるが
男子は教室で着替えなければならない。
翔は急いで体育着に着替えてグラウンドへ向かった。

キーンコーンカーンコーン

「はぁ… 鳴っちゃったよ…。」

案の定、翔がグラウンドに着く前に鐘が鳴ってしまった。
女子は着替えの事を考慮して多少遅れても許されるが、男子は遅刻厳禁。
ま、世の中そんなもんである。

「緒方!遅いぞ!!」

体育教師の怒鳴り声。
翔が着いたときには、他の男子はもうみんな教師の前に整列して、
体育座りをして待っていた。
体育教師は腕を組んで鬼の形相を浮かべている。
どうして少し遅刻したくらいで、いちいちそんなに怒るんだろう。

「…すいません。」
「声が小さい!!
 お前、やる気あるのか!!」
「ないです。」

思わずポロリと出てしまった本心に、翔はハッとした。

「あ、いや、その… なんでもありません…。」

クラスメイトたちはクスクス笑っていたが、
教師は怒り心頭だった。

「緒方あ!!お前は遅刻した罰として、腕立て・腹筋・背筋100回ずつ!!」

翔はひたいに手を当て天を仰いだ。

「他は、前回の続きだ。
 チームごとに分かれろー。」
「はい!」

中学生らしい元気な返事。
みんな何であんなに元気なんだろうな…

「いち…  にい…  さん…  しい…」

翔は言われた通りに腕立て伏せを始めたが、
もともと体力がなく運動が苦手な彼にとっては、
100回なんてとても無理な話だ。

「ごお… ろく… しち…
 はぁ… 行ったか…。」

当然、教師がその場を離れて行ったらサボるのである。

「ふぅ…」

翔は深い溜め息をついた。
他の男子たちの方を眺めた。
あの体育教師が熱心に指導している。
これは当分戻ってきそうにないな…。
そう判断すると、今度はそれと逆方向の
女子の集団の方を見てみた。

「よーい、ピーーーー!!」

翔が目を向けた瞬間、ホイッスルが鳴り女子たちは一斉に走り出した。

「女子は長距離走か…。」

翔はぼんやりと、女子たちの様子を眺めていた。
大方の女子たちは、やる気無さそうに
ゆっくりダラダラと走っていた。
中には友達とペチャクチャ話しながら走っているのもいる。
そんな中、先頭を走るのは綾である。
そして、続く二番手は美優。

「緋村、ムキになってるな…。」

常に同じペースで淡々と走っている綾と、
長い髪の毛を振り乱し「はぁはぁ」と荒い息をしながら走る美優。
綾を追い越そうと猛ダッシュしたり
逆に力尽きてペースダウンしたりを繰り返す美優の様子が、
見ていて面白かった。

「おい、な~にサボってんだよっ!」

ボーっとふたりの様子を見ていた翔は、突然声をかけられて驚いた。

「なんだ、栗原かぁ…
 栗原のほうこそ、抜けてきちゃっていいの?」

翔に声をかけてきたこの少年は、
翔の数少ない友人の一人。

「ああ。別にひとりくらいいなくたって
 どうせ気付かないだろ。」

そう言うと彼は、翔の隣に座った。

「それよりよお、お前さっきから
 なにボーっと女子のほう見てんだよ。」

栗原の問いかけに顔を赤くして、しどろもどろになる。

「え、あの…その…
 別に見てたわけじゃないよ、ただ…なんとなく…」

栗原は翔の背中を軽く叩いた。

「まぁ、気にすんなってっ!

 で、誰を見てたんだ? 緋村か?」

不敵な笑みを浮かべ問い詰めてくる栗原に、
翔は非常に戸惑った。

「ち、違うよ!!」
「ん?違うか。じゃあ西濱か?」
「だから見てないってば!!」
「まあまあ、そんなムキになるなって。」

栗原は女子の先頭集団――つまりは綾と美優のデッドヒートを
眺めながら話した。

「確かに、緋村も西濱も顔は可愛いけどよ。
 ふたりとも性格があんなんだしよ…。
 それになにより……」

女子の体育着はブルマだ。
美優も綾もスタイルが良く、綺麗な足が露になっている。
白い体育着からはわずかにブラジャーの色が透けて見える。

「……どうせ走るなら、大きな胸を
 ブルンブルン揺らして走って欲しいよなぁ!
 な? 緒方もそう思うだろ?」

返事はなかった。

「なあ、緒方?」

栗原が振り向くと、そこには…

「こらぁぁあ!!」

体育教師の怒号が響き渡る。

「栗原ぁ!! お前、勝手に抜け出して、
 真面目に筋トレやっている緒方の邪魔をするとは、
 どうゆうつもりなんだ!!」

翔は教師が来たのに気付いて、
慌てて素知らぬ顔で背筋をしていたのだった。

「よし緒方、お前はもう終わっていいぞ。
 栗原、お前は罰としてグラウンド10周だ!」
「ええー!!」
「今は4時間目だから、昼休みまでかかってでも
 しっかり走れよ! ちゃんと見張ってるからな!!」

トホホ…といった感じの栗原の背中を、
翔は少しすまなそうに見つめていた。

翔は上半身裸でタオルで汗を拭いていた。

「なぁ緒方、栗原知らないか?」

シャツとYシャツを着て、
ボタンを留めながらその質問に答える。

「ああ… 栗原なら、サボってたの見つかって、
 グラウンド10周走らされてるんだ。」

翔は体育着のズボンを脱いだ。
そこへ着替えを終えた美優が帰って来た。

「ふんっ バッカだね~、あいつ!」

そして翔を見るなり、

「…って、あんた何て格好してんのよー!!
 変態!! 変なもの見せないでぇー!!」
「そ、そんな事言ったって、しょうがないじゃないか。
 だいたい、緋村が来るの早すぎなんだよ!
 他の女子だって、まだ誰も帰ってきてないじゃないかっ!」

翔は顔を真っ赤にして、自分の正当性を主張した。
だが、上はYシャツ・下はトランクスの今の翔の格好では、
まったく説得力がなかった。

「そんな事言ってないで、早く着なさいよ!」

美優は「ぷんっ」とそっぽを向いた。

「ところでさ、緋村。
 今日の長距離走、緋村と西濱、どっちが勝ったの?」

着替え終わった翔が美優にそう尋ねると、勝ち誇ったように胸を張って答えた。

「と~ぜん、あたしよ!
 あたしがあんな貧弱ガリ勉女に負けるわけないじゃない!」

貧弱ガリ勉女かぁ…
西濱も酷い言われようだなぁ…
そう思いながらも、

「そっか… そうだよね。」

と、話を合わせておく。
美優は綾の事になると、かなり意地になるのだ。
そのことを、翔はよく知っていた。

「ん…?そういえば、どうしてあたしとあの貧弱ガリ勉女が競ってた事知ってんのさ…」

顔をしかめた美優を見て、
翔は「やばっ」と素知らぬ顔をしてみせた。

「さては、あんた……」
「美優、お弁当食べに行こうよ~」
「あ、うん。今行くー!!」

美優は翔をギロッと睨んでから、
恵と一緒に出て行った。
美優の親友の恵は、いつも良いタイミングで助け舟を出してくれる
翔にとってはありがたい存在だ。

「ああ~~~、まったく酷い目に遭ったぜ!」
「あ、栗原…。」

ようやく栗原が教室に戻ってきたのだ。

「まったくヒドイじゃないか、緒方ぁ!
 先公が来たの気付いたんなら、
 俺にも言ってくれりゃいいじゃないか。」
「ご、ごめん…」

栗原は女子のいる前で、堂々と着替えながら話した。

「まったくよぉ…
 今度、たこ焼きでもおごれよな!」

「あ、うん…。」

栗原はニヤッと笑うと、鞄から弁当を取り出した。

「緒方、飯もう食ったか?」

「いや… 待ってたよ。」

翔も弁当箱を取り出した。
翔は栗原と一緒に弁当を食べるのが、最近の日課だ。
栗原は翔の席へと来て、近くにあった空いている椅子に座る。

「おー、今日も緒方の弁当は美味そうだなぁ。」
「そうかな…?」

家が貧しいため、栗原の弁当には大したものは入っていない。
だから、冷凍食品オンパレードの手抜き弁当でさえ、
彼にとっては魅力的なのだ。

「これ、もらっていいか?」
「え…」

翔が返事をする前に、栗原はミートボールを口へ運んだ。

「うん、うめぇ!」

余程お腹が空いていたのか、栗原は夢中で弁当を食べていた。
しかし、その横で翔の箸は止まっていた。
翔がボケーっと眺めるその先には、綾がいた。
今日もひとりで食べてる…。
綾に友達はいない。
憂いを帯びた表情で、何処か遠くを見つめている。

短めの黒髪…
雪のように白い肌…
そして…

―――――― 紅い瞳

人間とは思えないほどの、美貌の持ち主…。
その近付きづらい冷たい空気が、
彼女の美しさを引き立てているのかもしれない…。
そういえば昔、
あの紅い瞳が原因で虐められてた事があったな…。
あのとき翔は、綾を助けることが出来なかった。
でも、綾は虐められても泣かなかった。
いつも同じ顔をしてた…。
あの頃も、今も。

「おい緒方、なにボケーっとしてんだよ?
 早く食わないと、昼休み終わっちまうぞ!」
「え、あ… うん。」

時計を見てみると、もう5時間目まであと5分もなかった。
翔は慌てて弁当を掻き込んだ。
するとそこへ、

「あんた、まだ食べてるの!?
 遅いわねぇ。まったく、それでも男子なの?」

いちいちうるさい女、美優が教室に戻ってきた。
美優は恵たちと一緒に、屋上で弁当を食べていたのだ。
彼女の席は翔の席の隣だ。
自分の席に着くと、翔を見つめた。

「あんた、ご飯粒付いてるわよ。」
「え…?」

翔の口もとに手を伸ばす。

「ほら…。」

ご飯粒を付けた美優の人差し指と美優の顔を交互に見て、
翔は目を丸くするのだった。

「まったく、お前らはラブラブでいいよな!」

栗原のひと言で、ハッとするふたり。

「そんなんじゃないよ!!」
「そんなんじゃないわよ!!」

見事にシンクロしたふたりの反論に、
まわりにいたクラスメイトは笑いを堪えられないのだった。

「おっと、もうすぐ授業始まっちまうな。」

そう言いながら、栗原は自分の席へと戻っていった。
残されたふたりは微妙な空気…。

「はーい、じゃあ始めるぞー!」

国語教師の声がかかると、翔は渋々食べかけの弁当を鞄に仕舞った。

「きりーつ、れー、着席っ」

あ~ぁ、始まっちゃったよ…。
こうしてまた、意味のない日常が過ぎてゆく…。
窓際の席で、無表情で黒板を見詰める綾。
退屈そうにクルクルとペンを回している美優。
熱心に教師の話を聞く恵。
やる気無さそうに横を向いている栗原。
真面目に授業を受けて、カリカリとノートを取っているものもいれば、
教師の話を聞かずにひたすら教科書を読んでいるものもいる。
まだ始まって間もないのにすでに夢の世界に旅立っているものもいれば、
教師に見つからないように漫画を読んでいるものもいる。
くだらない日常が、こうして過ぎていくんだ…。
少年は、空を見ていた。
何の意味もなく、ただボーっと…。

退屈な時間
意味のない毎日
価値のない人生

そんな日常がずっと続いていくのかと思うと、
何もかもやる気が出ない…。

こんな日々が、ずっとずっと、続いてく…。

平凡な毎日

退屈な日々

だけど、ときには特別なイベントもある。
そんな数少ない行事のひとつが、修学旅行である。
翔たちは今、京都に来ている。
清水寺、三十三間堂、北野天満宮など
いわゆる観光名所を見て廻った。

清水寺では…

「うわ~~、ここが清水の舞台ってやつね!?」

美優は上機嫌ではしゃいでいた。
翔はあまり興味無さそうにボーっとしていた。
ふと、綾が目に留まる。

無邪気にはしゃぐ他の女子と違って落ち着いている綾の様子や、
その綾の白い肌、表面的な美しさ、凛とした空気、
それら全てが清水の綺麗な景色と調和していた。

「っわ!!!」
「うわぁ!!」

急に脅かされたのでビックリしてしまった。

「なんだ緋村かよ。脅かさないでよ…。」

心臓がバクバク言っていた。

「フフッ 清水の舞台から、
 突き落としてあげようかと思ってね♪」

普段からうるさいヤツだが、どうも今日は一段とテンションが高い。
修学旅行とは、そういうものだ。
次に向かった北野天満宮では…

「この北野天満宮に祀られた”菅原道真”は、
 子供の頃から一生懸命勉強して最年少で国家試験に合格して、
 で、右大臣にまでなった凄い人なのよっ!
 …って、聞いてんの? 翔!!」

そんな話僕に言わなくったって、他の女子にでも話せばいいじゃないか。
翔は少しウンザリした様子で答えた。

「…聞いてるよ。詳しいね、緋村。」
「あんた、こんな話、超常識よ!
 で、そんな凄い人だから、今は学問の神様として
 祀られているわけ!」
「ふ~ん…」

自分の話でもないのに自慢げに話す美優に、翔は素っ気無い返事をした。

「じゃ、ほら。行くわよ!!」

美優は翔の制服の袖を引っ張って歩き始めた。

「え、どこに?」

振り向く美優。

「合格祈願に決まってるでしょ!
 あたしたち受験生なのよ!
 あんた、自覚あんの!?」

そんな大声出さないでよ、他のお客さんに迷惑じゃないか…。
翔は渋々美優についていった。

「ぜったいS高に受かってやるんだから…」

なにやらブツブツ呟きながら、一心にお祈りする美優。

「合格祈願っていってもなぁ…
 まだ志望校も決まってないのに…。」

そう言いながらも、翔は美優の隣に並んで拝む。

「ふぅ…」

翔が一息ついても、美優はまだ目を閉じじっとお祈りしている。
いつまで祈ってんだ…?
そう思って、美優の顔を眺める。
背筋をピンと伸ばして、目を閉じ手を合わせる美優。

緋村…

いつもこうして黙ってれば、ものすごく可愛いのになぁ…
普段と違う穏やかな表情の美優の横顔に、
翔は何だか不思議な感覚を覚えた。

「うん、よし!
 あ、翔。お待たせ♪」

ずいぶん長いことお祈りしていた美優。
参拝を終えた後の爽やかな笑顔が、なんとも美優らしかった。
その後、一行はバスで旅館へと向かった。

「うわ~~!! 広ぉ~い!!
 綺麗な景色~!!」

美優は旅館の露天風呂に一番乗りで入り、
グーンと腕を伸ばした。
美優は何も身に付けておらず、
その中学生らしい発育途中のなんともいえない魅力的な身体が、
包み隠さず露になっているのだ。
美優はスタイルが良い。
胸も中学生にしては大きいほうだ。
その柔らかな膨らみの先っぽで、
桜色の乳頭が己の存在を主張していた。
そしてそこから下へいくと、
なんとも可愛らしいおヘソがあり、
そして更にその下には…
まだ完全には生えそろっていない若草たちが、
美優の一番敏感な部分を護っている。
綺麗だ…。
その姿はまるで、”美と愛の女神”のよう…。

「ちょっと美優、少しは隠しなさいよ!
 恥ずかしくないわけ?」

恵はタオルで身体を隠し、恥ずかしそうに近寄ってきた。

「まぁ、硬いこと言わないでさっ!
 どうせクラスの女子しか入ってこないんだしさ。」

この露天風呂は真ん中に仕切りがあり、男湯と女湯に分かれている。

クラスごとに決められた時間で入るため、

他のクラスの女子や一般の客、ましてや男子などは

入ってくることはないのである。

「じゃあ、さっそくお湯に入るわよっ!」

そう言って風呂へ走り出そうとする美優の肩を

恵は必死でつかんでそれを止める。

「待って待って!

 先に身体を洗えって先生が言ってたわ。」

「まったく、恵は真面目なんだから…。

 教師の言う事なんて、いちいち守らなくたっていいのに…。」

続々とクラスメイトたちが入ってくる。

みんなタオルで身体を隠している。

お互い少し恥ずかしそうに、キャッキャ言いながら楽しそうだ。

だが、美優の他にもうひとりだけ、
裸を見せるのを惜しまない少女がいた。

それは、綾である。

綾が入ってくると、その冷たい空気と美しさのために
誰もが目を見張った。
綾はやや細身の体で、胸も僅かに膨らんでいる程度だ。
だが、その僅かな膨らみの先っぽで、
可愛らしい乳頭がビンビンに勃起している。
綾の恥丘には、包み隠すものが何もなかった。
まだ恥毛が生えていないのだ。
綺麗な割れ目が露になっている。

美しい…。

その姿はまるで、”地上に舞い降りた天使”のよう…。
そのあまりの美しさに見入っていた恵が、
ハッと我に返る。

「まったく、美優といい西濱さんといい、
 スタイルの良いコは自信持って隠さないでいられていいね!」

ボーっとしていたかと思うと、いきなり不機嫌になった恵の気持ちを、
美優は理解してあげる事ができなかった。

「は? 何怒ってんのさ…?」
「別に怒ってない!」

美優は頭の上にクエッションマークを浮かべ、
首を傾げながら、石鹸を手に取った。

「変なの…」

美優は手を洗い、それから
左腕、右腕、首、背中… と洗ってゆく。
そして、胸へ。
柔らかく、そして弾力のある美優の胸。
そのあとお腹を洗うと、今度は脚へ。
そして最後に、秘部へ…。
あまり強く擦ると、なんだか変な気分になってしまうから、
ここだけは優しく洗う。
それからふたりは、お湯に浸かった。

「はぁ~ いいお湯…」

恵の視線が気になった。

「美優…」

お湯に浸かっているせいか、ふたりの頬は火照っていた。

「なに…?」
「胸…、また大きくなったんじゃない?」

同じ女でも、そんなにジロジロと見られるのは恥ずかしい。

「…触ってもいい?」
「な、なに言ってるのよっ!」

急に美優が大きな声を出すから、
みんなの注目を一気に集めてしまう。

「…じょ、冗談よ!」

恵はオドオドして、目を逸らした。

「じゃあわたしが触ってあげる♪」
「きゃっ!」

他の友人にいきなり後ろから胸を揉まれた美優は、
思わず普段出さないような女の子っぽい声を出してしまった。

「んもう!やめてよっ!!」

美優は顔を真っ赤にした。

一方こちらは男風呂。

女風呂とは仕切りがあるだけで、
実は声も丸聞こえなのだ。
男子たちは、息を潜めて女子たちの会話を聞いていた。

  「美優ってさ、好きな人いるでしょ?」
  「だれだれ~?」
  「緒方くんでしょ~?」
  「やっぱ緒方なんだ!」
  「ふたりって付き合ってるの?」
  「そ、そんなんじゃないわよ!」
  「もうやっちゃったの?」
  「緒方くんに毎日胸揉んでもらってるんでしょ?」
  「あ~、だからこんなにおっぱい大きいんだぁ。」
  「違うって言ってるでしょっ!!」
  「あー! 顔真っ赤にしちゃって。美優可愛い!!」

「おい緒方、お前ち〇こ勃ってるじゃ…」

ザバ―――――ッ

湯に浸かる翔を覗き込むようにして言いかけたその言葉を止めるべく、
翔は慌てて立ち上がって、栗原の口を手で塞いだ。

「んん…んんむ…」

だが、翔は立ち上がった事により、
クラスメイトたちの前にその醜態を晒してしまう。

「うわー!ホントに勃ってるし!」 
「なに興奮してんだよっ!」
「女子の裸、想像しちゃったのか?」
「わはははは…」

ジャボン!

翔は慌ててお湯に沈んだ。

「は、恥ずかしい…」

顔が真っ赤だった。

  「なに今の声!?」
  「向こう側、誰か入ってるの!?」
  「ええ? 男子? ウチのクラスの!?」
  「わたし、もう出るー!!」
  「わたしももう上がる!」
  「わたしも…」
  「あ、待ってー。わたしもー。」

女子たちは、みんな風呂からあがったようだ。

「なんだよ、つまんねえの…」
「そろそろ上がるかぁ。」

そう言って男子たちもみな出て行った。
でも、翔はまだお湯に浸かっていた。

「緒方ぁ~、先あがるぞ。」
「あ、うん。」

もうすぐ交代の時間だ。
早くしないと、次のクラスが入ってきてしまう。

「どうしよう…。上がれないよ…。」

「あ~ いい湯だったなぁ。」

栗原が部屋へ入ってくる。
栗原も翔も、寝巻きとして備え付けられていた浴衣を着ていた。
翔は栗原と二人部屋だ。
中学最後のイベントという事で、
班も部屋も基本的に好きな者同士で決められていた。
仲間はずれがでるといろいろと面倒な事になりそうだが、
翔のクラスでは特に問題は起きなかった。

「今日はもう寝るだけかな…?」

翔は『旅のしおり』で予定を確認した。

「うわー、明日朝早いなぁ。」
「緒方、朝弱いのか?」
「うん…。」

そんなたわいも無い話をしていると、
廊下からドタバタ騒々しい足音が聞こえてきた。
ガタンッと大きな音を立てて戸が開く。

「翔いる!?」
「ひ、緋村!?」

いきなり現れた美優と、後ろから顔を覗かせる恵。
美優の無防備な浴衣姿を見て、翔は思わず息を呑んだ。
おそらくブラをしていない…。
胸が見えてしまいそうで危なっかしかった。
だが、当の本人はそんな事はお構いなしのようだ。

「トランプやるわよっ!!」

美優は手に持ったトランプをチラつかせ、
ニヤッと笑った。

「は…?」
「つーか、お前らこっち来ちゃって大丈夫なのか?」

栗原がそう聞くと、恵も少し不安げな顔を見せた。

「わたしもよそうって言ったのよ。でも美優が…。」
「大丈夫よ、別に見回りも無いみたいだし。
 担任ももう歳でボケ始めてるし。」

美優は相変わらずの口調でそう言い放つ。

「そういう問題なのか…?」
「ホントに大丈夫なのかなぁ?」

翔も栗原も破天荒な美優についていけない。

「あんたたち、男のクセに意気地無しね!!」
「うぐ…」

美優はズカズカと部屋に上がり込んで来た。
そして、翔の顔を指差し、こう言い放つ。

「もちろん、教師に見つかったら
 『僕らが無理やり連れ込みました』って言うのよ!」
「そんなぁ…。」

翔は困り果てた顔をした。

「まったく緋村はムチャクチャだな。
 ま、見つかったらその時はその時ってコトで。
 トランプやろうぜ!」
「じゃあ、わたし配るわ。
 何やるの?」

なんだかんだ言って、栗原も恵も結構乗り気だ。

「そうねぇ…」

美優は口元に手を当て、考えるポーズ。
そして、ポンッと手を叩いた。

「うん、やっぱ『大貧民』でしょ!」
「…『大富豪』ね。」

翔がポツリと呟くと、美優は頬を赤くした。

「ちょ、ちょっと間違えただけよっ!」

ちなみに『大富豪』とはトランプで遊ぶカードゲームの一種で、
地域によっては『大貧民』『ど貧民』『階級闘争』などと呼ばれる。
ただし、彼らの中では『大富豪』が正しい呼び方とされているようだ。

「じゃあ配るわよ。」

恵が一枚一枚丁寧に配ってゆく。
『大富豪』は、場にあるカードよりも強いカードを出していき、
手札を使い切ったらあがり、といういたってシンプルかつ戦略的なゲームだ。
あがった順に、大富豪、富豪、貧民、大貧民となる。

「うわ~、こりゃ全然ダメっぽいなぁ」

配られた手札を見て栗原がぼやく。
カードの強さは、3、4、5、……10、J、Q、K、A、2で、
3が一番弱く2が一番強い。
ただし、ジョーカーがある場合それが一番強い。
栗原の手札は弱いカードばかりのようだ。
翔の手札もあまり良いとは言えなかった。
今回は富豪か貧民になって、次回につなげよう…
そんな事を考えながら、ふと美優の顔を見てみた。
少しニヤついている…。
どうやら美優は顔に出やすいタイプのようだ。

4人は布団の上に座り込み、『大富豪』をしている。
恵は難しい顔をしていた。

「…パス。」
「あ~! パス!」

栗原はもう投げているようだ。

「翔、あんたは?」

美優が聞く。

「う~ん… どうしようかな?」
「男らしくバシッと決めなさいよ。」

そう言って、1枚しかない手札をチラつかせる。

「緒方、なんとかしろよ!
 緋村あがっちまうぞ!」

自分の手札では太刀打ち出来ないと踏んだのか、
栗原は完全に人任せである。

「…わかったよ。」

翔はパシッとカードを出した。
ハートのエースだ。

「フッフーン♪」

美優はニヤッと笑うと、最後の1枚のカードを場に叩きつけた。

「はい、あがりー♪
 フフッ 楽勝ね!」
「あ…」

翔が呟く。

「ジョーカーじゃ、あがれないんだよ…。」

ちょっと沈黙。

「はぁー!? そんなこと誰が決めたのよっ!!」

美優は立ち上がって怒った。

「あんまデカイ声出すなよ。」

栗原はヤレヤレ…といった表情で言った。

「フフッ 美優、大貧民決定ね♪」
「な…」

恵にそう言われ、美優はその怒りをなぜか翔にぶつけるのだ。

「ちょっと、翔ぉ!どうにかしなさいよ!!」
「そんな事言われたって…」

その瞬間!!

「キャッ 地震!?」

美優はバランスを崩し倒れこんだ。
数秒間の揺れ。
そして、地震がおさまった…。

「って、お前らなに抱き合ってんだよ!」

気付いたら翔と美優は抱き合っていた。
美優の腕が翔の体を痛いくらい締め付けていた。
ブラをしてない美優の胸の感触が、翔の腕に伝わってくる。

「はっ… こ、これは…」
「しょ、翔!離しなさいよっ!!」

美優は顔を真っ赤にして、思いっきり翔を突き飛ばした。

「そっか… お前らそういう仲だったんだなぁ…。」

栗原はしみじみと語った。

「わ、わたし帰るね。」

そして慌てる恵。

「ちょっと… 恵!」
「大丈夫、このことは誰にも話さないわ。」

慌てて追いかけてくる美優に、
恵はなぜか親指をグッと立てて見せた。

「ご、誤解よ!!」

美優は恵を止めようとしたが、逃げられてしまった。
数秒間美優の背中がガタガタと震えたかと思うと、
美優は振り返り、翔のほうへスタスタと寄ってきて
そしてビンタ。

「イタッ!!」
「もうあたし寝るっ!!」

美優は敷かれていた布団に潜り込んでふて寝した。

「ちょっと…、緋村、それ僕の布団…」
「知らないっ!!」

美優はプイッとそっぽを向いて目を閉じた。
翔は困り果てた。

「災難だなぁ、緒方。」

栗原はあざけ笑い、自分の布団に入った。

「じゃ、俺も寝るわ。おやすみ~。」

栗原は結構マイペースだ。

「そんなぁ…」
「あ、緒方。電気消してな。」

  闇
     暗いモノ…
          恐いモノ…
               何も見えないモノ…
                     孤独なモノ…

汚れたもの… よけいなもの…
見せたくないもの… 
それを全部包み隠してくれる、闇
静寂と孤独が支配する闇
そんな暗闇の中で、少年は膝を抱えていた。

時刻は2時をまわっていた。
翔は浅い眠りから覚め、部屋を見渡す。
自分が眠るはずだった布団で寝ている美優。
彼女がゴロンと寝返りを打ち、顔がこちらを向く。

「あ…」

目が合った。
美優は気まずそうな顔をした。
普段は無茶な事ばかり言うけれど、
本当は良いやつなんだという事を、翔は知っている。
美優は寝たまま話しかけてきた。

「翔、起きてるの?」
「うん…。」

翔は軽く頷いた。
翔から目を逸らし、そっぽを向いて言った。

「入んなさいよ。」
「え?」

美優は布団を捲り、翔を招いた。
暗くてよくわからなかったが、美優は少し恥ずかしそうで、
何処かよそよそしい感じもした。
翔は困惑した。
いや、なにも考えられなかった。
思考が、停止していた。

「風邪ひくでしょ!早く入んなさいよ!!」

美優はキツイ口調で、でも小声で、だけど怒鳴った。

「え… でも…」

オドオドしている翔を見て、美優のイライラは募る一方だ。

「いいから!」
「う、うん…」

翔は恐る恐る布団に潜った。
僅かに漏れる月明かりが、頬を赤く染めた美優の綺麗な顔を映していた。
美優は優しい顔をして、翔を見つめる。
翔はドキドキが止まらなかった。
そして、美優の唇がそっと開く…。

「…触ったら殺すわよ!!」

目がマジだった。

「わ、わかってるよ…。」

翔は美優の背中に回しかけていた手を、
慌てて撤収する。

「じゃ、おやすみ。」

美優は不機嫌な声でプイッとそっぽを向いた。
サラサラの髪…
綺麗なうなじ…
薄い浴衣に覆われた肌…
石鹸のいい香り…
手を伸ばせばすぐ届く場所に…
というより、もうほとんど接触している。
翔はなかなか寝付けなかった。
だが、美優は眠っているようだ。
どうしてこんな状況で寝れるんだ…?
翔は美優の神経を疑う。
たぶん、僕のこと男として見てないんだ。
その結論は、容易に出た。

「んん…ふぅ…」

時々漏れる美優の寝息が、翔を悩ませる。
いけない衝動が翔の脳裏によぎる。
その柔らかい肌に触れたい…
乙女の領域に踏み入りたい…
美優と結ばれたい…

「――ハッ」

翔は息を呑んだ。
美優がゴロンと寝返りを打ち、こちらを向いたのだ。

翔の心臓ははちきれんばかりに鼓動を刻んでいた。
どうやら美優はよく眠っているようだ。

「ふぅ…」

翔はホッと胸を撫で下ろした。
が、それもつかの間。
美優の美しい顔が、目の前にある。
その瞳…
その唇…
視線を下へやった。

「あ…!?」

なんと、浴衣が肌蹴て胸が露に…。
桜色の乳頭が見え隠れしていた。
翔はなにも考えずに…
そこへ手を伸ばす。
翔の人差し指が、
     ――――触れた

「んぁ…」

甘い吐息が漏れた。
翔は再び部屋の隅で、膝を抱えた。
少し寒くて、少しホッとした…。
なかなか寝付けなかった。
早く眠りたかった…。

「…意気地無し。」

ポツリと呟いた一言は、闇の中に虚しく溶けていった。

  夢
    寝てるとき見るモノ…
          思い描くモノ…
               裏切らないモノ…
                   でも裏切るモノ…

小鳥の囀り…。

「んん… 朝か…」

腕をグーンと伸ばそうとする。

「痛っ…」

不自然な体勢で座ったまま寝たせいか、翔は体中が痛かった。

「緋村…?」

そこに美優の姿はなかった。
無造作に捲られた布団に手を当ててみる。

「まだ温かい…。」

急に顔が真っ赤になる。
昨晩の事を思い出したのか…。
その後、何事もなかったかのように修学旅行は続いた。
翔は美優の事が気になってしょうがなかったが、
美優はいつも通りだった。
昨晩の事なんて何も覚えていないかのように…。
だから翔も、いつも通り振舞った。
いつも通り美優の話を聞き、
いつも通りうざったがり、
だけど翔の気持ちは、確実に変わり始めていた…。

修学旅行が終わり、
また同じことの繰り返しの退屈な毎日が始まる…。
だけど、そんな毎日が
変われる予感がした…。

「う~ん…」

翔はなにやら難しい顔をしていた。

「な~にやってんのよ?」
「ん… 緋村…。」

何気なく顔を上げて見ると、横から覗き込む美優の顔。
ドキッとした。
何故だろう…。
何故だかわからないけれど、鼓動が早まった。

「なになに…?あ、進路のヤツね。」

美優は机に置かれたプリントを見ていた。
いつもの翔ならきっと「勝手に見ないでよ!」とか言って
プリントを隠していただろう。
だけど何故かそのときはボーっとしていた。

「あんたまだ書いてなったの?」
「将来の夢なんてないから…。」
「ふ~ん…。」

美優は素っ気無い返事をしたが、それはいつもの事だ。
興味のない話はいつもこうだ。
…どうでもいい話ばっかがっつくくせに。

「ねえ、緋村は将来の夢なんなの?」

少し時間を空けて美優が答える。

「……ないけど。」

「やっぱそうだよね!
 まだ決められないよね!」

翔はちょっと嬉しかった。それが声にも出てしまった。
美優は少しムッとした顔に。

「そんなことより志望校よ!
 あんた、どこ受けるの?」

翔は困った。
なぜならまだ決めかねているから。

「う~ん…、C高かな…?」

その言葉を聞いた美優は、
一気にある意味美優らしい表情、翔の最も苦手な顔に変わる。

「はぁ!? ダメ、S高受けなさいよ!」
「ええ!? なに言ってるのさ。
 S高なんて、緋村とか西濱とかじゃないんだから。
 無理に決まってるじゃないか。」

S高といえば全国でも有数の進学校であり、
確かに翔の今の学力では到底不可能であるのは言うまでもない。
だけど、美優はこんな事を平気で言う。

「なぁ~んでやってもないのに無理って決め付けるのさ!」
「無理なもんは無理なんだよ!」

翔も声を荒げた。

「まったくお前らは賑やかでいいなぁ。」

急に声がしたので、翔も美優もワッと顔を上げた。

「あ、栗原…」
「進路のやつ書いてんだろ?」
「うん。だけどなかなか決まんなくて…。」

美優は何気なくいつもの調子で聞いてみた。

「あんたはどうすんのよ?」
「ん…、俺は家が貧乏だからな…
 高校にはいかないで、働く。」
「あ… ごめん…。」

いつも勝気な美優でも、こういう場面には弱い。

「いいって、そんな顔すんなよ。」

栗原は全然気にしない。
ある意味、一番大人だ。

「それよりさ、ここだけの話だけどよ…」

声を潜めて話し出す栗原。

「さっきさ、西濱のプリント見ちまったんだよ。」
「どうせS高でしょ?」
「ああ。それはそうなんだけど…」

栗原はあたりを見回し、聞かれていないか確認する。

「問題は、将来の夢なんだよ…」
「へー、西濱の夢かぁ… なんだろ…?」
「教師、とかだったら面白いわよね。あの性格で。」

美優は悪戯な笑顔を浮かべる。

「そんな生温いもんじゃねえんだよ。
 聞いて驚くなよ。」

喜々とした顔で語る栗原。

「勿体付けないで教えてよ。」
「なんと…

「なんと… 神!!」

最初は、聞き間違いだと思ったんだ。
その後は、冗談だと思った。
でも最後には…
     僕たちは真実を知った。

「はぁ?」
「だから神だよ、神! 神様!」
「ちょ… 声でかいわよ!」
「あ…」

栗原は手で口を覆う。

「意味わかんないんだけど…。」

翔は少しヒキ気味。

「ギャグならいいんだけど…
 書いたのがあのコで、しかも学校の進路のプリントでしょ…?」

美優は栗原を見据える。

「あんた、見間違えたんじゃない?」
「いやいや、はっきり見たよ。この目で。」

栗原ははっきりと言った。
間違いないと、自信があるようだ。

「西濱… ギャグとか言うタイプじゃないと思うんだけどなぁ…」
「意味わかんないわよ!
 あのコのギャグのセンスにはついていけないわ。」
「はぁ… 神様かぁ…。女神様だなぁ。」

栗原は綾のほうをボーっと眺めていた。

「あんた、ホントに嘘ついてないでしょうね!?」

美優はまだ半信半疑。
翔だってそうだ。
そんなの到底信じられる話じゃない。
そう思いながら、翔はいつのまにか綾のことを見つめていた。
不思議な冷たい空気を持つ少女…。
表情が乏しい。
彼女は…
 今、生きているのだろうか…。
それすら疑ってしまうほどに、
彼女は…
―――――――― 危うかった

その日の放課後、綾を見かけた。
帰り道。
綾は公園のブランコに揺られていた。
ふたつ並んだブランコの左のほうに座り、
右には誰もいなかった。
俯いたその顔は、
とても
哀しい顔をしていた…。

翔は、声をかけることが出来なかった。
夕暮れの公園は、どこか悲しげな様子だった。
砂場で遊んでいる子供たちを母親が迎えに来て、
手を繋ぎ楽しそうに喋りながら夕日に消えてゆく。

綾はそんな風景を、乾いた瞳で見つめていた…。
ギイィ…ギイィ…と、錆びたブランコが鳴る。
寂びた綾の心の泣き声のよう。

―――――― 出来なかった。

翔は、声をかけることが出来なかった。
あのとき
声をかけることが出来たなら、
綾は…
僕たちは…

そして、世界は…
少しは変われたのかもしれない。
神が生まれる、その前に。

「な~にしてんのよっ!」
「うわ!!」

背後からポンと背中を叩かれ、
翔はビクついた。

「なんだ緋村かぁ…
 脅かさないでよ!」
「はぁ? あんた驚き過ぎよ!
 なんかやましいコトでもあるんじゃない?」

ギクッとした。
ん?でも、別に疚しいことなんてしていない。
ただ、なんとなく…

「もしかして、あれ?少女連れ去りとか?
 あんた、犯罪に手を染めちゃダメよ!?」
「そんなんじゃないよ!」
「ふ~ん…。ま、あんたにはそんな勇気なんてないかっ!」

散々な言われ様。
翔は腹を立てる。
いつも、本当にムカつくんだ。
だけど、あとになって思い返すと、
なぜだかどれも楽しい想い出になっているから不思議だ。

「で、なにしてたの?」
「え… あの…、西濱が…」

特に理由はないが、
美優に”西濱”という名を出すのは気が引けた。

「んんー?」

美優は公園を見渡す。

「誰もいないじゃない。」
「え…?」

ポカンとした表情。

「ほんとだ…。さっきまではいたんだけど…。」

夕日が沈む…。
赤く染まった空…。
ふたりはブランコに揺られていた。
翔は左のブランコに座ったが、
ひんやりとした冷たい感覚が
哀しいほど伝わってくるだけだった。
美優は静かだった。
静かな美優は… 可愛い。
だけど、
静かな美優は調子が狂う。
翔を困惑させる。
喋っていても、黙っていても
翔を困らせる。
まったく迷惑なやつだ。

「ねぇ翔…。…キス、したくない?」
「へ…?」
「キスよ、キス♪」

こんな事もいつもの調子で話す美優。
だけどその頬は、心なしか夕日と同じ色に染まっていた。

「え… ほ、本気? 緋村…」
「や~ね、キスくらいで顔真っ赤にしちゃって。」

また、沈黙。

「次の期末テストで10番以内に入ったら、
 キスしてあげるわよ。」

――――――― は?

「はぁ? なんだよそれ。
 意味わかんないし。
 クラスで10番なんて、1回くらいしかとったことないよ。」

「は? 学年で10番に決まってるでしょ!
 このあたしの唇なのよ!
 そんな安いわけないでしょ~が!」

こいつ、頭は良いくせに、アホだ。
そう確信した。
自分の身の程をわきまえているつもりの翔。
彼は自嘲する。

「……学年10番なんて無理だし。」
「ま、安心しなさいよ。
 明日から毎日、放課後みっちりと
 あたしが勉強教えてあげるから。」

そう言って、ポーンとブランコから飛び降りた。
そして振り向く。

「て と り あ し と り ね!!」

また美優の余計なお節介が始まった。
どうせ気まぐれな思いつきなんだろ…。

「はぁ…」

翔のため息なんて、美優には届かない。

  紅
     鮮やかな色…
         朝焼けの色…
              悪魔の色…
                   血の色…

紅い瞳が、人を脅えさせる。
紅い瞳が、彼女自身を脅えさせる。
その瞳と、一度目が合うと
二度と目を逸らすことができない…。

「あ… に、西濱…」

死人のように白い肌…。
死人のように冷たい肌…。
不気味なくらい美しい…。

「…何?」

短く冷たい言葉。
な、なんか言わなきゃ…。

「お、おはよう…。」
「…おはよう。」

そう言うと綾は、スタスタと歩いていった。

「ふぅ…」

翔はドッと汗をかいた。
気になる…。
彼女には、人を引き付ける魔力がある。
翔は授業中、気が付くと綾の事を見ている。
特に理由はない。
ただ、暇だから。
でも、他の人を見ることはあまりない。
何故か綾だけを見ている。

ツンツンっ

「はっ…、なんだよ緋村…」

美優がシャーペンの先っぽで翔をつついていた。

「あんたねぇ、ボーっとしてる暇はないの!
 しっかり勉強しなさいよ。」
「わかってるよ。」

そう言って教科書を開く。
翔は授業が始まっても、
まだ教科書すら開いていなかったのだ。
だが、クラスの大半の生徒は翔と同じである。

「教師の話なんて聞かなくていいから!
 ひたすら練習問題をやるの、わかった!?」

美優は小声で言ったが、それでも十分大きい。
教壇に立ち独り言のように解説を呟いていた教師が、
それをやめ、翔たちのほうを睨む。

「ちょっと緋村、
 先生に聞こえるよ!」
「別にいいわよ、
 そんなの気にしてないで、とっとと勉強しなさい!」

聞こえたのか聞こえなかったのかわからないが、
教師は何も言ってこなかった。
また、独り呟き始める。

「はぁ…」
「ため息ついてないで、早く解く!!」

放課後居残り…。
先生は美優。
目の前のノートには、

『x^2+6x+9=0』と書かれている。

「エックスの二乗足す6エックス足す9イコール0…」

美優に見られてると、なんか気が散るな…。

「0だと…9で…
 1だと…16…?
 −1だと…4…
 −2だと…1…
 −3だと…0!
 あ、エックスイコール−3かぁ…。」
「あんた、何処までバカなのよ!!」

美優の叱咤の声。

「え…、間違ってる?」

真顔で聞いてくる翔に、
美優は少し困った顔をした。

「あってるにはあってるけど…
 あんた、授業聞いてないでしょ!?」
「緋村が聞かなくていいって言ったんじゃないか…。」

少しムッとした。

「そりゃそうだけど…。まあいいわ。あたしが、みっちり教えてあげる♪」

なんで勉強を教えるのに美優がこんなに乗り気なのか、
翔にはぜんぜんわからなかった。

「まずね……」

美優の説明は、案外わかりやすかった。
翔は今日も綾を見ていた。
退屈な授業を聞く気はないし、
問題演習も飽きてきた。
ボーっとしているのが常日頃だったし、
慣れない勉強をして少し疲れた。
だから、綾を見ていた。
そしたらそのうち、隣から
物凄い視線を感じたんだ。
――――― 美優だ。
翔は冷や汗をかいた。
そして、恐る恐るそちらを向く。
美優はニッコリと微笑む。

「問題演習♪」

美優の満面の笑みが、怖かった。
翔は仕方なく問題を解き始めた。
教壇では、女教師が熱弁を振るっている。
ただでさえ退屈な授業なのに、
どうしてわざわざこんなに
面倒くさくつまらない事をしなくてはならないのか…。
翔にはわからなかった。
カリカリと、黒板にチョークの擦れる音がする。
問題を書き終えると、女教師は振り返り
生徒たちを一通り眺める。

「じゃあ、この問題を…
 じゃ、緒方くん。」

はぁ…。
翔は心の中でため息をつく。

黒板には『x^2-12x+32=0』と書かれていた。

「わかりませ…」

イタッ!!

腹部に激痛が走る。
翔の横腹を殴った美優が、
目の下をピクピクさせて翔を睨んでいる。
翔はゴクンッと息を呑んだ。

「……(x-4)(x-8)=0なので、

 x=4、8です。」

教室中がシーンとした。

「え… あ、はい。正解よ。」

ふぅ…。

今度は安堵のため息をつく。
横を向くと、美優がとても嬉しそうに微笑んでくれた。
自分の事のように嬉しそうだ。
問題が解けたことなんて
翔にとってはなんにも嬉しくなかったが、
美優の笑顔を見て、なんだか翔も嬉しくなった。
勉強するのも悪くないな。
翔はそう思えるようになった。
何故か美優は飽きずに教えてくれるし。
ちょっと…いや、かなり教え方が雑だけど…。
でも、毎日毎日教えてくれた。
そして、ついに明日から期末テスト。
それなりに頑張った。
どうせ学年10番なんて無理だけど。
きっと美優は、無理だと思ったから

「学年10番以内に入ったらキスしてあげる」

なんてムチャな事言ったんだ。
でも、ならどうして勉強教えてくれるんだろう…。
やっぱり、ただの気まぐれか…。
それとも…?
そんな事を考えていたら、
期末テスト前夜だというのに
なかなか寝付けなった。

ホントにキス、してくれるのかなぁ…。

無理だとわかっていても、
眠くなるまで部屋の窓から夜空を眺め、
流れ星を探した。

「あんた、気合入れなさいよ!
 あたしがこんだけ教えてあげたのに
 良い結果出せなかったら、承知しないんだから!!」

美優はいつだってこの調子。

「う、うん…」

変に緊張した…。
たかが期末テストなのに。
廊下でテスト直前の見直し。
教室では教師がテストの準備をしている。

「あ… あの公式…
 4acだっけ4bcだっけ…?」

見直せば見直すほど不安になる。

「『-b±√b^2-4ac/2a』よ!
 あんた、この公式は重用だからちゃんと覚えてって
 さんざん言ったじゃない!」

美優が怒る。
まあいつもの事だ。

「ご、ごめん…」

翔はいつも以上に弱腰だ。

「はーい、じゃあ教室入ってー!」

生徒たちが続々と教室の中に入ってゆく。
翔と美優も自分の席に着いた。

「頑張んなさいよ!」

「うん…。」

翔は小さく頷いた。

「問題用紙を配るので、
 裏にしたまま後ろに回して。」

いよいよテストが始まる。

「じゃ、はじめて!」

一斉に問題用紙を裏返す音がした。
その音を聞いて、翔の緊張と不安が高まる。
カリカリカリカリ、シャーペンの音がする。
翔も問題を解き始めた。

「はい、やめ!

 一番後ろの人、集めてきてー。」

翔はシャーペンを置いた。

「ふぅ…」

深いため息をつく。

疲れた。

試験を受けただけでこんなに疲れたのは、

きっと初めてだ。

「どうだった?」

テストが終わると、すかさず美優が聞いてきた。

なんだか嬉しそうだ。

きっと自分は満足のゆく結果だったのだろう。

「う~ん…

 たぶん、それなりには…」

いまいち自信無さげな翔。

「なによそれ!?

 ちゃんと全部解けたんでしょうね!」

「一応… 解くだけは解いたけど…。」

そんな会話をしながら廊下へ出て、

次の科目の教科書を鞄から出す。

それの繰り返し。

美優はテストが終わるたびに

毎回飽きもせず聞いてきて、

少しうざったかった。

そんな調子で、3日間の期末テストが終わった。

数日後、各教科の期末テストが次々と返却された。
翔は、いままでに見たこともないような
高得点を連発し、教師たちを驚かせた。
そしていよいよ、
成績上位者が掲示板に貼り出される。

5教科総合

1位  西濱 綾
2位  緋村 美優

このふたりは毎回同じだ。

「ちぇっ また2番かぁ…」

不満そうな美優。
徐々に下へ下へと視線を落とす。

3位… 4位… 5位…

        ―――――― 無い。

6位… 7位… 8位… 9位…

        ―――――― 無い!

10位  上戸 恵

11位  緒方 翔

―――――― 11位かぁ…

「はぁ…」

まあ、人生こんなもんだよ。
そうそう旨くはゆかない。

「すげえじゃん!緒方!!
 お前こんなに勉強できたっけ!?」

栗原にそう言われても、クラスメイトに驚かれても、
翔は全然嬉しくなかった。
その日は、一日が長かった。
そして、夕方。
翔はまたあの公園にいた。
家に帰るのが嫌だった。
どうせ親は結果を聞いてくるだろう。
そして、11位という、翔にとってはまったく無意味な現実を、
きっと手放しで喜ぶに違いない。

「クソッ!!」

『露出狂に注意』と書かれた看板を、思いっきり殴りつける。
少し、へこんだ。翔の心のように。
大したへこみじゃない。
だけど、逆に翔の拳からはじんじんとした痛みが伝わってくる。
翔はブランコに揺られていた。

「なに落ち込んでるのよ!」

ハッとした。
美優は隣のブランコに座った。
落ち込んでいる翔とは対照的な、明るい声。

「すごいわね~。
 万年”中の上”だったあんたが、
 一気に学年トップクラスよ!」

その場違いな明るさが、気まずい。
その痛い空気が、ふたりにはひしひしと感じられる。
今日も、いつもと同じ光景。
砂場で遊んでいる子供たちを母親が迎えに来て、
手を繋ぎ楽しそうに喋りながら夕日に消えてゆく。
何処か寂しげなこの公園は、今はふたりだけのための世界。

「…あんた、そんなにあたしとキスしたかったわけ?」

翔は何も言わなかった。
だけど、美優は少し考えて、
遠くの景色を見ながらこう言った。

「いいよ。…してあげる。」
「え…?」

翔は俯いていた顔を上げ、美優の方を向く。
美優の横顔は、いつも以上に可愛く見えた。
だから、翔はすぐにまた俯いた。

「でも、11番だし…。」

美優は、いつもの顔、いつもの声で、こう言った。

「あんた、男でしょ!?
 細かい事気にしないの!
 10番も11番も変わんないじゃない!」

だけど、いつもよりずっと可愛かった。

「…いいの?」

まじまじと見つめてくる翔の目を
見ることが出来ない美優は、
頬を赤く染めてそっぽを向いた。

「いいって言ってるじゃない!」

そして、目を瞑り唇を差し出す。

「ほら!」

翔はゴクンッと息を呑み、顔を近付けてゆく。
そして徐々に目を閉じ、唇と唇が…

―――――――――― 重なる…。

プルンッとしていて柔らかく、
とても不思議な感触だった。

幸せ…
ずっとこのまま触れていたい…。
離したくない…。
翔は唇を離そうとしなかった。
美優が離れるまで…
ずっとこのまま…
美優も離そうとしなかった。
美優の両手が翔の頬に触れた。
そして、美優の舌が翔の唇をこじ開け入ってくる…。
翔はハッとして目を見開く。
目の前に見える彼女の顔は、
いままで見たどの顔よりも、可愛かった。
目を閉じ、頬を赤く染め、
舌をぎこちなく動かす美優。

翔は美優の肩を抱き、
ブランコごと美優の身体を抱き寄せた。
そして、再び目を閉じ、
美優の舌に自分の舌を絡める。
美優は応えた翔の舌に驚き、
身体をビクンッとさせた。
そんな美優が、可愛かった。
そして、ふたりはゆっくりと
ぎこちなく舌を絡め合い、
唾液を混ぜ合う。
舌と舌とが絡まり合い、
いやらしい音が響く。
ふたりの唾液が混じり合う…。
美優の、味がした…。
ときおり漏れる美優の甘い吐息が、
自分たちが今、いかに淫らな事をしているのか教えてくれる。

翔の頬に触れた美優の手は、震えていた…。
美優の、胸の鼓動が、聞こえる。

とくんっ… とくんっ… とくんっ… とくんっ… 

それは、大人の階段を、一歩一歩踏み締める音。

…だけど、

僕達は、まだ、子供だ。

…そう。

ただの、子供だ。

「んぁ…ぁ  はぁ…はぁ…」

唇が、離れた。
翔はゆっくりと目を開けた。
ぼんやりと美優の顔が見える。
微笑んでいるようにも見える
その美優の口元には、
混ざり合った濃厚な唾液が垂れていた。
美優はそれを腕で拭いて、
目を逸らした。

ふたりはブランコに揺られていた。
夕日が沈む…。
この沈黙を、”気まずい”というのか
それとも”良い雰囲気”というのか…。
それを決めるのは、彼らの心の持ち様だけだ。

この胸の高鳴りを、”緊張”というのか
それとも”恋”というのか…。
それを決めるのは、彼らの心の持ち様だけだ。

だけど、
僕らは、まだ、
子供だった。

美優は何処か遠くを見ていた。
そして、ポツリと呟いた。

「ヘタ…。」

なんでだろう…。
馬鹿にされてるのに、優しい気持ちになった。

「緋村だって…。」

美優はこっちを向いてくれなかった。

「あたりまえじゃない…。
 キスなんてした事ないんだから…。」

若気の至りというか、なんというか…。
僕らはあの頃からずっと…
ずっと不器用な、アダムとイヴだった。
美優は、可愛い。
だけど、煩い。
でも…
僕は、美優が好きなのかもしれない…。
彼女は、キスをさせてくれた。
しかも、舌を絡める、深いキスを…。
それも、自分から舌を入れてきた。
そして、僕は、それに応えた。
僕は、もっとしたかった…。
もっと… もっと…
それに、ちょっとだけ…
エッチな事も、してみたかった…。
僕は、美優と…
エッチな事が、したかった。
それは…
僕が、美優の事が好きだから…?

そう…なのかなぁ…?

「お~い、緒方ぁ!」
「はっ…」

学校への道をトボトボと歩いていると、
突然後ろから声をかけられて驚いた。

「あ、栗原。おはよう。」
「おう、おはよう!」

こうして今日もまた、一日が始まる…。
昨日とは違う、今日が。
歩きながら話すふたり。
翔は俯き加減で、栗原は頭の後ろで手を組んで上を見て、
対照的なふたりである。

「今日の1時間目は水泳だな。」
「うん。
 面倒くさいから、もう水着はいてきたよ。」
「あ、海パンはいてきたのか~。
 俺もそうすれば良かったなぁ。」

栗原はニヤける。

「緒方は水泳だけは得意だよな?」
「まぁ。」

運動が大の苦手の翔だが、

幼い頃からスイミングスクールに通っていたため

水泳だけは得意なのだ。

「でも、得意ってほどじゃないよ。
 人並みにってだけ。」
「だけど、俺に比べたら遥かに良いよな。
 俺はカナヅチだからなぁ。
 水泳の授業は嫌いだな。
 でも…」

またニヤける。

「…女子の水着姿が見れるのはオイシイな。」

翔は顔を赤くする。
なぜか、頭に美優の顔が浮かんできたからだ。
美優の水着姿かぁ…。
そんな事を考えていたら、
突然、

「あんたたち、急がないと遅刻するわよっ!」

美優の声がして、びっくりした。
美優は翔の顔を見ずに、そのまま走っていった。

「今日も元気だなぁ。」

翔は美優の背中をボーっと眺めていた。

「俺らも急ごう。」
「あ…うん。そうだね。」

ふたりは早足で学校へと向かった。

1時間目は体育。
男子も女子も水泳だ。
例の如く、女子は更衣室で着替えるのに、
男子は教室で着替えさせられる。
教室で着替えて、海パン一丁で校舎の中を歩き回り
プールまでいかなければならない。
まったく、なんて仕打ちだ。

でも、考えてみると
小学校の頃は男子も女子も
同じ教室の中で一緒に着替えてたっけ。
あの頃は、女子だからって特に気を掛けなかったけど、
今思うと惜しいことをしたな。
誰もが一度は思うこんな事を、翔も考えていた。
翔と美優は、小学校からの仲だ。
小学6年生の時も同じクラスだった。
もっと美優の着替えのシーンを目に焼き付けておけば…
そんな馬鹿げた事を考えてもみたが、
よくよく思い出してみると、
当時は美優だけでなく綾とも同じクラスだった。
そして、綾は男子の前で堂々と全裸になり着替えていて
翔もその様子をチラチラ見ていたのだった。
男子はタオルを巻かずに全裸になって着替える人も数人いたが、
女子でそんな事をするのは綾だけだったな。

そんな事を思い出すと、なんだか急にムラムラしてきた。

「やばい…」

翔は呟いた。
こういう事態になると、男は辛いよ。
とりあえず上半身は裸になり、
下半身にタオルを巻く。
栗原は、もう着替え終わって翔を待っていた。
だけど翔は、これ以上着替えようにも着替えられない。

「あ、栗原、もう着替え終わったんだ。
 先行ってていいよ。」
「んー?
 いいよ、待ってるよ。」

栗原が何の気無しにそう言うと、
翔は絶望の淵に立たされるのだった。
そして、数分後
ふたりは海パン一丁で廊下を全力疾走するはめになる。

「まったく!
 緒方がチンタラ着替えてるからだぞ!」
「ご、ごめん…」

キーンコーンカーンコーン

「やばいっ! 急げ!!」

プールサイドを走るふたりを横目で見ながら、美優は

「まったく、なにやってんだか…。」

そう呟いて、優しい微笑を浮かべた。

「ふぅ… ぎりぎり間に合ったかぁ。」

栗原は腕で額の汗を拭う。

「はぁはぁ…はぁはぁ…」

翔は息を切らしていた。

「遅いぞ。栗原、緒方。
 今日は自由プールらしいぜ。」

自由プール、つまり各々好き勝手にやれって事だ。

「え、まじで?
 あの厳しい先公が?」
「今学期の体育が今日で最後だからじゃない?」

翔がそう言うと、

「ああ、だからかぁ。」

栗原は納得した。
それからすぐ体育教師が来て、
今日の授業は自由プールにする事を伝えた。
みんなは一斉に喜びはしゃぎ、無駄な元気を爆発させた。
それから準備体操をするわけだが、
何故か普段適当にやっているようなやつも
ここぞとばかりに真面目に取り組むのである。
不真面目な態度だと、自由プールが取り止めになるとでも
思っているのだろうか。

そしてシャワーを浴び、
その後はもう、完全に自由だ。

「女子も自由プールかぁ~。」

翔はコースロープにぶら下がって、
ボケーッと眺めていた。
他のクラスメイトたちのように
バカ騒ぎして水を掛け合うのにも、
もう飽きてしまった。
向こうでは綾が泳いでいた。
綺麗なフォームのクロールだ。
ゆったりとしていて、優雅な感じがする…。
水に濡れた綾は、とても色っぽかった。

ジャバーッ!

「ぷはっ ゴホッゴホッ」

突然水を掛けられ、翔は水を飲んで咳き込んでしまう。

「あんた、また女子の方見て!」
「ご、誤解だよっ!」

とっさにそう言った翔だが、
振り返って美優の顔を見ると急に黙ってしまう。
ふたりは沈黙のまま、顔を真っ赤にした。

「僕は、その…、なんて言うか…昨日は…」
「ちょ… 昨日のあれは、なんでもないんだからねっ!勘違いしないでよ!」

美優の目が泳いでいる。
翔の目は点になっている。

ピーーーッ!

「集合!」

女子担当の体育教師がホイッスルを鳴らし、
集合を呼びかける。
時計を見てみると、もう終了時刻10分前だ。

「あ、行かなきゃ…」

美優は翔をひとり残し、プールサイドの方へ泳いでいった。
翔は、その美優の背中をぼんやりと見つめていた。
プールサイドに辿り着いた美優は、
縁を持った手で体重を支え、バタ足で勢いをつけて
プールから上がった。

スクール水着がおしりに食い込んで、
なんだかとってもセクシー。
美優はプールサイドを歩きながら、
水着とお尻の間に指を入れて引っ張って
それを直した。

『…女子の水着姿が見れるのはオイシイな。』

確かにオイシイかも…。
体のラインがはっきりわかる。
緋村って、思った以上にスタイルいいんだなぁ。
遠くてよくわからないが、
乳首が立っているように見えなくもない。
冷たい水に浸かっていると乳首が立ってしまうと
よく聞くが、本当だろうか。

こうして、今学期最後の体育の授業は終わった。
シャワーを浴びて、目を洗い、タオルでよく体を拭き、
それから校舎の中へ入っていく。
教室に着くと、とりあえず素早く着替える。
いつかみたいに着替える前に美優たちが来たら大変だ。
着替え終わった翔は、「ふぅ」と一息つき、
タオルでゴシゴシと髪の毛を乾かす。
栗原のように短髪なら
髪を乾かす手間などかからないだろうが、
翔はそうはいかない。

数分後、やはり美優も髪を乾かしながら教室に帰って来た。
濡れた髪を乾かす姿は、何処か大人っぽい感じがする。
美優は翔の隣の自分の席に着き、翔を手招きした。

「なに?」

そう言って顔を近付けると、美優は小声で言った。

「あんた、昨日のこと絶対内緒だからね!
 誰かに言ったら、ただじゃおかないんだから!」

少し、顔が赤い。

「ん? なんの話だ?」

栗原が割り込んでくると、ムッとして

「何でもないわよ!」

と言って、そっぽを向いた。

今日は、風が強かった。
ベランダのドアが開いていて、
カーテンが大きくなびいていた。
教室にクーラーなんて高価な物は無いから、
吹き込んでくる風は夏の熱さを和らげてくれる唯一の救いだった。

だんだん女子たちも教室に戻ってきた。
多くの女子は、髪の毛を乾かしながら
楽しそうに喋っていた。

綾も教室に戻ってくる。
乾ききっていないショートヘアが、
何だかとっても色っぽい。

と、その時、

ビュー!

っと突風が吹き込んだ。
数人の女子のスカートが捲り上がる。

みんな「キャッ!」とすぐにスカートを押さえるが、

綾だけはそんな事には無頓着だ。
パンツが見えることなど、気にしない
と、思いきや…

「え…!?」

翔や周りにいたクラスメイトたちは唖然とした。
綾は、スカートの下に何もはいていなかったのだ。
翔には、はっきり見てとれた。
綾の割れ目が。
恥毛の無い秘部が。

「キャー!!」

女子の誰かが悲鳴をあげた。

「おい、マジかよ!?」
「ノーパンだったよな?」
「毛、生えてなかったぜ!」
「…俺、見逃した。」

ざわつく教室。

ダンッと机を叩いて美優が立ち上がる。
そして、綾の前へと躍り出て、彼女を睨む。
美優は綾のスカートに手をかけ、
それを捲って中を覗きこんだ。
嫌悪の表情を浮かべながら。

「あんた、なんで下、はいてないのよ!?」
「別に…」

綾は顔色ひとつ変えなかった。

そんな綾とは対照的に、自分の事でもないのに顔を赤らめ
手で顔を覆っていた恵が、その手を離し
何か思いついたかのように、ポンッと手を叩いた。

「あ!わかった!1時間目がプールだから、家から水着着てきたんでしょ?
 それで下着を持ってくるのを忘れた…とか。」

――― 沈黙。

「…ええ。その通りよ。」

「あんた、ブルマとかないわけ?」

美優が捲ったスカートを離すと、
綾は静かに呟く。

「今日は持ってきてないわ。」
「しょ~がないわね!
 わたしの貸してあげるわよ!」

そう言いながら美優は、はいているブルマを脱いだ。
これで、美優のスカートの中は、おそらくパンティ一枚。
美優は脱ぎたてのブルマを、綾に差し出す。
だが、綾は頑なにそれを拒んだ。

「どうしたの?受け取りなさいよ!」
「…いらない。気持ち…悪いもの。」

冷たい声とともに風が吹き、またスカートが捲れる。
綾と、美優の、スカートが。

「キャッ!」

美優は何とも似つかない女の子らしい声を出して
とっさにスカートを押さえた。
だが、それも虚しく後ろは丸見えだった。

綾は先程と同様、風に遊ばれて
されるがままに、下半身を露出した。

「見えた!」
「ああ、バッチシ見えたぜ!」
「あんなふうになってるんだなぁ」
「なんだ、お前、見たことなかったのか?」

「…見た!?」

美優が振り向いて、翔を睨む。

「え… そ、その…、ちょっとだけ…」

はっきり見えた。黒のひもパンだった。
美優がそんな大胆な下着を着けてるなんて
思ってもみなかった。

「俺は見えなかったー。
 緒方、何色だったんだ?」

空気を読めない栗原がそう言うと、
美優が翔をギロッと睨む。
翔は固まった。
メデューサに睨まれたかのように。

「カーッ!なんなのあのコは!?」

美優は怒りを露にしながら
ドスンッと自分の席に殴り座った。

「西濱は変わりモンだからなぁ。」
「ははっ 確かにちょっと変わってるから…
 緋村、そんな気にしないで。」
「まったく!」

美優はかなり機嫌が悪い。
プンスカしながらブルマをはき直した。

その後、綾は
心無い男子生徒に2、3回スカートを捲られ、
なにも抵抗しないため何度も秘部を晒した。

美優の機嫌は直らない。

「てか、なんであのコは隠そうとしないわけ?」
「さ、さあ?でも…」

抵抗したら、面白がって
もっと酷い事をされてしまう。
それを綾は知っているのかもしれない。
昔の、いじめられた記憶が
綾にそう教えるのかもしれない。
翔には、そう思えた。
翔は立ち上がった。

「ん? どうしたの?」
「え… あ、トイレだよ。」

学校のトイレは汚い。

だけど、翔はここにいると落ち着く。

トイレの窓からぼんやりと外を眺めた。

空の向こうに、富士山が見える。

「蒼い空に… 雲は流れ… かぁ…。」

そして、ため息。

「ひもパンかぁ…。」

緋村は、僕のこと、どう思っているのだろう…。
なんでキスしたんだろう…。
翔は自分の唇に触れてみる。
この唇に、緋村の唇が…。
そう考えると、頭がおかしくなりそうだ。
「ふぅー…」と深いため息をつき、
微かに臭うトイレの異臭に嫌気がさす。
用を足したわけではないが
冷たい水で手を洗い、
ふと、鏡に映る自分の顔。
ひび割れた汚れだらけの鏡に映る、少年の姿。
運命さえまだ知らない、いたいけな瞳。
「ふぅ…」と何度目かのため息をついてから、
トイレから出ていった。

現実の世界へと。

ドタン!!

「イテテ…」

ボーっとしていて、出会い頭に誰かとぶつかったのだ。

「ご、ごめんな…さ…」

―――― 綾だ。

綾は、倒れた拍子にスカートが捲り上がって、
翔の目の前に全てを曝け出した。

―――― 沈黙。

刻が、止まった。

「あ… その… ぇと…」

困惑する翔が、紅い瞳に映る。
血に染まった世界のように。
翔の目に映るのは、
恥丘、陰裂、そして産毛のような恥毛。
秘められた領域を曝け出し、
綾は今、何を想うのだろう。
人形のように投げ出された身体は、
一切の意思を持たない…。

ハッ―――――

周りの生徒たちが笑ってる。

「やだぁ~」
「うへへ…」
「なんではいてないのぉ?」
「さいってぇー」

嘲笑の渦の中で、彼女は。
彼女は…。

俯き加減で髪を垂らし、ゆっくりと立ち上がる。

そして、
何事も無かったかのように去って行った。
何事も無かったかのように…。

いや、本当に何事も無かったんだ。
彼女にとっては。

そして、翔は知ることとなる。
嘲笑は、自分にも向けられていたのだという事を。

だから翔は、顔を赤くして教室に逃げ込んだ。
なんだか、疲れた…。

ひもパンの美優と、ノーパンの綾。
まったく、今日はハチャメチャな一日だった。

もうすぐ夏休み…。

ようやく退屈でつまらない日常から開放される。
今までは、そうだった。

だけど、今年は違う。
受験生だから。
勉強しないといけないらしい。

「好きなようにしなさい。
 でも、今勉強しないと後で後悔するわよ。」

母親にはそう言われた。

「ほう… S高校ですか…。
 今の実力では、ちょっと厳しいかも、しれませんねぇ。」

担任にはそう言われた。

「ちゃんと勉強して、絶対S高に入れるようにしなさいよ!」

美優にはそう言われた。

―――― 正直… 煩い。

だけど、そんなアパシーと相反するキモチが、
翔の心の隅っこに、微かに息衝いていた。
それは、美優の唇がくれたもの。

それは、
君がくれたもの…。
そして、時は流れ…

「僕と、付き合ってください!」
「いいわよ。」

翔の告白に美優がそう答えたのは、
既に美優が推薦入試でS高に合格した後の事だった。
翔は、美優の唇が忘れられなかった…。

その日の朝の話。

「あれ…?まだ誰も来てないんだ…。」

朝のガランとした教室を見て、翔は呟く。
席に着き、くたびれた鞄から単語帳を取り出す。
朝の教室は静かだから好きだ。
勉強でもしようかなって気分になれる…。
なれるのに…。

「あ、翔!
 あんた、朝早いのね~!」

うるさいのが来た。

「たまたま早く起きたから、
 早く来て勉強でもしようと思って。」
「ふ~ん。」

美優は自分の席に座ると、
身を乗り出してニヤニヤしながら話しかけてくる。

「あんた、S高受けるわよね!?」

別にそんなに顔を近付けなくても、話は聞こえるのに。

「受けるつもりでは…いるけど…。」

翔は変な汗をかいた。

「そう、それならいいわ。」

そう言うと美優は、机に突っ伏した。

「…緋村は勉強しないの?」
「あたしはいいのよー!
 あんた、人の事心配する余裕なんてないんじゃない?」

確かにその通り。
以前に比べかなり成績は良くなったが、
それでもS高のボーダーには程遠い。
翔は単語帳を捲った。
静かな教室。
翔と美優、ふたりきり。
そんなに見つめられると気が散る。
少しニヤついてるような。

「…キスでもしよっか?」
「へ…?」
「あ、違っ!
 今の無し!!何でもない!!」

顔を真っ赤にして、慌てる美優。
緋村、今日はなんだか、少し変みたいだ…。
だんだん教室にクラスメイトたちが集まる。

キーンコーンカーンコーン

担任が教壇に立つ。

「みなさん、お早うございます。」

こんな年寄りの話なんて、ほとんど誰も聞いていない。
「お早うございます」と言われ
「お早うございます」と返す生徒など、ひとりもいない。
だけど、老教師はそんな事など気にとめない。

「えー 本日は、
 嬉しい、お知らせが、あります。」

特に今日はとてもにこやかだ。
いつもと同じ穏やかな口調の中にも、
それがうかがえる。

「昨日、公立高校の、推薦入試の、合格発表がありまして、
 このクラスからも、合格者が、出たわけです。」

その言葉を聞くと、普段は担任の話なんて聞かずに
好き勝手やっている生徒たちも、
「おおーっ」と声をあげ担任の話に聞き入る。

「まずは、S高校、合格者。
 西濱、綾。 緋村、美優。」

教室中が盛り上がる。

「緋村…!?」

翔が慌てて横を向くと、
美優は勝ち誇ったように微笑んで
小さくピースサインをした。

「S高校に、推薦で、受かったのは
 学年でも、このふたり、だけですので…」

公園が夕日に染まる。
この世界に、ふたりだけ…。
ブランコに揺られる、ふたりの影…。

くっついては… また離れ…

離れては… またくっつく…

それは、

―――― 僕らのdilemma

「緋村…。合格おめでとう…。」
「へへっ。ありがと。」

珍しく照れ笑いをする美優が、
とても可愛く見えた。

「あんたも頑張んなさいよ!」
「うん…。」

翔は自信無さ気に目を伏せる。

「…それにしても、推薦で受かるとは思わなかったわよ。」
「うん、ビックリしたよ。
 緋村、推薦の話なんて一回もしてくれなかったし。」
「なんたって、うちの中学からS高に
 推薦で合格する人なんて、ほっとんどいないからねー。」

美優は得意そうに喋った。

「そうだよ。
 毎年一人いるかいないか、ってくらいでしょ?
 今年だって緋村と西濱のふたりだけだし…。」

翔もそれに調子を合わせる。
美優の合格を、素直に喜んでいるからだ。

「へへへっ、あたしってスゴイ?」
「うん。ほんと凄いよ。さすがだよ。」

珍しく翔が褒めるから、
美優はなんだかとっても気分がいい。
顔を赤らめるくらい照れて、
普段とは違う女のコっぽい美優が、
……可愛かった。

「じゃあさ…。ご褒美にキスしてよ。」

ご、ご褒美…?
そんなの緋村のセリフじゃない…。
唖然とする翔。

「や~ね、冗談よ!」
「へへっ 翔ったら、
 顔真っ赤にしちゃってさ!」

馬鹿にしたように笑う笑顔が、
可愛くて、可愛くて、ムカついた。

だから…

――――― キスした。

美優は目をパチパチさせていた。
きっと、驚いたに違いない。
翔はもう、後には引けなかった。
舌を、入れた。
舌を入れたらすぐ、それに応えてくれた…。
美優は、それに応えてくれた…。
ゆっくりと瞳を閉じて… それに応えてくれた…。
あの日と同じ場所… 同じ光景…
違うのは、翔の決意。
違うのは、美優の涙。

ギィギィと不器用な旋律を奏でる
ふたりのバイオリン弾き…
とくんっとくんっと拍子を刻む
噛み合わないメトロノームたちが
徐々にその間を詰めてゆく…

「あのさ…」

暮れなずむ空…
静寂の公園…

「その… 僕…」

黄昏れる少年…
静かな少女…

「緋村の事…」

揺れるブランコと、揺らぎない想い。

「好きだから…」
「その…」

震える翔の声。
大好きなバラードを聴くように、
目を伏せ優しい顔をする美優。

「僕と、付き合ってください!」

紅潮する頬をスッと伝った一雫を、
美優は気付かれないように人差し指で拭った。

「…いいわよ。」

揺られていたブランコから飛び降り、
振り向いて意地悪な顔をする美優が…

「ただし、あんたがS高に受かったらね!」

…いつにも増して、可愛かった。

「が、頑張るよ!」

一気に緊張の糸がほぐれたように、
ふたりにいつもの笑顔が戻ってくる。

「あたしも受かっちゃってど~せ暇だから、
 あんたの勉強見てあげるわよ。」

楽しそうな笑顔…
嬉しそうな声…

「…明日から、放課後あんたの家に行って。」
「え…。」
「イ、イヤなら別にいいのよっ!」
「ううん、お願いします!」

それから数週間、美優は毎日翔の家に通った。
両親は共働きで、夜まで帰ってこない。

美優とふたりっきり…

そう思うと、興奮と緊張で
勉強に手がつかない…。
しかし、そういう素振りを少しでも見せると

「あたしはあんたの彼女じゃないのよ!
 そんな事して、いいと思ってんの!?」

と、どやされる。
出来るだけ気にしないように。
そう思っても気になってしまう…。
だけど、一度勉強に集中し始めると、
案外気にならないものだ。
美優は教え方も上手いし、
意外と教師とかに向いているのかもしれない。
ただ、その荒っぽい性格を直したら、の話だが。

そんなこんなで、日々は過ぎていった。

受かったら緋村と付き合える。
その約束を胸に抱いて―――

そして、

高校入試を翌日に控えたその日。
カリカリ…カリカリ…
緊張な面持ちでシャープペンを走らせる翔。
その横で、漫画の単行本のページを捲りながら
時計をチラッと見る美優。
ポンッと本を閉じる。

「はい、止め!」

美優の凛とした声で、ペンが止まる。
「ふぅー」と一息つき、
美優に解答用紙を手渡す。
グラスに注いだオレンジジュースを一口飲んで、
乾いた口を潤した。

「はぁ…」

シャカシャカ…
採点をする美優を、まじまじと見つめる。
美優は見つめられている事なんて
まったく気にしてないようで、
実は結構気にしている。
だけど、翔に気付かれまいと、
絶対にそんな素振りは見せない。

「はい、出来たわよ。」
「88点…
 …どうなの、これ?」

不安そうに尋ねる。
翔のそういう顔は、見ててイライラするが
そんなところも嫌いじゃない美優がいる。

「ん…、いいんじゃない?」

適当な返事を返す。

「ちょっと、休憩ね。」

美優は学校の制服を着ているが、
教室と違って暖房の効いた翔の部屋なので
上着は脱いでブラウスを着崩している。
何度見ても思うが、
自分の部屋に美優がいる、この光景に
物凄く違和感を覚える…。

この狭い部屋に、美優と翔、ふたりっきり…。

ダメだ。
勉強をしてないと
変な事ばっか考えてしまう…。
余計な雑念を振り払い、
机の上の参考書に手を伸ばす。
すると…

「あ!」

美優のグラスに腕が当たり、
誤ってジュースを零してしまった。

「きゃっ!」

と、可愛い悲鳴をあげる美優。
真っ白いブラウスに思いっきりジュースがかかってしまう。

「う~、冷たいー!」

頬を膨らませてそうぼやき、
ティッシュを数枚取ってそれを拭く。

「ご、ごめん!」

そう言って恐る恐る美優の顔を覗くと、
案外それほど怒っていないようだ。
それより、濡れたブラウスからブラが透けている…。
翔はゴクンッと息を呑んだ。

「ボーっとしてないで、なんか着替え持ってきてよ!」
「あ、うん…」

翔はハッとして、慌てて席を立つ。

「僕の服でいい?」
「いいわよ、それしかないでしょ~が。」

翔は美優に背を向け、タンスの引き出しを引いた。

「これでいいかなぁ…」

センスのない服を出してしまうと
きっとどやされる。
恐る恐る振り向いてみると…。

「ハッ…!」

美優はブラウスを脱ぎ捨て、
上半身はブラジャーだけの
あられもない姿になっていた。
フリフリのついたピンク色の可愛いブラ。
中学生にしては大きすぎる乳房。
唖然としている翔に美優は平気な顔で言う。

「な~に固まってるのよ。」

僕は、美優がわからない…。
頭がポワーっとして、その魅惑に惑わされる。

「イヤラシイ事でも考えてるんじゃないの?」

そう笑いながら、美優はふざけて翔の股間に手を伸ばした。

ぐにゅ

「はっ!!」

ボケーっと気を抜いていた翔は、
突然自分のそれを触られて驚愕する。

「えっ…!
 ほ、ほんとに硬いじゃない!!」

自分から触っておきながら、
美優は赤面してたじろいだ。
翔のそれは、本当に勃起していたのだ。

「な、なにこれ…。勃ってるの…?」

美優は聞く。
得体の知れない事象に際会し、
困惑を隠しきれない。

「ご、ごめん…」

翔は顔を赤らめ目を逸らす。
時を刻むカチカチという時計の音が
部屋中に響き渡る。
沈黙が気まずい…。
嫌われた…かな…。

「…脱ぎなさいよ。」
「へ?」

美優の大胆不敵な一言に、思わず間抜けな声を出してしまった。

「いいから脱ぎなさいよ!」
「な…」

聞き間違えかと思ったが、そうじゃないらしい…。

美優は… 誘っているの…?
いや、そういうのはダメだって
美優が言ったんじゃないか…!

混乱する翔に、迫り来るブラジャー。

カチャカチャ

腰を抜かしたように座ったまま
動けないでいる翔のベルトを、
美優はぎこちない手つきで外してゆく。
ズボンを脱がされると、
テントを張ったトランクスが。
目の前に迫り来る美優の胸と、
この異様な展開が、翔を興奮させているのだ。
美優は静かにトランクスを下ろした。
ゴクンッと息を飲む。

「すご…」

美優は思わずそうもらした。

むにゅっ

「ひぃっ!」
「…触っちゃった♪」

なんで笑顔?
触ったというか…
握ってますけど。
自分のあれを、美優が握っている。
この有り得ない光景に、翔は混乱する。
ブラジャーにスカートというアンバランスな格好も、
自分の肉棒に伝わる細い指の感触も、
胸の鼓動と肉棒の脈打ちを早める要因でしかない。
真っ赤に染まった翔の顔と、翔の肉棒を、
しばらく交互に見つめた美優は、
その後…。

シコシコ…シコシコ…

「これで、あってる?」

なんと美優は翔の肉棒を上下に扱きだしたのだ。

「あってるけど… その…」

緋村、何処でこんな事覚えたんだろう…。

シコシコ…

「あんた、毎晩こんな事してんの?」

悪戯をする子供のような無邪気な笑顔に、翔はドキッとしてしまう。

シコシコ…

「ま、毎晩じゃないよ!その… 時々は…」

何言ってんだ、僕…。

シコシコ…

「さいってーね!」

ほら、嫌われた。

シコシコ…

「ゴメン…」

しょんぼりと俯いた翔を見て、美優は慌てた。

「そ、そんな顔しないでよ!
 その… 気持ち良い?」

シコシコ…

「うん…」

何だか、嬉しかった。
このよくわからない不可思議な状況の中で、
翔は少しずつ、美優の気持ちに気付いていく…。

シコシコ…

「あたしの裸とか想像しながら
 こういう事してるの?」

嬉々とした様子で聞いてくる。

シコシコ…

「え… そんな…」

シコシコ…

「あたしのコト、好きって言ったじゃん!」

美優は翔の顔を覗き込むようにして見つめる。
もちろん、手の動きは止めない。

「どうなの?」

シコシコ…

「ごめん…、想像…して…その…」

翔は顔を真っ赤にして、羞恥心に駆られる。

「へへっ 嬉しいかも。」
「え?」

意外な言葉に、拍子抜けする。

「な~んでもないわよ!
 ほら、気持ち良いでしょ?」

シコシコ…

「うん…」

普段自分でやる虚しい行為を、好きな人がしてくれている。

翔を見つめる眼差しは
何処か優しくて…
何処か儚げで…
何処か… 愛おし気で…
そんな目で見つめられたら…

僕…

シコシコ…

「あ、あのさ…」

シコシコ…

「お願いがあるんだけど…」

そう言うと、指の動きがピタリと止まった。
美優の顔を見てみると、
さっきまで痛いほど見つめていたその目を逸らし
顔をますます火照らせていた。

「ダ、ダメよっ!
 これ以上はあんたがS高に受かってから
 するんだから!」
「へ…?」
「あ、いや…その…」

ポカンとした翔に、美優はもうたじたじ。
顔は真っ赤だし、目は泳いでいる。

「あ、何か出てきてるわね!
 これが”せ~し”ってヤツ?」

冷静を装い、話を逸らす。
そんな美優が、可愛かった…。

「え、これは違うよ…
 もっと勢いよく出るし。」

刺激を止められ、不機嫌そうに熱り勃つそれ。
それを不思議そうに見つめる美優。
その美優を、恥ずかしくてなかなか見れない翔。

「じゃ、なんなのこれ?」
「その… あの… ガマン汁…?」
「ふ~ん…」

ビクンッ

何を思ったのか、美優は先っぽを指でツンと触った。

敏感なそれは、オーバーリアクション。
美優は指に付いたガマン汁を、ペロッと舐めてみた。
翔は息を呑んだ…。

無言。
料理研究科が、シェフの目の前で料理を一口口に運び、
目を閉じよく味わう。
その第一声を待つ静寂。
馬鹿みたいな話だけど、そんな感じだ。

だけど美優は、無言のままだった。

無言のまま、再び翔の肉棒に手を伸ばす。

シコシコ…

「え、あ…」

シコシコ…

「フフッ。明日、頑張ってよ。」

不思議な笑顔…。
普段見たことの無い、優しい笑顔…。

「う、うん…」

シコシコ…

「絶対受かんなさいよ!」

美優がニヤけた笑顔でそう言うと、
翔の顔が一変した。

「や、やばい!もう…無理…」

シコシコ…

「はぁ?もっと自信持ちなさいよ!」

ちょっと不機嫌そう…。

シコシコ…

「そ、そうじゃなくて…、あ! あぁ…」

ビュッ ビュッ ビュッ

美優の背中に炎が見える…。
メラメラと怒りに燃えるその拳。

「あんた!顔にかかったじゃない!!」

こっちのほうが、美優らしいな。
…そうは思った。
けど。

「しょうがないじゃな…い…か…」

美優の顔を見ると、声が途絶えた。
この画は… エロ過ぎる…!
美優の顔面にぐっちょり付いた大量の精液。
怒った顔さえ可愛い美優。
なんだか、夢みたいだなぁ…。
夢みたい…
夢…
なんか…ボーっとしてきた…。

「んん… 緋村ぁ…」
「…翔?寝ちゃったんだ…
 クスッ、そんな気持ち良かったのかな。」

美優の優しい笑顔。
精液塗れの笑顔。
美優は自分の顔に触れてみる。
ぐっちょりと付いた粘液が、
なんともいえなく気持ち悪い…。
指に付いたその液を、ちょっと舐めてみる。

「これが… 翔の味…」

指をしゃぶったまま、沈黙…
眉をひそめた。

「…微妙…」

翔の寝顔を覗く美優。
フフッとほくそ笑んで、
寝ている翔の耳元で囁いた。

「翔って…。イクとき、案外カワイイ顔するのね。」

そして、僕達の教師と生徒の関係は終わった。
長かった受験が、終わったんだ。
やるだけの事はやった。
本試もしっかり出来たし、
面接も上手く出来た。…と思う。
後は結果を待つのみ。
だけど、なんだろう…
この胸騒ぎ…。

「なんであたしがあんたの合格発表に
 付き合わなきゃなんないのよー。」

こんな時でもこの調子。

「別に付いて来てなんて言ってないよ?」

翔が普段より荒っぽい言いぐさで言うから、
美優の機嫌はますます悪くなる。

「はぁ?わざわざ来てやってるのに、そんな事言う?」

ふたりとも、いつもと少し違う。
緊張――しているのだろうか。

「落ちてたら、思いっきり笑ってやるんだから!」

そんな事を言う美優も、また、可愛かった。

合格者が張り出された掲示板の前に立ち、
ふたりは息を呑んだ。

「……見るよ。」
「…うん。」

僕達の運命の歯車が今、こうして回り始める…。

 *********************************************

    第弐章 高校時代 −Ambivalence−

 *********************************************

「蒼い空に… 雲は流れ… かぁ…。」

  翔
     退屈なヒト…
          無気力なヒト…
  美優           優しいヒト…
     勝気なヒト…          地球のシト…
          可憐なヒト…
  綾            温かいヒト…
     妖艶なヒト…          太陽のシト…
          美しいヒト…
               冷たいヒト…
                       満月のシト…

少年は、空を見ていた。
何の意味もなく、ただボーっと…。
教室は煩い。
みんな無駄にはしゃいで、何が楽しいんだろう。
以前の翔なら、そう思っていただろう。
だけど、今の翔は――
  ――何処か輝いている。
空を見上げるその眼差しも…。
これから始まる退屈な毎日も…。

クラスに必ず一人はいるような
二枚目男女のたわいもない会話。

「あ、今日って1時間目数学のテストだっけ!?」
「うん。そうだよ。」

彼女は走らせていたシャーペンの動きを止め、
彼の顔を見上げる。

「あ~、俺、もう無理だ。
 今から勉強しても絶対受からないし!」

わざとらしく嘆く彼を一瞥し、彼女は再び自分の勉強に戻る。
そんな彼女が気に入らないのか少しムッとして、単刀直入に彼は聞いた。

「緋村さんって、彼氏とかいるの?」
「ん?」

不思議そうな顔で彼を見上げる。

「いるけど…?」
「え!? 誰…?」

美優は惚気た顔で微笑み、シャーペンで窓際の少年の方を指した。

「ほら、あいつ。」
「えー!!緋村さんって、緒方くんと付き合ってるの!?」

話を盗み聞きしていたクラスの女子達が騒ぎ出す。
偏差値の高いこのS高でも、生徒は所詮ただの高校生。
色恋沙汰の話には、すぐ食い付く。

「え!マジマジ?」
「うっそー!?」

美優はしまったという顔で、すぐに冷静を装う。

「じょ、冗談よ!」
「嘘だね!ホントは付き合ってるんでしょ!
 どうなの緒方くん!?」

翔は困った顔で愛想笑いする。
まだ翔には友達がいなかったので、
そんなに絡まれずにすんだ。
今この学校にいる知り合いは、
偶然にもまた同じクラスになった美優と綾、
それと隣のクラスに美優の親友の恵。
そのくらいだ。

翔はもともと友達を作るのは得意ではないし、
高校に進学したからといって
わざわざ積極的に友達を作る気にもなれない。
なぜなら、翔には美優がいるから。
それだけで、充分だから。

「まったく、今朝はヒドイ目に遭ったわ。」
「緋村がうっかり喋っちゃうから…」

翔がそう言うと、美優は頬を膨らませる。
雲ひとつない青空…。
屋上は風が気持ちいい…。

「だって…、翔と付き合えるのが嬉しかったから。」
「え?なに?」

風の悪戯で、美優の声が聞こえない。

「何でもないわよ!」

イーッとした顔で、そう叫んだ。
美優の長い髪が、風になびく。
高校生になった美優は、一段と大人びて見えた。

「そういえばさ、髪の毛染めたでしょ。
 大丈夫なの?いきなり校則破って…。」
「大丈夫よ。
 最初っから茶髪なら、誰も怪しまないでしょ。
 ちゃんと担任には地毛だって言ってあるから。」
「ふ~ん…」

茶色に染めた長い髪は、どう見ても校則違反。
緋村、ムチャするなぁ…。
でも、そんな破天荒な性格も嫌いじゃない。

「…似合わない?」

風になびく長い茶髪を押さえる仕草が、
素敵だった。

「似合ってるよ。
 その… 可愛いよ。」

顔を赤らめる初々しいふたり。

「そう?」
「うん。」

ヘヘッと笑みを浮かべ、
美優はとても機嫌が良い。
今は昼休み。
ふたりっきりで弁当を食べるために、
立ち入り禁止の屋上に無断で侵入したのだ。

「…じゃ、お弁当食べよっか。」
「そうね。
 でも、その前に…」

そう言って上目遣いで見つめてくる美優が、
翔の心を悪戯にくすぐる。

ふたりは目を閉じた…。

チュッ♪

ブーっと真っ赤な頬を膨らます美優。
期待はずれなキスに機嫌を損ねる美優もまた、可愛かった。

この、意気地無し!

美優はきっとそう思っただろう。
だけど、実はそうじゃなかった。

「…緋村、好きだよ。」

こんな間近で言われたのは初めてだ。
翔の吐息が感じられ、なんだか変な気分…。

「嬉しい…。」

美優は珍しく素直に、そう呟いた。
翔は美優の髪を優しく撫でた。
粉雪のようにサラサラで、なんとも愛おしかった。
そして、美優のあごに手を当て、優しくエスコートする。
ちょっと震えているのが可愛いななんて思いながら、
美優はゆっくり目を閉じた。
ふたりは再び唇を重ねる…。

美優は翔の気持ちを尊重してか、
今日はおとなしくしている。
ほんの数秒だって、待ち遠しい…。
早く翔を求め、翔に求められたい…。
そんな想いは、翔に伝わっているのか、いないのか…。

――― そして、ようやく翔の舌が暴れ始める。

「ぁん… んん…」

翔の舌を優しく受け入れ、
自分の舌を絡める。
吸い付くように襲い来る翔の唇…。
高鳴る胸の鼓動…。
美優は翔の腰に手を回す。
ギュッと抱き締めて、甘く切なく愛を求める…。

「んんぁ… ふぁ…ん」

意図的に唾液を混ぜ合い、恣意的に愛し合う…。
青空の下でふたりは。

「んぁあ! んぁ… はぁはぁ…」

ふたりの唇が離れる…。
唇と唇の間に、いやらしい架け橋が架かる。
甘い吐息が、切ない…。

顔を真っ赤にして、見つめ合うふたり…。

そんなにまじまじと見つめられると、
それだけで、もう…。

「う、上手くなったわよ。」

そう言って美優は目を逸らした。
「そう?」と冷静を装い笑いながら、
家でシュミレーション(妄想)してきて良かった!
翔は小さくガッツポーズをしたのだった。

「お弁当食べましょ!」

そう言って恥ずかしさを紛らわそうとする美優。
小さめなお弁当箱を開けると、なんだか良い匂い。

「うわー、美味しそうだね~。
 自分で作ったの?」
「え…、そんなワケないじゃない!
 おかーさんよ。」
「あ、そう。」
「あんたねえ、あたしが料理なんて出来ると思ってるの?」
「ハハッ まあ、思ってないけど。」
「ひどーい!」

美優は頬を膨らせる。
怒っているのに楽しそう…。
翔はこの顔が大好きだ。
弁当を食べながら話す。
美優と食べると、冷え切った手抜き弁当でさえ
美味しいから不思議だ。
たわいもない雑談も、くだらない笑い話も、
なんだかとても楽しかった。

「あ…、放課後、暇?」

突然の質問に、ちょっとドキッとした。

「うん。」

特に用事はない。
というか、仮に用事があっても、
美優の誘いなら大概の用事はすっぽかすだろう。

「じゃあさ、買い物付き合ってよ。」

デートのお誘い…。でも…

「…おごらせる気?」
「もちろん。」

フフッと嘲る美優。
そんな意地悪な笑顔で、僕を見ないでよ…。
翔は困った顔をした。

「え~、どうしようかなぁ。」
「いいわよ、嫌なら。」
「え… あ、行くよ行くよ!」

慌てふためく翔と、それを見て笑う美優。
恋人のようでもあり、友達のようでもある。
そんなふたりの、不思議な関係。

「スキ」という言葉と共に。
「好き」という気持ちと共に。

「ちょっと緋村…、マズイよ、こんな…」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。」
「でも… 恥ずかしい…。」
「大丈夫、別に誰も見てないわよ。」
「そういう問題じゃなくて…」

見慣れぬ光景に、翔はもうクラクラだ。

「ねえ、こっちのブラと…」

ピンクのブラジャーを胸に当てて見せる。

「こっちのブラ…」

今度は黒のブラジャー。

「どっちが好み?」
「そ、そんなコト僕に聞かないでよ!」

翔は顔を真っ赤にして怒る。

「だいたい何で彼氏連れて下着なんて買いに来るのさ!」

「しょうがないじゃない、
 おっぱい大きくなっちゃったんだから!
 今のサイズのはもう着れないのよ!」

翔は美優の胸に視線を落とし、顔を赤らめる。
おっぱい大きくなったんだ…。

緋村のおっぱい…。
緋村のおっぱい…!

見たい触りたい揉みたい摘みたい舐めたい吸いたい―――

うわーーーーーーーーーー!!

すぐに目を逸らした。

「だ、だからって、僕を連れて来る必要ないだろ!」

翔が少し大きめの声を出すと、美優は驚き目をテンにした。
それから不機嫌そうに小声でブーたれる。

「興味あるクセに…。」

ドキッとした翔は、恐る恐る美優の胸をまた見てしまう。
興味あるのは仕方がない。
だって、♂だから。

「で、どっちが良いのよ!」

ピンクを右手に、黒なら左手に――
このブラが、緋村の胸を包むのかぁ。
そんな事を考えて、ちょっと挙動不審。

「んもう、はっきりしないわね。
 ま、いいわ。どうせあんたのお金だもの。
 両方買うわ!」
「そ、そんなぁ…」

「ブラジャーって、結構値段するんだね…。」

ほとんどカラになった財布の中を眺め、翔は嘆く。

「ヘヘッ 今月お小遣いピンチだったから助かったわよ。」

美優のこの笑顔、いつ見ても可愛い…。

「なんなら、もう入らないブラジャーあげようか?」

こういう小悪魔な笑顔も、すごく可愛い…。

「な、何に使うのさ。」

だけど…

「え…あ…その…、な、何でもないわよ!冗談よ!」

こうして顔を真っ赤にして慌てる美優が、
やっぱり一番可愛い!

「変なの…」

と、そ知らぬフリして呟く翔。
もちろんブラは欲しいし、使い道も知っている(?)
美優は大胆発言が多いし、やけに積極的だし、
実は案外スケベなんじゃないかと翔は疑う。
だけどそんな美優も嫌いじゃない。
気が強くて、勝手で、
恥ずかしがり屋で、ちょっぴりエッチな美優。
そんな美優が、翔は大好きだ。

「お待たせしました。
 こちらチョコレートパフェになります。」
「あ、来た来た。」

ウェイトレスが持って来たパフェを嬉しそうに受け取る美優。

「あん。あ~、おいちい♪」

女の子は甘い物が大好き。
美優もそうらしい。
美優が美味しそうに食べる様子を、
幸せそうに眺める翔。

「ん… 食べる?」
「え、あ…うん。」

別に欲しくないけど、せっかくだから。
間接キス出来るし。

「はい、あーん…」

でも美優は、期待以上にバカップルな事をしてくれた。

「…あ~ん」

翔は顔を赤らめながら、口を開けた。

「美味しい?」
「うん…。」
「フフッ…」
「恥ずかしい…。」

美優の悪戯な笑顔に、翔は頬を赤くする。

「今日は…その…ありがとね。」
「え?」

美優が柄にもない事を言うから、
翔は戸惑う。
街は夕焼けに染まり、
ストリートミュージシャンが唄う。

「聞いてください…
 仁元実華で、『START』」

微かに聴こえる情感漂うバラードを
バックミュージックに、ふたりは寄り添う。

「…初デートだね。」
「そうね。
 …楽しかったわよ。」
「うん、僕も…。」
「じゃあ、また明日…」
「あ、緋村!」
「ん?んん…!」

振り向いた美優の唇を、翔が奪った。
美優は驚いた顔をした後、
嬉しそうな顔をしてすぐに目を閉じた。

  Iwannastart
  これからのstory
  重なるふたりの影よ
  始まり告げる言ノ葉
  愛しい人と
  共に奏でるIknowmelody

とある日の放課後の教室…
グラウンドの方から、
部活動をする生徒たちだろうか…
賑やかな声が微かに聴こえる。
ふたりは隣り合った机の上に座り、
互いに身を寄せ合う。
邪魔者は、誰もいない。

「緋村…」
「翔…」

見つめ合うふたり…。
どれだけ見つめても
決して見飽きる事の無い顔…
どれだけ囁き合っても
決して聞き飽きることの無い声…

「緋村… 好きだよ。」
「…あ…あたしも…
 その… 大好き…」

美優は頬を紅潮させる。
普段は積極的な美優だが、
自分の素直な気持ち−裸の心−
それを露にするのは、すごく苦手だった。

「緋村…」

ふたりの唇が、徐々に近づいてゆく…。
それとともに、自然と目を閉じ、
身体を抱き合い、互いを感じ合う…。

そして…

ふたりの距離がゼロになった瞬間!!

ガラガラガラ!!

ドアの開く音に驚き、ふたりは慌てて顔を離して
なんでもないフリをした。
顔が強張る…。
ドキドキが、止まらない…。
恐る恐る後ろを振り向いてみると…
そこには、担任の体育教師が
眠そうな顔をして立っていた。
この教師、ガミガミと煩い教師が多いこの進学校で
体育教師という気軽な立場のためか
煩く言わない物分りの良い教師として結構人気があった。
だが彼の欠点は、どうしようもなく鈍感な所だ。

「おお、緒方。
 ちょうどいい所にいた。」

(ちょっと!邪魔しないでよ!)

美優は眉間にしわを寄せる。

「確かお前、西濱と仲良いだろ?」

翔は、嫌な汗をかいた。

「え…?」

ギロリと光る鬼の目。
ひいぃ!

「べ、別にそんな事はないですけど…」
「あれ?そうか?
 でも、家は知ってるだろ?」
「あ、はい。近所なんで…。」
「悪いけどよ、
 この書類、届けてくれないか?」

教師は封筒を差し出す。
結構な厚みがあった。

「大事な書類だから今日中に…
 本当は俺が届けないといけないんだが、
 あいにく急用が出来ちまって…。」

よくよく見ると、教師の目の下にはくまが出来ていて
とても疲れが溜まっているように見える。

「別にいいですけど…」

チラッと横に目をやる。

「なんであたしを見るのよ!届けてあげなさいよ。」

美優はご立腹だ。

「あ、うん…」
「おお、頼まれてくれるか。
 悪いなあ。
 すまんが、今日中に届けてくれよ。」

西濱の家に来るの…何年ぶりだろう…。
綾は幼い頃に両親を亡くし、
それからはずっとアパートで一人暮らしを続けている。
頼れる親戚などもおらず、
両親が残してくれたわずかな貯金と奨学金、生活補助金などで
なんとか生活してきたという。
でも、今にして思えば
綾はどうして施設などに送られなかったのだろうか。
預かった書類が気になる。
何の書類なんだろう。
奨学金とか、補助金とか、そういうのに関わる書類だろうか…。

謎だらけだ。

古びたアパートの一画
綾の部屋の前へと辿り着いた。
あまりに静か過ぎて、インターホンを押すのにも勇気がいる。

ピンポーン

「誰?」

短く冷たい返事が返ってくる。

「あ、緒方だけど…。なんか担任から書類を届けてくれって頼まれて…。」

ガチャッ

「どうぞ。」

ギィーと音をたてて、ゆっくりとドアが開く。

「はっ…!!」

翔の顔が引き攣る。
翔の目に飛び込んできたのは、綾の乳房。

そう――

綾は、裸だった。

「え、あ…その…」

翔は顔を真っ赤にして目を逸らす。

「…上がって。」

綾は中に入るように促す。

「あ、うん…」

綾は全裸だ。早くドアを閉めなくては…。
そう思って慌てて中に入った。
でも冷静に考えてみれば、
このとき書類だけ手渡して
すぐ扉を閉めればよかった。
そうすれば、あんな事にはならなかったはず…。
綾の部屋は、異様な雰囲気に包まれていた。
静寂と哀愁が支配する世界。
あの頃と、何も変わっていない…。
生活感の無い部屋だった。

「そのあたりに座ってて…。」

綾は奥の部屋へと翔を通す。

「紅茶で良い?」
「え、あ…お構いなく…」

綾が部屋から出てゆき
カタンッと戸の閉まる音が聞こえたところで、
翔はようやく一息つく。
徐々に冷静さを取り戻し、身震いした。
この部屋に上がり込んだ事を後悔した。
扉の向こうで、綾がお湯を沸かしているようだ。
翔は床に座り、部屋を眺める。

綺麗に片付いている…。
というよりは、物が少ない気がする。
テレビや電話すら見当たらない…。
部屋の3分の1はベッドが占め、
机の上にはきちんと並べられた教科書が並ぶ。
椅子に、バスタオルが掛けられていた。

…そっか、きっとお風呂にでも入ってたんだ。
そのまま出てきちゃうなんて、西濱らしいな。

…でも、女のコの裸なんて、初めて見た。
すぐ目を逸らしちゃって、ほとんど見てないけど…。

ん…?

翔は、机の上に無造作に置かれた手帳を手に取った。
綾とは似つかない、可愛らしい手帳だった。
いけないとは思いつつ、手帳を開いてみる…。
それは、プリクラ帳だった。

最初のページ…

小学3年生くらいだろうか。
プリクラの中の綾はどれも笑顔だった。
西濱って、笑うとこんな顔するんだ…。
まだあどけない顔の綾が、なんとも愛らしい。

しかし、次のページから綾に笑顔は無くなった。

無表情でポーズを決める綾。
ぼーっと立ち尽くす綾。
困惑気味な顔で、ピースサインをする綾。

なんだ、西濱も案外普通の女の子なんじゃないか。
翔は微笑ましい気持ちになる。

だが、気がかりなのは、どのプリクラも、全部ひとりで写っているという事。

誰かと写ってるのはないのかな?
そう思い、ページを捲ってゆく。

綾の服が中学の制服になると、なんだか雰囲気が変わってきた。
その理由はすぐにわかった。
綾は、プリクラを撮るとき
制服を着崩していたのだ。
普段は真面目に校則通りの服装をしていたのに、
プリクラに写る綾は
ボタンを外し、大きく胸元を開けていた。
なんだか、意外だった。
さらにページを捲る。

な、なんだこれ…!!

そのページに貼られたプリクラは、
着衣が乱れブラジャーが丸出しになっていたり、
ブラジャーすらずれて
胸が露になっているものばかりだった。
まるで、誰かに犯された後ように…。

冷たく嘲る綾の表情は、レイプされた後の放心状態のようにも見える。

困惑する翔…。
さらにページを捲る。

次のページの綾は、
自分でスカートを捲り上げ
ピンクのパンティを見せていた。

下着姿で無表情の綾。
上半身裸になって、乳首を勃起させている綾。
パンティを脱ぎ捨て、恥毛の無い秘部を晒す綾。

もうその後は、服を着た綾は写っていなかった。

見てはいけないものを、見た気がする…。

ガチャッ

戸の開く音を聞いて、翔は慌ててプリクラ帳を閉じて
元の位置に戻す。

嫌な予感が、胸をよぎる。

ふたつのティーカップを乗せたトレーを持って
部屋に戻って来た綾は、

やはり

…悲しいほど全裸だった。

綾の身体は細い。
背中から羽が生えて、
今にも飛んでいってしまいそう…。

アルカイックな無表情と、虚ろな紅い瞳…。

雪のように白い肌に、赤く勃起した乳首がツンと上を向いている。

秘部には相変わらず恥毛が無かった。
秘裂が、外気に晒されている。

翔は身震いした。

綾はテーブルにティーカップを並べ、翔の向かい側に座った。

綾は紅茶を一口飲む。
全裸のティータイム…。
綾にとっては、普通の事なのだろうか…。

翔は鞄から封筒を取り出し、綾に差し出す。

「これ、預かった書類…。」
「ありがと。」

翔も震えた手でティーカップを口元へ運ぶ。
紅茶は、苦かった。

沈黙が続く…。
逃げるに逃げられないこの状況…。
気まずい空気が痛いほど冷たく、翔の思考を麻痺させる。
目の前の綾の裸体は、
この世のものとは思えないほど
清らかで美しい。

息をするのも忘れてしまうほど
引き付けられる神秘的なヌードは、
まさに…
凍てつく冬の夜の満月。

翔は、恐る恐る口を開く。

「あ、あの…、服は…着ないの?」

…ついに聞いてしまった。

「服?」

もっと早く気付くべきだったんだ。
開けてはいけない扉もあるんだと。

「…そんなモノ、無いわ。」
「へ?」
「学校で着る服以外…持ってない。」
「…で、でもほら、えと、あの、パジャマとか下着とか…」
「それも捨ててしまったわ。」

しどろもどろの翔の言葉を、綾の冷たい言葉が遮る。

綾はテーブルに手を突き
ゆっくりと身を乗り出し、翔に迫る。

「…制服か体操服かスクール水着か、どれか着たほうが良い?」

困惑する翔を嘲るように、虚ろな瞳で翔の目を見据える綾。
翔は耐え切れずに目を逸らした。

「したいの?」
「え…」
「セックス、したいの?」

ゴクンッ

「わたしと、セックスしたいんでしょう?」

綾は翔を押し倒し、ボタンをひとつずつ外してゆく…。

緋村…
助けて…

「うわーーーー!!」

僕は、逃げた。
綾を突き飛ばして、
悪夢の部屋から逃げ去った。
突き飛ばした綾の裸体は、
羽のように軽かった。

澄み渡る青い空…
流れる白い雲…

翔は今日も空を見ていた。
今朝は少し早く来過ぎた。
教室には翔以外まだ誰もいない。
こんな時は、ぼんやりと空を眺めているのに限る。
嫌な事も全部忘れさせてくれるから…。
空が晴れれば、僕の心も晴れる…。
暫くぼーっと空を眺めていた。

……!!

急に背中に寒気が…
誰かの視線を感じ、振り向く。

「に、西濱…」

教室に入ってきた綾は、
じっと翔を見つめている…。

血のように紅い瞳で見つめられ、
翔は目を逸らすことが出来ない…。

「おはよう。」
「え、あ…お、おはよう…」

翔が声を裏返しても、
綾は無表情のまま自分の席に着く。

綾は翔の事など気にもせずに、
鞄から本を取り出し読み始める。

気まずい…。

綾の事は考えないようにしよう。
そう思えば思うほど、頭は錯乱し、鼓動は高鳴る。

表情に乏しい綾は、その仮面の向こう側で何を想うのだろう…。

綾は独特な近付き難いオーラを放っている…。

息も詰まるような冷たい空気が、翔を襲う…。

と、そこへ…

「おっはよ~」

澄ました顔で美優が登場。

「あ、緋村… おはよう。」

ようやく悪夢から開放された翔は、安堵の表情を浮かべた。
だが、そんな翔に美優は聞くのだ。

「昨日、あのコの家に行ったんでしょ?
 あのコと、なんも無かったでしょうね!?」
「ぁ、あ、当たり前だよ!」
「ま、そりゃそうよね。
 あんたにそんな勇気があるわけないし。」

美優はおどけてそう言うが、
翔は生きた心地がしない。

「なんだよ~、それ。」

無理に明るく振舞うのがやっとだった。

「フフッ
 そのまんまのイ…ミ…よ…」

クラッ…

「緋村!?」

突然倒れた美優を、とっさに翔が支えた。

「だ、大丈夫?」
「な、なんでも無いわよ!
 ちょっとめまいがしただけ…。」

強がる美優が、翔は心配だった。

「保健室、行く?」
「いいってば!」

翔の手を振り払う。

「そ、そう?
 ほんとに大丈夫?」

「しつこいわねぇ。
 しつこい男は、嫌われるわよ!」

なんだろう…
この胸騒ぎは…

「ん… 4時間目は…体育かぁ。」

翔は時間割を確認し、
プールバッグを取り出す。
次の時間は水泳。
中学と違って男子にもきちんと更衣室があるから、
翔は気が楽だ。
プールバッグを片手に更衣室に向かう。
一方美優は、なんだか浮かない様子…。
「ふぅ…」とため息をついて教室を後にした。
更衣室に辿り着いた美優は、
端のロッカーを選んで荷物を投げ込む。
更衣室が混んでいる事もあって、
美優は少し機嫌が悪い。
美優は服を脱いで裸になる。
周りは女子だけだから、
見られても別に気にしない。
だが…。
大きめの胸と、フサフサの恥毛。
くびれたボディと、スラリとした脚。
スタイルの良い美優は、みんなの憧れの的だ。

「緋村さんって、おっぱい大きいよね~。」

同じクラスの女子の一人がそう言うと、
みんな一斉に美優を見る。

「ん? そんな事ないよ。」

と美優は言ったが、晒された乳房はその大きさを偽ることは出来ない。

「触らせて♪」
「ちょ、ちょっとぉ!」

一人がふざけて美優の胸にタッチすると、

「あ~、わたしも触りたい~!」

と、何人もの女子が群がってくる。
美優は案外女子からもモテるのだ。

「ちょっといい加減にしてよ!」
「隠さないから悪いのよ!」
「そうよそうよ、大きいからって見せびらかすから!」

クラスのリーダー格の女子たちが不平を並べると、隅の方で誰かが嘲る。

「小さいからって僻むなよ。」
「あ、あなたに言われたくはないわよ!」

キーンコーンカーンコーン

「あ、ヤバイ! 急がなくちゃっ!」
「緋村さんも急いで! 遅刻よ!」

「お前ら遅いぞー!」
「すいませーん…」

腕を組んで待っている体育教師の前に、
ピチピチの水着姿の女子高生たちが集まってくる。
この教師、翔たちのクラスの担任で、
授業は女子の体育を担当しているのだ。

「全員集まったかぁ?
 ひぃ、ふぅ、みぃ…」

人数を数える。

「ん…
 西濱はどうした?
 今日は休みかぁ…?」
「3時間目まではいましたけど…。」

クラッ…

「緋村さん!?」
「緋村!?」

担任が駆け寄る。

「おい、緋村!
 しっかりしろ!!」

担任の呼びかけに、
美優は「うぅ…」と覚束無い言葉を発する。

「俺は緋村を保健室に連れて行くから、
 準備体操が終わったらシャワー浴びて、
 そうだな…
 とりあえずクロールと平泳ぎを一本ずつやっとけ。」
「ええー!」
「サボるなよ!」

「緋村さん、どうしたのかしら…?」
「やっぱ胸揉んだのがいけなかったのよ。」
「そんなワケないし。」
「はいはい!みんな、準備体操するわよー!」

体育委員が前に出る。

「いっち、にい、さん、しい…」

体育委員の掛け声に合わせて、
準備体操をする女子たち。
みんなやる気なさそうだ。
まとまりのない団体演技が、
女子高生のひとつの魅力なのかもしれない。

「にい、に、さん、 ……!!」

突然、体育委員の声と動きが止る。
エイリアンでも見たかのように
目を見開き瞬き一つしない彼女の驚愕の表情は、
みんなに異常事態を知らせるには充分過ぎた。

「どうしたの…?」
「きゃあああ!!!!」

初夏のプールサイドに響き渡る悲鳴。
女子たちが見つめるその先に立っていたのは、
一糸纏わぬ姿の、翼の折れた天使…。

西濱綾、その人だった。

「な…、西濱さん!?」
「ど、どうしたの?」

動揺が走る。
女子たちみんなが綾を見ている。
綾はその視線をどう感じ、何を想うのか…。

この視線…
この空気…

彼女は、感じていた…。

「水着を忘れたの。」
「授業は休みたくないから、この格好で授業を受けるわ。」

呟くようなその声は、鋭い刃のように簡単に突き刺さる。

「さ、準備体操…しましょ?」

不敵な笑みを浮かべ、女子たちの集団に入ってゆく。
スクール水着の群れの中で、綾の裸体は…
残酷なまでに、美し過ぎた。

「なんだか女子が騒がしいなぁ。」

女子の悲鳴は翔たちにも聞こえていた。

「おい、見てみろよ!」

  「なんだ、あれ?」
  「なにあれ… は、裸じゃねえか!?」
  「だれだれ!?」

「ま、まさか…」

翔は冷や汗が垂れるのを感じながら、
恐る恐る女子の方に目をやる…。

  「西濱だぜ!」
  「いじめか?」
  「くそう、遠くてよく見えないぜ!」

「西濱…」

翔の嫌な予感は的中し、信じたくない事実が、またひとつ現実味を帯びる。

  「おい、あんま見てると先公に気付かれるぞ!」
  「そ、そうだな…」
  「待てよ、先生に言った方がいいんじゃないのか!?」
  「関わらない方がいいって!」
  「そうだよ、女子もみんな見て見ぬフリじゃないか。」

人間って、冷たい生き物なんだなぁ。
…僕も、同じか。
翔は拳をギュッと握り締め、
受け入れ難い現実に目を瞑った。

あたりは異様な雰囲気に包まれた。
もう悲鳴もざわめきも無かった。
あるのは痛いほど冷たい視線だけ。
綾はそれを、裸の体一身に浴びていた。

精悍な顔つき。
真っ直ぐに睨む、瞳の紅。
真っ白な肌に、赤く勃起した乳首が目立つ。

「いっち、にい、さん、しい…」

先程までの威勢の良い掛け声は何処へやら…
体育委員の声は恐怖に戦き震えていた。
何事も無かったかのように
準備体操を再開したスクール水着たち。
教師に注意されたって私語を止めない彼女たちが、
今は別人のように静まり返っている…。
綾は彼女たちの中心で、身体を動かす。
至って普通の事である。
ただ、水着を着ているか着ていないかの違いだけ。
屈伸をすれば小振りな乳房が揺れ動き、
伸脚をすれば恥毛のない秘部の大陰唇がパックリと開く。
普段見えないものが見える。
見えてはいけないものが、見えてしまう…。

だけど、それの何処がいけないの?

綾は悪びれる事もなく
いつも通り準備体操に勤しむ。
そう、彼女は普段から真面目だから。
準備体操が終わると、次はふたり一組でストレッチ。
プールに入る前には、身体をよく解さなくてはいけないから。

綾のペアになってしまった不幸な女子は
オドオドして顔が引き攣っている。
綾は彼女に不敵に微笑みかけ、

「よろしく。」

凍えるくらい冷たい声で、そっと囁く。
地べたに剥き出しのお尻をつけて、股を大きく広げ、上体をゆっくり倒してゆく。
その綺麗な白い背中を後ろから押す手は、病的なまでに震えていた。
準備体操とストレッチを終えた女子たちは、シャワーの方へ歩いてゆく。
綾も毅然とした態度でその中に交じる。

何を脅えているの?

綾の無言のプレッシャーが、みんなを苦しめる。
全てを曝け出し、全てを受け入れようというのに…。

なぜ、わたしを拒むの?

心の壁が、侵食されてゆく…。

シャワーを浴び、水に濡れた少女たち。
スクール水着はその紺の濃さを増し、
綾の白い肌はその潤いを増す。
他の女子たちが水泳キャップを被っても、
綾だけは何も身に付けない。
生まれたままの姿で在りたいから…。

愁いを帯びた紅い瞳。
濡れ髪が色っぽく、艶かしい。
きめ細やかな白い肌と、上を向いた赤い乳首。
そして、恥丘と陰裂。
冷水で清められた裸体は、儚くも美しい…。
誰も目を逸らすことが出来ない、そのヒカリ…。

いっその事、自分も
着ている水着を脱いでしまおうか…
誰もがそんな過ちを犯しかねない、この空気。

――― 綾の創りし、この世界。

全ての生命は、母なる海から生まれた。
その原始の海を彷彿させるような、この光景…。
水の面を一糸纏わぬ少女が泳ぐ。
日の光は温かく彼女を照らし、水は優しく彼女を包む。
羽衣を奪われた事に気付かぬ天女のように
水と戯れるその姿は、決して卑猥ではなく、神秘的だった…。

彼女の優雅な泳ぎは、見た者の心を捕らえて離さない。
気持ち良さそうに泳ぐその姿は、あまりに… 美しかった。

その神々しい魅惑に女子の多くは不思議と乳首を勃起させ、
少し離れた場所から眺めている男子たちも当然、股間にテントを張っている。

頬を紅潮させた生徒たち。
恥ずべき格好をしているのは、
自分達ではなく綾の方だというのに。

みんな口数少なく、気まずい空気。
水の中に入って泳いでいる孤独な時間だけが、
この息詰まる世界に安らぎを与えてくれる。

プールサイドに教師が立っている。
美優を保健室に送り届けて、戻ってきたのだ。

「よーし、平泳ぎまで終わったら
 いったんプールから上がれー!」

泳いでいる女子に聞こえるように、大声を出す。
彼はまだ、この異変に気付いていない。

端まで泳ぎ着いた者から順に、プールから上がっていく。
みんなの顔が引き攣っている事に、鈍感な教師はなかなか気付かない。
ザバーっと音を立てて
しなやかにプールから上がったひとりの少女。

「お、おい…」

呆然と立ちすくむ教師。

「センセ?」

ハッと我に返った教師は、彼女に怒鳴りつける。

「お、おい西濱!!なにやってるんだ!!」

スラリと立ち尽くす全裸の少女。

「…水着、忘れました。」

その笑みは、不気味なまでに美しい…。

「た、体育委員!タオル持って来い!!」
「は、はい!」

教師は有無を言わせず全裸の綾にタオルを掛ける。
綾は冷たい目線で彼を見つめた。
その紅い瞳にこの世界は、どう映っているのだろう…。

「今日はもう、自由プールでいい。後は任せたぞ。」

体育委員にそう告げると、
教師は綾を連れて出て行った。

女子たちは、どうしていいかわからない…。
自由プールと言われても
今さらワイワイはしゃげるはずもなく、
ただ呆然と立ち尽くすだけだった。

「やっぱ、いじめかなぁ…。」

ひとりが気まずい沈黙を破ると、
それを皮切りに急にざわつきだす。

「うちのクラスにそんな事する人、いる?」
「じゃあ、他のクラス?上級生かな?」
「いじめ…じゃない気がする…。」

ひとりの女子が、ポツリと呟く。

「うん、なんか…、嫌がってないように…見えたけど…」
「というより… むしろ…」
「ま、まさか…」

女子が教室に戻ってくる。
話題は西濱の事で持切りだ。
次々と女子が入ってくる教室のドアを、
翔はぼんやりと眺めていた。

「緋村、遅いなぁ。」

翔の机の上には弁当箱。
いつものように屋上で
美優とふたりっきりで食べるつもりなのだ。

綾の事も気がかりだったが、
もう関わりたくない…というのが
正直な気持ちだった。
もうそんな事は忘れて、美優と幸せな時間を過ごしたかった。

「緒方、ちょっといいか?」

後ろから急に担任の声がして、翔は驚く。

「あ、先生…?」

どうやら翔が眺めていたのとは反対側の
職員室に近い後ろのドアから入ってきたようだ。

「今、時間いいか?
 ちょっと話があるんだが…。」
「あ、はい…」

翔は担任に連れられて、職員室へと向かった。

散らかったデスク。
散乱した書類やらプリントやらが、
この教師のずぼらな性格を物語っている。
担任は真剣な顔で翔に尋ねた。

「なあ緒方…、西濱、いじめられてるのか?」
「知りませんけど…。」
「んんー…」

唸りながら、ボサボサの髪をかく。

「さっきの体育の授業の事は知ってるよな?」
「…はい。」

やっぱ、その事か…。
翔はもう、綾という”世界”から逃げ出したかった。

「本人はな、
 『水着忘れたけど、授業は休みたくないから』
 って言ってるが、んなわけないよな…。」

優秀な生徒が起こした問題に、担任は頭を抱える。

「でも確かにあいつは真面目すぎるから…。うーん…」

『水着を忘れた生徒に、全裸で授業を受けさせた』

となると、この教師の責任問題にもなりかねない。

「まったく困ったもんだなぁ。緒方、それとなく西濱に聞いてくれないか?」
「はい…。」

心当たりは、なくもない…。
というかむしろ、おそらく答えはひとつ…
だけど、翔にはどうしてもその現実を受け入れる事が出来なかった。

「そういえば緒方、お前、緋村と付き合ってるんだって?」
「え…!ち、違います。」

翔が少しビクつくと、急に担任の態度が変わる。

「いいって、別に隠さなくたって。高校生なんだから、青春しろよ!」
「あ、え…はい…。」

翔はタジタジだ。

「あいつは気は強いが、根は優しい良いやつからな。大事にしてやれよ。」
「はい…。」

さすが担任。生徒の性格はしっかり把握している。

「あ、肝心な事言い忘れるところだった!
 その緋村が体育の授業のときに倒れたんだ。
 知ってたか?」
「え!?」

翔は慌てふためく。

「大したことはない、ただの貧血だそうだ。
 今は保健室で休んでるから、見に行ってやれよ。
 彼氏なんだろ?」
「あ、はい!行ってきます!」

翔は普段出さない大きな声で返事をし、
一目散で職員室を出て行った。

「なんだあいつ…
 結構熱いじゃねえか。」

担任はニヤリと笑う。

「絶対尻に敷かれるタイプだな…。」

「緋村ぁー!」

勢いよくドアが開く。

『保健室 お静かに』と書かれた札が大きく揺れる。

「はぁ…、はぁ…、誰もいない…?」
「翔?」
「あ、緋村?」
「ここよ、ここ。」

美優はカーテンで仕切られた
向こう側のベッドに寝ているようだ。

「緋村、大丈夫?」

そう言ってカーテンを捲る。
美優はベッドで横になっていたが、
ゆっくり起き上がり、そっぽを向いた。

「大丈夫よ、別に…。」

そんなつっけんどんな態度が、美優らしい。

「その…心配してくれて…、あ、ありがと…。」

美優は目を伏せ頬を赤らめてそう言う。

「顔赤いよ?熱でもあるんじゃない?」

そう言って美優のおでこに手を当てる翔。

「ばか…。」

美優は小さく呟いた。

「寝たほうがいいんじゃない?」
「そうね…。」

美優は再び横になる。
少し疲れたようだ。いろんな意味で。

「あ、あのさ。眠るまで…その…側にいてくれない?」

美優は天井をぼーっと見つめるふりをして、
何でも無いように装う。

「緋村…」

そして、更に顔を真っ赤にして言う。

「それとさ、その…そろそろミユって呼んでよぉ…」

翔の顔なんて、見れるわけがない。
恥ずかしがってそっぽを向く。
気付けば、翔の顔が美優の目の前に。
翔は真っ直ぐに美優の目を見つめる。
美優はキョロキョロと視線を合わせようとしない。
翔も美優もゴクンッと息を呑んだ。

「好きだよ、美優…」

心臓がドキンッと音を立てたのがわかった。
美優は思いっきり目を瞑る。

「…あたしも、好き!」

美優の真っ赤な顔が、あまりに可愛過ぎて…
美優の唇を、翔のそれが捕らえる。
翔の右手は美優の髪を撫で、美優の右手は翔の首に触れる。

いつものように舌を絡め合い、
いつものように愛し合う…。

だけど、唇が離れた瞬間の美優の顔は、
いつも以上に、幸せそうだった…。

「じゃ…、僕、ここにいるから…、寝なよ、美優。」

ぎこちない言葉が、愛おしい。
顔が火照ってしまって、眠るどころじゃない美優。

「誰か来たらマズイから、カーテン、閉めておくね。」

翔がカーテンを閉めて、もうここは、ふたりだけの世界。
授業の事も、綾の事も…

全部忘れて―――

その白いカーテンは、放課後まで開くことはなかった。

あの事件から数日。
綾は何事も無かったかのように、普通に高校生活を送っている。
あの事件以来、みんなから白い目で見られている綾…
だが、もともと友人のいない綾にとっては、
それは大した問題でも無いのかもしれない。
あの事件の事は、みんな暗黙のうちに
口に出さないようにしている。
だが、その事は
あの日あの場に居合わさなかった
美優の知るところでは無い。
綾の実に、おそらく一番近いであろう翔は、
その日々の苦悩と葛藤していた。
忘れよう、忘れよう…
そう思えば思うほど、目に焼きついて離れない
綾の裸身。

逃げたい、逃げたい、しかし決して逃れることの出来ない

現実。

でもその一方で、美優との恋愛は
恐いくらい順調に進んでゆくのである。

「え!?今週の土日…?」

翔は目を丸くする。

「うん。」

美優はドキドキした様子で翔を見つめている。

「まあ、大丈夫…だけど。」
「親が旅行に行って、誰もいないから…」

それってつまり…!?

翔の脳裏には、美優の淫らな姿が――
バスタオルでギリギリ体を隠しながら
ベッドの上で手招きする美優…。
もちろん妄想でしかない。
実物を見たことなんてないから。

「…泊まりに来ない?」
「いいの!?」

あまりに興奮しすぎて、
教室中に響くような大声をあげてしまった。
クラスメイトに注目され、
ふたりとも顔を真っ赤にする。

「か、勘違いしないでよ!
 変なコトとかしたら、追い出すからね!」

目をキョロキョロして、
そう言った美優の真っ赤な顔が
とってもウブで可愛かった。

「緋村の家って…結構大きいんだ…。」

口をあんぐりと開けて思わずそう呟いた翔を、
美優がギロリと睨む。

「み、美優の家ね。」
「よろしい♪」

名前で呼んでもらうのが、最近のお気に入り。
まだ慣れてないせいか、翔はタジタジだ。

「そんなでもないわよ。
 ふつーよ、ふつー。」

普通ではない。
豪邸という程ではないが、なかなか立派な家だ。

「お邪魔します…」

誰もいないとわかっていても、
彼女の家に上がり込むのは緊張する。

「はいはい、どうぞー。」

美優は翔をリビングへと案内した。

「その辺に座ってて。」
「あ、うん…。」

翔は戸惑いながらもソファーに腰を下ろす。

「ケーキあるから。」

美優は甘い物がお好き。
何気ないひと言。

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「え…」

紅茶は――

もう…飲みたくない…かな。

「…コーヒーで。」

「ん。じゃ、ちょっと待ってて♪」

美優の姿が見えなくなると、翔は辺りを物色し始める。
テレビもソファーもテーブルも翔の家の物より一回り大きく、
部屋は綺麗に片付いていて、文句の付け所もない。
恐らく美優の母親が毎日きちんと掃除しているのだろう。
緋村の部屋も、これくらい綺麗なのかなぁ。
いや… 緋村の性格からして…

「お待たせ♪」
「わっ!!」
「なに驚いてんの?」
「いや、何でも…。」

焦る翔。
おしゃれなコーヒーカップを口元に運んで
気を落ち着かせ、美優の家に来ているんだなぁと
しみじみ実感する。

ふたりきりだからか、普段より密着して座っている翔と美優。

「はい、あ~ん♪」

美優はケーキを翔に食べさせてあげる。

「じ、自分で食べられるって。」

それを恥ずかしがって拒む翔。
美優は意外とこういう事をするのが好き。

「あー、照れてるぅー!」

いや、むしろ翔が照れる様子を眺めるのが
好きなのかもしれない。
美優はいつも以上の満面の笑みを見せてくれた。

「じゃ、逆に僕が食べさせてあげるよ。」

翔はここで逆襲に打って出る事にした。

「あ~ん♪」

やってて自分でも顔から火が出る思いだが、
たまには意地悪な事もしてみたい。
美優は顔を真っ赤にしながらも、
翔にケーキを食べさせてもらう。

「美味しいね。」

と照れ笑いした美優を眺めながら、翔は囁く。

「緋村、カワイイ。」
「な、なに真顔で言ってんのよ!
 っていうか、緋村じゃなくて美優!!」

美優、カワイイ。

「もう5時かぁ。」

翔は時計を見上げた。

「ええ!もう5時?
 まったく!なんで土曜日まで補講があるのかしらね。」

この日は土曜日にも関わらず、
進学校であるが故に強制的に補講を受けさせられ、
美優の家に来るのが思いのほか遅くなってしまっていたのだ。

「補講が無かったら、午前中から”美優”の家に来れたのにね。」

よし、今度はスラリと言えた!
と心の中で頷く翔。
美優はドキッとしたのか、
目を見開いた。
でもすぐに平然を装って話題を変えた。

「あー、そろそろ夕御飯の支度しなきゃ…」

「支度って…、もしかして美優が作るの?」

半信半疑で聞いてみる。

「当然よ!」

自信満々に言い放つ美優に、翔は目を丸くした。

「へー、料理とか出来るんだぁ。」
「まっかせといて♪」

でも、弁当は親が作ってるって言ってたような…
美優の性格からして、朝早く起きて弁当を作るのが
面倒くさいだけなのかもしれないが。
美優はエプロンを着て、キッチンに立つ。
若奥様というよりは、幼な妻といった感じかもしれない。

「美優、エプロン似合うね。」

翔が素直にそう言うと、美優はとても嬉しそうな顔をする。

「そ、そう?裸エプロンでもしよっか?」

どうせからかってるだけだ。もうその手には乗らない。

「うん。お願い。」

沈黙。
真っ直ぐに翔を見つめる美優の瞳に、
少し気まずさを覚えた。
美優は目をパチパチさせて呆然とした後、
ハッと我に返って頬を真っ赤に染める。

「や、やーよ!!」

美優はプイッと顔を背けると、
怒涛の如く言葉を吐き捨てる。

「翔のエッチ!!
 変態!!最っ低!!
 もう信じられない!!」

そう一蹴した美優は、はぁはぁと息を切らし
肩で息をしていた。

「自分で言ったくせに…」

酷い言われようだ。

翔が小さく漏らした一言を、
美優の地獄耳は聞き逃さなかった。

「なんか言った?」

美優の右手に握られた包丁が、妖しく光る。

「な、なんも言ってないよ!」
「美味しかったよ、美優。」

翔は出された料理を全部平らげ、
正直な感想を言った。

「そう?」

美優は嬉しそうだ。
少しニヤけたその笑顔、
すごく可愛い。

翔の前にはたくさんの空いたお皿。
この量は小食の翔には少しきつかったが、
美優が作ったとは思えないほど美味しかったので
残さず食べきれた。
もっとも、残したらその後の翔を待ち受ける運命は想像に難くないが。
食事の後は、特にやる事もないから
ふたりでソファーに座ってテレビを見る。
洗い物をしなくていいのか尋ねると、美優は

「いいのいいの、明日お母さんがやるから。」

と無責任な事を言う。
美優の両親は明日の夜に帰ってくるらしい。
親には親友の恵が泊まりに来ると言ってある。

テレビ画面の中では、
ふたりの男子とひとりの女子が
学校の屋上でなにやら楽しそうに話している。
この青春学園ドラマ、
美優は毎週欠かさず見ているらしい。
真剣に見入っている。
翔もそれに付き合う。
ぼーっと見ていたテレビドラマが終わり、
画面にスタッフロールが流れてくると、

「しょ~お♪」

美優が子猫のようにじゃれついてくる。

「どうしたの?
 …ニヤニヤしちゃって。」

翔は呆れた顔で聞くが、内心満更でもない。
それを知ってか知らずか、
美優は少し顔を赤らめてパワー注入。

「スキだっちゃ☆」
「へ…?」

翔はポカンとした顔。

「なんでもないわよ。ちょっと言ってみたかっただけ…」

テレビの見過ぎだ。
思ったより受けなかったのか、美優は顔を真っ赤にして下を向いた。

「カワイイよ。」
「う、うるさいわね!」

ドラマが終わり、テレビの向こうではニュースキャスターが

キリリとした表情で原稿を読んでいる。

「…県警察本部は、本日午後、長瀬由梨さん(10歳)に対する
 性的虐待などの容疑で、父親の長瀬翔容疑者を逮捕しました。
 長瀬容疑者は…」
「ええ!翔だってー!」

話題を逸らす絶好の機会を得た美優。

「10歳の娘に対する性的虐待って…」

想像したら、冷や汗をかいた。

「翔ってば、ヘンタイ!ロリコン!」

美優は調子に乗って翔の頭を叩く。
そんなに楽しそうに叩かれても、なんて言ったらいいかわからない。

「な、名前が一緒なだけだろ~!
 そんな事言われても困るよ…。」

なぜかテンションの高い美優。

「フフッ、あたしには性的虐待しないでよ!」

彼女の暴走は、なかなか止まらない。

「はい?」

暫くふざけた会話を楽しんで、話題も尽きだした頃。

「あ、そろそろ…」

と呟いて美優は席を立った。

「お風呂入ってくるね。」
「あ、うん。」

その翔の表情が、美優には
何か物欲しそうな顔に見えたのかもしれない。

「なに?一緒に入りたいの?」

この小悪魔な笑顔が、いつもいつも翔を惑わし狂わす。
美優は少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、呟いた。

「いいわよ。」
「え!?」
「う、嘘よ!」

慌てて否定する美優。

「覗いたりしたら、殺すわよ!」

またやられた。
でも、自分で言っておいて恥ずかしがるなら
そんな事言わなきゃいいのに…。

翔は悶々とした様子で、
何十分も頭を抱えたままだ。
美優はお風呂に入っている。
もちろん、一糸纏わぬ姿で…。
ああ、美優の裸かぁ…
見てみたい… 触れてみたい…
そして… あんなコトや…こんなコト…
よし、とりあえず覗きに行こう。
…ダメだ、そんな事したら殺される。
いや、いっその事襲ってしま…
ダメダメ、いったい何を考えているんだ!
でももしかしたら、
美優はそれを待ってるのかもしれない…。
「あー、早く翔が襲いに来ないかなぁ…」とお風呂で
待っているのかもしれない。全裸で…。
いや、そんなワケないか…。
でも襲ってしまえば案外OKしてくれるかもしれない…。
だって、僕らは彼氏と彼女なんだから。
そういう事するのは当然なはず。
そう… あんなコトや…こんなコト…
よし、とりあえず覗きに行こう。
…ダメだ、そんな事したら殺される。
いや、いっその事襲ってしま…
ダメダメ、いったい何を考えているんだ!
でももしかしたら、
美優はそれを待ってるのかもしれない…。
「あー、早く翔が襲いに来ないかなぁ…」とお風呂で
待っているのかもしれない。全裸で…。
いや、そんなワケないか…。
でも襲ってしまえば案外OKしてくれるかもしれない…。
だって、僕らは彼氏と彼女なんだから。
そういう事するのは当然なはず。
そう… あんなコトや…こんなコト…
よし、とりあえず覗きに―――――――

     ―――――――「お先にぃー♪」

「うわあああ――――!!」
「な、なによ
 大きい声出さないでよ!
 ビックリするじゃない!」
「び、びっくりしたのは
 こっちだよ!!
 急に驚かさないでよ!」

そう言って振り返って見ると、
美優はTシャツ一枚に下はジャージ。
白いシャツから、ブラが透けてる…。

「んん…?ど、どこ見てんのよ!!」

若手芸人ばりのその声に、
翔は思わず畏縮する。

「ゴ、ゴメン…。透けてるから…つい…」

その言葉を聞いて、美優は慌てて胸を隠す。

「ええ! 乳首透けて…
 ってよく考えたら、ブラしてるじゃない!」

…ブラは透けてても問題ないらしい。

「いつもは寝るときはブラしてないのに、
 今日はあんたがいるから仕方なく付けてんのよ!」

と、恥ずかしさを紛らわすためか翔を怒鳴りつけた。

「はぁ… ま、いいわ。
 あんたも早く入ってきなさいよ。」

「ふーっ…」

湯船に浸かってリラックス。
温かい…。
なんだか、良い匂いがする…。
翔は風呂のお湯を両手ですくい、
その透き通ったお湯をぼんやり眺めた。
このお湯に美優も入ってたのかぁ…

「美優…」

あっ… 勃っちゃった
顔がニヤける。だらしない顔だ。

「翔、入るわよ~。」

ガチャ!!

「え、ええ!?」

翔は大慌てでそれを隠す。
浴槽の縁に寄りかかるように身体を倒し、
美優の視点から局部が見えないようにしたのだ。
だが、覗き込まれでもしたらすぐにバレてしまう。

「なに慌ててんの?バスタオル、ここに置いとくわよ。」

美優はそんな不自然な様子を気にもせず、
普段どおり。

「あ、ありがと。」

というか、なぜ堂々と翔の風呂を覗いているのだ。
これが立場が逆だったら、絶対怒るくせに。

「背中でも流そっか?」

そう言って美優は何気ない顔で
バスルームに一歩足を踏み入れる。

「も、もう洗ったよ。」

翔は慌てて嘘をつく。

「そう…?」

美優は少し残念そうな顔をした。
彼女としては、翔の背中を流してあげたかったようだ。
それ以上に深い意味があったのかどうかは、定かでない。

「あ、そうそう。
 あたし、自分の部屋にいるから。
 階段上がってすぐ右の部屋ね。」
「あ、うん…。」
「じゃ、ごゆっくり。」

そう言って美優は微笑む。
カタンと音を立ててドアが閉まった。

「はぁ…
 焦ったぁ…」

どっと疲れた。

「階段上がって、すぐ右っと…」

翔はタオルで髪を乾かしながら、階段を上る。

「ここかな?」

扉に掛けられた

“MIYU’sroom”と書かれた札。

これは確か、中学の美術の時間かなんかの時に
作ったやつだ。
とても上手に出来たと先生に褒められていたっけ。

コンコン

ノックをしても返事がない。
そっと扉を開けてみる。

「ここが美優の部屋かぁ…。」

その部屋は、まさに女の子の部屋といった感じだ。
翔の部屋と同じくらいの広さの部屋に、
服やら鞄やらが所狭しと並んでいる。
わりと綺麗に片付いているが、
普段からこれくらい綺麗にしているのかは疑問が残る。

「美優…、寝ちゃったんだ…。」

美優はベッドの上でスヤスヤと寝息を立てている。

「美優の寝顔…
 カワイイ…」

翔はほのぼのとした気持ちで
微笑みを浮かべた。

「って、僕はどこで寝ればいいんだ…?」

リビングのソファーででも寝るか…。

「まったく。どうしようもないな、美優は…」

そう呟いて美優を眺める。
無防備な寝姿…。

「……オヤスミのキスくらい、
 いいよね?」

心臓が高鳴るのを感じながら、
翔は美優の顔へと顔を近付ける…。

「美優…」

息がかかるくらい近付いて、
美優の寝顔を、美優の唇を、見つめる。

ギロッ

美優が、起きた。

「翔!!」

美優は目を見開いて翔を怒鳴りつける。

「ハッ…!び、びっくりさせないでよ!」

翔は慌てて顔を離す。

「それはこっちのセリフよ!」

怒ったかと思うと、
今度はすぐに不敵な笑みを浮かべる美優。

「でも、あたしの寝込みを襲おうだなんて、
 翔にしては頑張ったわね。」

そう言って翔をからかった。
翔は「そんなんじゃない!」と否定する事もできず、
顔を赤らめてしょんぼりしていた。

「ご褒美に、一緒に寝る?」
「ええ!?」

美優の一言に、また翔は過敏に反応してしまう。
お決まりのパターンなのに、
いつも美優は突然何気なく言うものだから
一瞬本気にしてしまうのだ。
美優は拍子抜けしたような顔。

「早く入んなさいよ!」

この女、何処まで本気なのかわからない…。
いつかの修学旅行を彷彿させるような
美優の布団を捲り翔を招き入れるその仕草。
翔はドギマギしながらも
美優の寝ているベッドに入ってゆく。
どうせすぐに追い出されるだろうと思いながら。

「あ…、電気消して。」

美優にそう言われて、
翔は手を伸ばし灯りを消した。
暗闇の向こうに、美優の怒った顔が見える。

「全部消したら、なんも見えないじゃない!
 小さいのだけ、つけといてよ。」
「あ、ゴ、ゴメン…」

薄暗い部屋。
ふたりで寝るには狭すぎるベッド。
見つめ合うふたり…。
美優は照れくさそうに微笑みかけた。
これは、OKサインと見ていいのか…。
翔は美優の気持ちを量れないまま、
彼女に唇を重ねる。
キスをすれば、気持ちは通じ合えるのだろうか…。
好きだという想い。
この熱い想いを、今夜、
美優の中に吐き出したい…。
呼吸をするのも忘れ、舌を絡め合う。
頬を真っ赤に染めて、淫らな接吻に酔いしれる。
美優が翔の体をギュッと抱き締めてきたから、
翔も彼女を優しく抱き締めた。
でもそのせいで、
美優の股間に何か硬いものが当たってしまったらしい。
それはビクンビクンと脈打って、
美優の体を求めていた…。
ふたりの唇が、離れる。
一瞬の沈黙の後、美優は気まずさを払拭するように

「じゃ、お休み~。」

と言って、翔に背を向けた。

あれから数十分。
ふたりは背中合わせで横になっている。
この広い世界で巡り合い、この狭いベッドで
互いの存在を感じ合えるだけで、充分過ぎるほど幸せだった。
思えば翔と美優は、正反対の性格で…
何もかも背中合わせだった。
それがいつの間にか、付き合うようになって…
今では何故かひとつのベッドで身を寄せ合っている。
これが、”運命”ってやつなのかなぁ…

「翔…、まだ起きてる?」
「うん…。」

こんな状況で眠れるわけがない。
でも、翔はこのまま朝まで
美優の温もりと幸せを感じているのも
悪くないと思っていた。

しかし…、

「ちょっとくらいなら…」
「…しても怒らないよ?」
「え…」

一瞬なんの事かわからなかった。
でもすぐにそれに気付き、翔は体を起こした。

「…いいの?」
「いいわよ。したいんでしょ?」

美優の顔は、真っ赤だった。
その顔に今まで何度も騙されてきたけど、
この時は何となくわかった。
美優は、本気だという事を。
美優は背中を向けたまま呟く。

「恥ずかしいからあんたから脱いでよ。」
「…わかった。」

翔はベッドから出て、服を脱ぐ。
美優はそんな翔を、挙動不審な様子で眺めている。

「そんなジロジロ見ないでよ。」

トランクス姿の翔は、照れくさそうにそう言った。
美優は勃起しているのがバレバレな
そのトランクスのテントを見つめながら、
ますます顔を赤らめた。

「どうせあんたもあたしの裸をやらしい目で見るんでしょ?」
「え…あ、うん…、そう…なのかな。」

否定できない男の性。
彼の股間は、美優を求めていたから…。

「なら我慢しなさいよ。」

パンツを脱いだ翔は
女の子のように恥ずかしがる。
美優にそこを見られるのは初めてではないが、
この羞恥心は拭うことが出来ない。
美優はゴクンッと息を呑んで

「久しぶりね…。」

と、翔のペニスと挨拶を交わした。
美優は愛おしそうにそれに触れる…。

「すごい勃ってるね…。興奮…してるの?」

上目遣いで翔に尋ねるその姿。

――――萌えた。

「え…その…、美優の事が…好きだから…。」

ドキッとした。
美優はパニックに陥る。
自分の感情が理解できなかった。

「じゃ、じゃあ、オヤスミ!」

美優は布団に潜り、ふて寝をした。

「それはズルイよ!」

そう言って翔は布団を剥ぐ。
…その力強さが、美優には怖かった。

「で、でも…」

美優は、脅えている。
そんな美優を見たのは、初めてかもしれない…。
美優は女の子なんだ。
そして、僕は男なんだ。
そんな当たり前の事実が、
裸の翔に重く圧し掛かる…。

「僕の事、嫌いなの?」

翔は優しく問いかけた。

「そうじゃない…。好きだけど…」

好きだけど―――

恥ずかしい…

恥ずかしいけど、
あたしの裸を見て欲しい…
あたしのいやらしい部分を、
絶対他人に見せられない場所を、
舐め回すように見つめて欲しい…

でもやっぱ、恥ずかしい…

それは、destinedambivalence―――

It’sdestinedsincetheoriginalsin.
It’sdestinedwhen
AdamandEveatethefruitoftheforbiddentree、
theyknewthattheywerenaked、
andtheysewedfigleavestogether
andmadethemselvesaprons.
It’sdestinedambivalence.

「……わかったわ。」

美優はついに、覚悟を決めた。
翔が好きだから…
翔の気持ちに応えなくてはいけない。

「翔…、脱がせて…。」
「美優…」

震える指先が、美優の肩に触れる。
翔は美優の服に手をかけた。
薄手のTシャツを、ゆっくりと脱がす。
美優はされるがまま…。

「あ…これ…。この前買ったブラジャー…」
「う、うん…」

美優の胸を包むのは、ピンク色の可愛らしいブラジャー。
初デートのときに翔に買ってもらったものだ。

「似合ってるよ…。」

翔は優しく微笑んだ。

「でも… 外すね。」

背中に手を回し、ホックを外そうとする。
でも緊張してるのか、なかなか外れない。
ようやくブラジャーが外れると、
大きな乳房がプルンッと零れ落ちた。

「おっぱい…
 大きいね…」
「恥ずかしい…」

美優は頬を紅潮させ、視線を落とした。
でも、胸を隠したりなんてしない。
翔に見て欲しいから…。

「綺麗だよ?」

そう、美優の胸は本当に美しかった。
十分すぎるほど大きくて、形も張りも良くて…
翔の手は、自然とそれに吸い寄せられた。

「柔らかい…」

マシュマロみたいにふわふわ…
気持ち良い…
こんなに気持ち良いんだ…
翔は初めて触れたその感触に感無量。
その魅力に取り付かれた翔は、
慣れない手つきで優しく揉み始めた。
美優は真っ赤な顔でじっと耐え、

「んん…」

と篭った声を時折漏らす。
今度は乳首を重点的に責めてみる。
桜色の敏感な乳頭があまりに可愛らしくて、
悪戯せずにはいられない。
指先で摘まんで少し引っ張ったり、
クリクリと捩じってみたり。
美優の微妙な反応が、堪らない…。
翔は調子に乗って乳首を舐める。

「はぅ…」

と声を漏らし、少し顔を歪める美優が
すごく可愛い。

「乳首、勃ってるね。」

翔に耳元でそう囁かれて、
美優は顔から火が出そうだった。

「そ、そりゃ勃つわよ!
 しょうがないじゃない!」

美優の乳首は、ビンビンに勃起していた。
美優も、興奮してるんだ。
その紛れもない事実を、
赤く勃起したそれが証明している。

「"感じてる”ってコト?」
「か、感じてなんかない!」

必死に首を振る美優が、また可愛い。

「じゃあ、美優にいっぱい感じてもらえるように頑張るよ。」

そう言って翔は、また舌を這わす。
彼に乳首をしゃぶられながら、
美優は小さく「バカ…」と呟いた。

「ぁ…んぁ…」

美優の切なげな声が部屋に響く。
体をくねらせ、敏感に反応する美優。
眉をひそめて、口は半開き…
何ともだらしないというか、いやらしい…。
十分胸の味を堪能した翔は、
ついに美優の下半身に手を伸ばす。
まずは、ジャージを脱がせる。
これで、美優はパンティ一枚。

「今日もひもパンだね。」

翔の囁いた言葉に、
美優は眉間にしわを寄せる。

「今日”も”って何よ!」
「あれ… いつだっけな…
 何か前に見た気が…」

翔は冷や汗をかきながら、
必死に記憶を辿った。

「あたし、翔に見せた事なんてないわよ。
 さては更衣室でも覗いたのね!?」
「ち、違うよ!
 う~ん…
 いつだったかなぁ…」

ちなみに、正解は―――
中学時代、綾に貸そうとブルマを脱いだとき、
風でスカートが捲れて偶然見えてしまったのだ。
黒のひもパンが。

「ま、いいわよ。あたし、ひもパン好きなの。文句ある?」

開き直る美優。

「僕も、ひもパン好きだよ。」

ひもパン以外何も身に付けていない美優に、
少し顔を赤らめながら微笑みかける。

「可愛いし…、なんかエッチだよね。」
「エッチなのは、あんたでしょ。」

と美優が嘲ると、

「それは美優も同じでしょ。」

翔も美優と同じ笑い方をする。

「ち、違うわよ!あたしは、あんたがエッチしたいって言うからしょうがなく…」

――そんな事言ってませんが。

慌てふためく美優は、いつ見ても可愛い。
特に今は、格好が格好だけに
いつも以上に翔の気持ちを高揚させる。

「…脱がすね?」

美優がコクリと頷くと、
翔は蝶結びのひもにゆっくりと手を伸ばし、
それを掴むと優しく引っ張った。

最後の布着れが、
花びらのようにひらひらと舞い落ちる…。

真っ赤な顔で俯き必死に羞恥に耐える美優。
そんな美優のいやらしい部分を
しげしげと眺める翔。
ふたりの高鳴る鼓動と、沈黙。
大好きな人の恥毛を初めて目にして
何を言ったらいいのかわからない翔は、

「髪の毛は茶色なのに、
 あそこの毛は黒いんだね。」

と正直な感想を洩らした。

「あ、当たり前でしょ!?
 あそこの毛なんて染めるわけないじゃない!」
「ハハッ、なんかアンバランスだね。
 でも、…カワイイよ。」

ちょっと逆立って自己主張をする恥毛は、
まさに美優そのもの…。
美優自身も、美優のアソコの毛も、
“可愛い”という一言に尽きる。
ひもパンを奪われた美優は、
一糸纏わぬ姿で翔に全てを晒す運命。
これで、ふたりとも裸だね…。
美優の長い髪を撫で、はにかんで微笑み合った。

翔は美優の下半身へと手を伸ばす。
美優の恥毛は、なんとも言えない妖しい魅力を放っている。
翔はついにそこに触れ、思わずハッとした。

「濡れてる…?」
「う、嘘!」

美優は信じられないといった様子で、
羞恥心のあまり、手で顔を覆った。

「イヤ…、恥ずかしい…
 あんま見ないでよ!」

恥ずかしがる美優とは裏腹に、
翔は彼女の秘部を覗きこむようにして眺めている。

「これが…、美優のアソコ…?」

指でそれをパックリと広げ、物珍しそうに中を観察する。
美優の中は、こんなにも厭らしく…
こんなにも濡れていて…
こんなにも愛おしい…
翔はゴクンッと息を呑んだ。
敏感な部分に触れてみる。

「ぁ…ん…」

美優は火照った顔で体を捩じらせる。
翔のたどたどしい指がなんとも頼りないが、
美優は彼の指にその願いを託すしかない。

「ん… んん…」

切なげな篭った声が漏れる。
彼にそこを慰められて、
何だか少しもどかしく、歯痒い。

「んん… ぁぅ…」

ドキドキが止まらない…
もう… 爆発してしまいそう…。

「声とか… 出していいよ?」

導火線に火をつけた一言だった。
シューッと音が出るくらい、真っ赤になる。

「バ、バカ言わないでよっ!!」
「でも…
 我慢してるでしょ?」

翔は何気ない顔で意地悪な事を言う。

「し、してない!!」
「そう…。」

そう呟いて、今までわざと避けてきたクリトリスを刺激する。

ビクンッ

「っああぁ!!」

思わず出てしまった声。
美優は涙ぐんだ。

「バカバカぁ!翔なんて大っ嫌い!!」

美優はどうしてこんなにも可愛いのだろう。

「気持ちいい?」

愛撫しながら美優に囁く。

「き、気持ちいいに決まってるじゃない!!
 もう死んじゃいそうよ!」
「美優…」

翔は照れ笑いする。
お互い、顔は真っ赤だ。
翔は美優の反応を時折見ながら、
容赦無く秘部を弄ぶ。

「んぁあ…! ああぁ…!」

美優は、喘いだ。
もう… 我慢できなかったから。

気付けば翔は、指だけでは飽き足らず
顔を近付けて舌で慰め始めた。

「しょ、翔!?
 ぁん… 汚いよ!?」

そう言いながらも美優は翔の頭を手で押さえる。
よほど気持ちが良いのか、自然とその手に力が入ってしまう。

「っあ…! んぁあ…」

舌のザラザラした感触が敏感なところを刺激して、
あまりの快感に
もう…狂ってしまいそうだ…。

「美優の味がする… 美味しいよ。」

そんな甘い声で、そんなエッチな事を囁かれたら…

「んぁ ヘ、ヘンタイ!」

どうしてこうも素直になれないのだろう…。
体は素直すぎるくらい
従順に反応してしまうというのに…。

「あぅ…ひぁああ!」

我慢しても溢れてくる、愛液と、嬌声と、翔への想い…
もう十分堪能したのだろうか…。
翔は秘部を弄ぶのを止めた。
キスをするわけでもなく、
ただ美優の顔の前に留まって
優しく微笑むその笑顔。

―――イジワル。

なんで止めるのよ。
もう少し続けてくれたら…
……イッちゃえたのに。

「な、なに?」

そんな眼であたしを見ないでよ。
美優の顔は、相変わらず紅潮している。
そんな可愛らしい美優の耳元で、
そっと囁いた。

「入れて…いい?」

美優の顔から、一気に血の気が引いた。
さっきまでの火照りが嘘のように、
急に青ざめた顔になる。

「ダ、ダメよ!!“ちょっとだけ”って言ったじゃない!」

ちょっとだけ…
そう言っていたのに、
ふたりはもう…
後戻りできない場所に、来てしまっていた。
あと一歩踏み出せば、
もう… 別世界―――

恋する女の子から
      大人の女性へと
そんなのイヤ
心の準備ができてないもの…

「でも…僕、我慢出来ないよ!」

翔の声にびくんっと驚き、
美優はいつになくオドオドした様子。

「だ、だけど…
 それにほら、そのまましたら
 赤ちゃん出来ちゃうじゃない!」
「あ、それは大丈夫。
 ちゃんと持って来たから…」

そう言うと翔は、脱ぎ捨てられた服のポケットから
コンドームを取り出した。

「ちょ…、あんた何でそんなの持ってるのよ!」

翔は意外と用意周到だったのだ。
そんな彼に送られる冷たい視線。

「あんた、はじめっからやるつもりだったのね…!」
「ち、違うよ!も、もしかしたらって事もあるかも…って思って。」

翔は慌てて否定したが、まったく説得力がない。

「ホントにぃ?」
「本当だよ!」

何とか美優を捻じ伏せる。
美優は改めて翔のそれを見つめ、
ゴクンッと息を呑んだ。

「こんな大きいの…。入るのかしら…?」

そう言って何となくそれに触れてみると、
なぜだか更に大きくなる。
ドクンドクンと脈打ちが掌に伝わり、
美優は言葉を失った。

ThisLanceofLonginus
easilypiercesmyabsoluteterrorfield、
andmeltsme、 doesit?
Then...
Canyoupromise
thatdoesn'tmakemepainful?

「……できるだけ痛くしないって
 約束してくれる?」

頬を火照らせる。
翔のペニスは握ったまま。

「え…、も、もちろん!」

ビックリし過ぎて変な声が出てしまった。

「その…、気持ちよく…させて?」

顔を真っ赤にして目を逸らす美優、可愛過ぎる。
恥ずかしさを紛らわすためか、
握ったモノを2、3度扱いた。
キョロキョロと視点が定まらない美優。
翔が肩をしっかりと掴むと、
美優はヒッと肩を竦める。
翔は美優の瞳を見つめ、しっかりと頷いた。
コンドームを装着し、
それを入り口へと導く。

「…入れるよ?」

美優は大きく息を吸って、目を瞑った。

「うっ…」

翔の肉棒がゆっくりとそれを抉じ開けてゆく…。
美優は顔をしかめ、少し辛そうだ。

「イタッ…、痛い…」
「大丈夫?」

そう声をかけると、
美優は翔の手を手繰り寄せ、握った。
彼女の気持ちを察して、挿入を続ける。

「うぅ…翔が中に入ってくるよぉ…」

いつになく弱弱しい声に不安を覚えるが、
それがかえって翔をそそる。

「すごい…、締め付ける…」

美優の中は、
“優しく包み込む”なんて生易しいものではない。
もう離さない!とばかりにギュッと抱き締めてくる、
なんとも美優らしい膣だ。

「奥まで…入った…!」

「大丈夫そう?」

荒い吐息が美優の耳に吹きかかる。

「ねえ翔…」
「ん?」と首を傾けながら、
美優の髪を撫でた。

「ちょっとだけ…
 このままでいてもいい?」

「あたし達…
 ひとつになったのね…。」

恥ずかしさより、嬉しさの方が上回っていた。
頬が火照っているのは、
照れているからだけじゃない。
その頬に涙が伝うのは、
処女を失った痛みのせいだけじゃない。

「なんか… 幸せ…」

美優はとろけそうな目をして、そう呟いた。

「美優…、好きだよ?」

もう聞かなくたってわかってるその言葉。
でも美優は、何度聞いても聞き飽きない。
何百回でも言って欲しい…。

「翔…」

彼の頬に触れる。

「あたしも…」

ゴクンッと息を呑んだ。

「その… あの…
 あ、愛してる!!」

翔は目を丸くして、その後優しく微笑みかけた。

「僕も。愛してる…。」

ゆっくりと重なるふたりの唇…。
絡まる舌と舌…。
混ざり合う唾液…。
このときのキスは、
ほのかに甘い幸せの味だった。

彼の肩に手を当てて、
自分から唇を離した美優。

「もう、大丈夫…」

口元に唾液を垂らしたまま囁く美優に、
翔の興奮はさらに高まる。

「動くよ?」

美優は小さく頷いた。
ゆっくりと腰を動かし始めると、美優は

「ひぁっ」

と可愛らしい声をあげた。
腰の動きと呼応して、美優は喘ぐ。
敏感に反応する体は、その大きな胸を揺らす。

「やばい… あっ
 なんか… あぅ…気持ちいいかも…」

何だか美優がふぬけた顔に。
中で暴れる翔の肉棒に、
骨抜きにされてしまったようだ。

「美優… 美優ぅ…!」

悶える美優に、翔の興奮は極限まで高まる。

「あっ んぁあ!
 気持ち… いい…」

美優は自分から腰を振っていた。
プライドも意地も羞恥心も、この快感には敵わない。

「あっ 翔んぁ…すごい…ぁ
 あたし、ぁ イ、逝きそう…かもぉ」
「ほ、ほんと?」

普段の美優からは想像もできないような
淫らな姿と声色に、翔はもうめろめろだった。

「翔もぉ、ひぁっ 気持ちいい?」
「うん、気持ちいい。
 美優のナカ、最高だよ。」
「んん…本当? …嬉しい。ぁあっ」

少し汗ばんだ翔のひたい。
翔ってば、エッチだなぁ。
こんなにも一生懸命、
あたしを気持ち良くさせてくれる…。

もう… ダメ…
逝っちゃいそう…

「イ、イクぅ…んぁあああ!!」
「し、締め付ける… ぅぁあ!」

翔の胸に抱かれる美優。
トクンットクンッという
心臓の刻むリズムが心地良い…。

「あたし…すごい声出しちゃった…。
 恥ずかしい…」

真っ赤に染まった頬に触れる翔の指先。

「可愛い声だったよ。」

翔は微笑んだ。

「気持ち良かった?」
「もう…!
 今日はホント意地悪ね。」
「逝くときの顔、
 可愛かったなぁ。」
「もう!知らない!!」

プイッとそっぽを向いた。
でもすぐにまた、翔の方に振り向く。

「ねえ翔…
 も一回、やろ?」

無邪気さと、ほんの少しの恥ずかしさを
秘めたその笑顔に、翔は
「ええ!?」 と驚き、呆れ顔だ。

「ダ、ダメ?」

美優は焦った。
二つ返事でOKしてくれると思ってたのに。

「したいけど…
 ゴムひとつしか持ってこなかったから…」

美優と付き合い始めてから、
いつかこういう事が出来る日が来るといいなぁと、
翔は常にコンドームをひとつ、
御守り代わりに財布に入れていたのだ。

「そ、それなら大丈夫…」

恥ずかしそうな美優。
何だか少し不自然だ。

「…ここにたくさん用意してあるから。」
「ええ!?」

引き出しの中には、コンドームの箱が3つ。
“何度も買いに行くのは恥ずかしい”という理由で、
美優がまとめ買いしておいたものだ。

「美優ってエッチだね。」

そう言って笑いながら、再びベッドへと彼女を押し倒した。

夜が、更けてゆく…。

「帰らないでぇ!!」
「はぁ?」

玄関先で大声を出す美優に、
翔は少し呆れた顔をする。

「もうすぐ親が帰って来ちゃうんでしょ?」
「そう…だけど…」
「離れたくない…」

うるうるした瞳で、上目遣いで翔を見つめる…。

「翔が好きなの…」

そう言って視線を落とした。
掌を握り締めてプルプル震えたかと思うと、
急にワッと顔を上げて…

「好きよ好き、大好き!
 もうどうしようもないくらい翔が好きなの!
 しょうがないじゃない!!」

そんなキレられても困るんだけどなぁ…。
騒ぎ喚く美優をギュッと抱き寄せて
口付けで口を塞いだ。
美優は目を見開き、そこから一雫が伝う。
涙が零れ落ちないように、ゆっくりと目を閉じた。

「じゃ、また明日学校で。」

そう言って翔が帰っていった後、
美優は頬を火照らせ口を尖らせる。

「もう!! いつからあんな
 キザな事するようになったのよ!!」
「バカ…」

美優が呟いた一言は、
暮れなずむ夕焼けに消えていった。

綾はカーテンを開けた。
朝日が眩しい…。

今日は特別な日。

心の中に、そう決めていた。
お湯が沸いた音がすると、
綾は紅茶の葉を用意する。
朝はご飯が喉を通らない。
綾は日ごろ朝食は食べず、
紅茶を一杯だけ飲んで学校に行く。
この日も、ゆったりと紅茶を飲んだ。

「熱ッ…」

口元からこぼれた一滴が、綾の胸を伝った。
ナプキンでそれを拭く。
妖しげな笑みを浮かべた。
乳首は勃起していた。
秘部は、少しだけ濡れていた。

紅茶を飲み終え、鞄を手にする。

綾は迷った。

―――靴を履くか否か。

玄関に一歩踏み出してみる。
ひんやりとした感覚が、気持ちいい…。
しかし、季節は夏。
日なたの地べたは鉄板のように熱いだろう。
舗装されていない道を、裸足で歩くのも嫌だ。
綾は渋々靴を履いたのだった。

そして彼女は、

なんの躊躇いもなくドアを開けた。
外界への一歩。
これが、フォスの幕開けである。

Iatonefortheoriginalsin.
IstripmyfigleavesthatAdamandEvesewed.
And…I’llbeGod.

「気持ちいい風…」

髪をなびかせながら、彼女はそう呟いた。

「お早うございます。」

氷のように冷たい凛とした声。
いつも挨拶などした事のない
近所のおばさんにお辞儀する。

「あら、おはよ…ぅ…」

ゴミを捨てに行くところだったのか、
おばさんは手に持っていたそのゴミ袋を
地べたに落とした。

「お持ちしましょうか?」

そう言って綾が微笑みかけると、
おばさんは

「い、いえ。いいわよ、大丈夫…」

と慌てた様子で、ゴミ袋を拾いそそくさと去っていった。

綾の家から学校までの道のりは、駅まで10分、電車で二駅、
そしてそこからまた歩いて5分…。
人通りの多い道も通らなくてはならない。
電車にも乗らなくてはいけない。
通いなれた通学路も、何だかとても、新鮮な感じがした。

駅は人が多い。
人が多い場所は、嫌いだ。
人は皆、他人を拒み、心の壁でわたしを圧迫する。
こんな息苦しいのは、イヤ。
みんなの視線を一身に受ける少女は、今、そんな事を考えていた。

駅のホームで電車を待つ。

「ど、どうしました!?」

駅員らしき人が駆け寄ってくる。
綾は無視した。

「何かあったんですか!?」

しつこく聞いてくる駅員を、
彼女は哀れな孤児を見るような目で眺め、
優しく抱き締めた。

「何を怯えているの?」

  「三番線に電車が参ります。
   危ないですから黄色い線の――――」
「わたし、この電車に乗らなくては…」

彼女の姿は、その満員電車の中へと消えていった。

この日、綾は生まれて初めて痴漢というものに遭遇した。
まあ、似たような類のものは、過去にいくらでもあったが。

「止めてください。」

と、凛とした声で言った。
もっともそれは、形式上の言葉に過ぎない。

「その格好で、それは無いだろぅ?」

汗臭いハゲオヤジが、生臭い息を吹きかけてくる。

…気持ち悪い。

「…そう。」

綾はポツリと呟いた。
虫酸が走る思いだった。
こんなオヤジに弄ばれるためにわたしは生きているのではない。

だが、彼女は受け入れる。
彼女は誰も拒絶しない。
全てを包み隠さず露にして、全てを受け入れる。

…彼女の股間からは、愛液が垂れている。

綾は無表情でそのオヤジを見つめる。
哀れむ様な目…
血のように紅い瞳…

心の醜い人間は、

「ひいぃ!わ、悪かった!」

と腰を抜かし、彼女から視線を逸らす。

「あなたは醜いわ…」

それは拒絶ではなく、嘆き。
心の醜い人は、他人を拒絶する。
わたしはあなたを拒まない…。
でも、あなたはわたしを拒んでいる…。
いえ――
あなたはあなたを拒んでいるのね…。
綾の立っているすぐ横に、座っている母子。

「見ちゃダメよっ!」

と声を殺しながら怒鳴り、子供の目を塞いでいた。
見知らぬ女子高生達は、こちらをチラチラ見ながらヒソヒソと内緒話をしている。

たった二駅だというのに、この日は酷く長く感じられた。

「ふぅ…」

と、ため息を漏らして、綾は電車を降りた。

「で、どうだったの?」
「ん? 何が?」
「惚けないでよ!」

そう言って美優に詰め寄るのは恵。
中学時代からの美優の親友だ。
今は違うクラスなのだが、
わざわざ朝一番で美優のクラスに乗り込んできた。

「…緒方くんが泊まりに来たんでしょ?」

昨日もメールで聞いたのに、話をはぐらかされてしまった。
今日こそは、聞きたい。

「どうだったの?」

じっと見つめてくる恵の目を見れない美優。
伏せ目がちで頬を紅潮させる。

「へへっ…、…やっちゃった。」

美優は顔を赤らめ照れ笑いした。

「ほ、ほんと?」

恵は驚きを隠せなかった。
予想はしていたものの、
いざそう言われてしまうと、少し怯んだ。

恐る恐る聞いた。

「どうだった?」

「その…、えっと…、気持ち、よかった…」

幸せを噛み締めるように呟く。

「痛くなかったの?」
「最初は…痛かったけど…
 その…翔が優しくしてくれたから…」

美優の顔は真っ赤。
顔から火が出そうなほどだった。

「は、恥ずかしい事言わせないでよ!」

と、そこへ…

「みゆ~」

翔が登場。
今日はわりと遅めの登校だ。

「あ、上戸さんも。おはよう。」

翔は恵に気付き、声をかけた。

「おはよう、緒方くん。」

と、恵が返事をしたのに続き
美優も。

「お、おはよっ!」

美優は少しテンパっていた。
まともに翔の顔が見れなかった。

翔が美優の席から少し離れた自分の席に着くと、
恵は小声で美優に語りかける。

「ねえねえ、
 なんかカッコ良くなったんじゃない?
 緒方くん。」
「そう?別にふつ~よ。」

言葉とは裏腹に、ムチャクチャ嬉しそうだ。
美優は案外顔に出るタイプなのかもしれない。

「そう言えば、美優も何か綺麗になった感じがする…。」
「そんなコトないって!」

でも、煽てられて悪い気はしない。

「やっぱ、初体験済ませると、男はカッコ良く、女は綺麗になるのねぇ。」

しみじみと感慨深い顔をする恵。

「そ、そうなのかな…」

美優は半分呆れ顔だった。

「ところで恵、時間大丈夫なの?」
「え…」

恵が慌てて時計を見ると、針は8:19をさしていた。

「あ、もうこんな時間!わたし行くわねっ!」

そう言って焦って教室から出て行こうとすると…

「きゃっ…!!」

ドアのところで誰かと派手にぶつかって、転んだ。

「イタタ…」

立ち上がりながら、ぶつかった相手に謝ろうとすると

「ごめんなさ…」

恵の声は途中で止まってしまった。
あまりの光景に、声も出なかった。

「どいてくれる?」
「ハ、ハイッ!」

道を譲った恵は、ただ彼女の白く美しい背中を見つめる事しかできなかった。

冗談でしょ…
頭、おかしくなってしまったの!?

恵は涙目で自分のクラスへと逃げていった。
綾はクラスメイト全員の注目を浴びながら、
ゆっくりと自分の席に向かう。
手に持った鞄も、靴下を履かずに履いた靴も、
この奇抜なファッションを引き立てるアクセント。
コツコツと綾の足音だけが教室中に響く。

「ちょっと、あんた!」

美優が勢いよく立ち上がった。
その拍子に、椅子が大きな音を立てて倒れた。

「どうしたのよその格好は!?」

凄まじい形相で綾を睨みつける。
綾は答えなかった。
答えずに、一歩一歩ゆっくりと
美優に近付いていく。
全て美優の前に曝け出して…。
目の下をピクピクさせている美優の
少し赤くなった頬に優しく触れた。

「怯えなくて、いいのよ?」

この紅い瞳に、吸い込まれてしまいそう…。
たじろぐ美優の耳元で、そっと囁いた。

「あなたも脱いでみたら?」

不気味に微笑む綾に、背筋がゾクッとした。

「…気持ちよく、なれるわよ?」

美優は力なくヘナヘナと
その場に座り込んでしまった。
綾は自分の席に着く。
もう誰も彼女に声をかけられる者はいなかった。
教室内に、異様な雰囲気が漂う。
息もできないほど張り詰めた空気…
身の毛もよだつ冷たい静寂に、
蝉たちさえも鳴くのを止めた…。
翔は頭を抱えた。
顔は真っ青で、額には冷や汗…
昨日までの幸せが
一瞬にして消え失せてしまう。
  西
     自由の地…
          日の入る地…
  濱            彼の浄土の地…
     自然の際…           始まりの地…
          波打ちの際…
  綾           母なる海と地の際…
     飾りの様…           天と地の際…
          斜めの模様…
               浮きに出た紋様…
                       入り組みし様…

…もう、決定的だった。

西濱 綾

彼女は、

  ―――――――露出狂だ。

キーンコーンカーンコーン…

チャイムが虚しく響き渡ると、担任の教師が教室に入ってきた。
彼は教壇に立つと、その異様な雰囲気に威圧された。

「何だ…?やけに静かだな…」

そう呟き、教室を見回すと…
その目が見開いた。

「に、西濱…?」
「どうかしました?」

名前を呼ばれた少女は、嘲るように微笑を浮かべた。

フフッ…
    フフフフッ…
 フフフッ…
    フフフフッ…

天使たちの笑い声がする…。

「いや…、何でも…ない…」

彼は俯いた。
現実を見るのが、恐かったのかもしれない。
教卓に置かれた名簿を持つ手はブルブルと震え、
“西濱綾”という字が歪んで見える。
そして、恐る恐る再び顔を上げる。
綾の背中には、白い羽が見えた。

「―――ハッ!?」

突然、我に返った瞬間。
その羽は儚く舞い散って消えた。

「に、西濱!!服を着なさい!!」

少し残念そうな顔をした綾は、ゆっくりと立ち上がった。

「すいません…。」

今、彼女の全てが見てとれる。
粉雪のように白く繊細な肌が、美しい…。
綺麗な形の乳房の中心で、ツンッと上を向いて自己主張をする赤い乳首。

彼女には陰毛が無かった。
そのまま陰唇が晒されている。

「着てくるの…忘れました。」

綾の身体は、疼いている…。
その証拠に、彼女の太ももには愛液が伝っていた。

服を着てくるのを忘れた、だと…?

「そんなわけないだろ!」

教師はそう怒鳴って、血のように紅いその瞳を睨み付けた。

綾はようやく観念したのか、
目を逸らし、呟いた。

「…校則違反をしている人は、
 他にもたくさんいるのに…。」
「そういう問題じゃない!!」

そう怒る教師に、綾は静かに、しかし強い口調で食って掛かる。

「授業の邪魔はしません。
 このまま受けさせてください。」

そして、少し俯き加減で…、彼女は最後の言葉を呟いた。

「…裸でいたいんです。」
「…服は、着たくありません。」

綾の正体は、完全に暴かれた。
綾は正真正銘の露出狂…
彼女自身がそれを認めた瞬間だった。

教師は「はぁ…」とため息をつき、
綾のもとへと歩み寄る。

「…もういい。
 西濱… 俺と一緒に、職員室へ行こう。」

着ていた背広を脱いで綾の背中に被せた。

「わかったな?」

綾の顔を覗き込むようにして見つめそう言うと、
彼女の返事を待たずに、
肩を抱いて教室の外へと連れて出ていった。

「お前ら、自習してろ…」

生徒たちに残した言葉は力無く、
教室の空気を一層重くした。

教室のドアが閉まる。
もう…二度と開くことのない扉…。
そう、信じていたかった。

綾の居なくなった教室は
不気味なくらい静まり返っていた。
翔も美優も、心苦しかった。
殺人現場にでも出くわしてしまったかのような、
凄まじい後味の悪さを覚えた。

また、空を見ている…。

屋上は風が強い。
ふたり並んで、澄み切った青空を眺めている。
美優の長い髪が風に靡いているのが、美しい。
あの雲は、何処へ行くのだろう…。

「露出狂…だったのね…。」

ポツリと呟いた美優は、どこか寂しげな顔をしていた。
彼女の哀しげ瞳が、翔を見つめる。

「翔は…知ってたの?」

翔の脳裏によぎるあの日の光景――

バスタオル…
    プリクラ手帳…
全裸の綾…
    苦い紅茶…
服?
  …そんなモノ、無いわ。
わたしと、
  セックスしたいんでしょう?

「もしかしたら…とは思ってたけど…」
「そう…」

さすがに綾の部屋での出来事なんて、
口が裂けても言えない。
翔はそんな自分が後ろめたかった。
でも、美優には
見透かされてしまっていたのかもしれない。

「な~に暗い顔してんのよ!」

美優は無理に明るくそう言って、翔の背中を叩いた。
それから、空を…どこか遠くを見ながら…

「大丈夫よ…。あたしは、翔以外の人に…
 裸を見て欲しいなんて思わないから…。」

美優がそう言ってくれたことだけが、
翔にとって唯一の心の救いだった。

その日以来、綾は学校を休み続けたが、
誰も彼女の話題など出そうとはしなかった。

暫くして、担任から
『綾は高校を退学した』と教えられた。
退学の理由などは、何も聞かされなかった。
それ以来、彼女に再び出逢うことはなかった。

―――――あの時までは。

 *********************************************

    第参章 社会現象 −Introjection−

 *********************************************

七年後―――――

「しょおーっ!!
 早くーぅ! こっちこっち!!」

上り坂を一人で駆け上がって振り返り、
遅れてくる彼にせがむ女性。
大人になって美少女から美女になった彼女だが、
根本的には何も変わっていない。
露出度の多い服を好み、胸元を大胆に見せている。
短いスカートからパンツが見えそうなのはご愛嬌。

「みゆー、待ってよ!」

彼女を追いかけ必死に走ってくる青年。
昔に比べれば身長も伸び、
少しは男らしくなっただろうか。

「ハァハァハァ…
 てか、ちょっとは荷物持って…」

膝に手をついて息を切らしている翔を、
美優は呆れた顔で眺めていた。

「まったく!しょうがないわね。
 普段から運動不足だからよ!」
「あ、ここのホテルね。」

美優は左手で大きなホテルを指差した。
その薬指にはめられた指輪が日の光を反射して、眩しい。

「Hello.
 Mynameis“Himura”.
 Wehaveareservation.
 Checkin、please.」

流暢な英語で受付に話しかける美優。

「違う違う!
 緒方でしょ。」

後から入ってきた翔が、慌てて訂正する。

「あっ…。そうだった。
 なんか、慣れないわね。」

美優は恥ずかしそうに苦笑いした。

「フフフッ…」

受付嬢にも笑われてしまった。

「緒方様ですね。
 お待ちしておりました。」
「あれ?日本語通じるんじゃん。」

ふたりはキョトンとする。

「はい。日本人のお客様が多いので…。
 緒方様、707号室でございます。」

美優が鍵を受け取って、
エレベーターで7階へ向かう。

「緒方美優…かぁ…
 悪くないわね。」

そう呟く美優に、翔は嬉しそうに微笑んでいた。

「あ、ここよ。」

部屋の前に到着すると、美優がドアを開けた。

「はぁー 疲れた…」

翔は部屋に入るとドッと疲れた様子で、
荷物を床に置いてベッドに倒れこんだ。

「なにへばってるのよ!
 せっかくの新婚旅行なんだから、早速…」
「泳ぎにでも行く?」

むくっと起き上がる。

「違うわよ!」
「…ん?」

翔が頭の上にクエッションマークを浮かべると、

「えいっ!」

と美優が翔のもとに飛び込んできた。

「ハハッ…
 美優に襲われちゃった。」

美優に押し倒された格好の翔。
ふたりで笑いあった。

「今夜は(まだ昼だけど)寝かせないわよ!
 あ・な・た♪」

美優はときどき変なセリフを言う。

「もう…」

南国だからって、テンション上がりすぎだよ。
悪ノリが過ぎるね。
ま、可愛いから許すけど。
そんな事を考えていると、有無を言わさずキスされた。

キスをしながら美優の服を脱がしてゆく。
美優はキスに夢中になって、
翔の髪をクシャクシャと掻いている。

「んぁ…」

ときどき漏れる甘い吐息が、ちょっとエッチ…。
ふたりの心を狂わしてる。
唇が離れると、ふたりは見つめあった。
ふたつの口の間に、混ざり合った唾液が糸を引いている。
気付けば美優は、あられもない姿になっていた。

「…どうしたの?」
「いやぁ…、いつ見ても可愛いなぁって思って…。」

いつも、翔が少し意地悪な顔をすると必ず美優は慌てる。

「あ、あんまジロジロ見るの禁止っ!!
 恥ずかしいじゃない…」

恥ずかしがるところが、また可愛い。

「いまさら恥ずかしがる事もないでしょ。」
「恥ずかしいものは恥ずかしいの!」

顔を真っ赤にして怒る美優は、昔と全然変わっていない。

「…まあ、見て欲しいって気持ちもないわけじゃないけどさ。」

ちょっと不貞腐れた感じでそう呟くと、

翔は嬉しそうに笑う。

「じゃあ、たっぷり見てあげるよ。」
「もう!あんたも早く脱ぎなさい!」

自分から誘っておいて
結局いつも翔のペースになってしまうのが
少し悔しい美優だった。

「わかったわかった。」

翔はそんな美優を笑いながら、着ている服を脱ぎ始めた。
翔が服を脱いでゆくと、美優は興奮する。

この女、こう見えて結構エロい。

「あ、勃ってる♪」

嬉々とした様子で、翔のペニスを見つめる。
彼の裸、特に下半身を見ると、
なぜだかニターッとにやけてしまう美優。

「美優、見過ぎ。」

翔が笑ってそう突っ込むと、

「み、見てなんかないわよ!
 ちょっとぼーっとしてただけ!」

と誤魔化す美優も、また可愛い。

「ねえ美優…。お願いがあるんだけど…。」

あんまり美優の機嫌が良いから、
翔はいつもしない無茶なお願いをしてみる。
翔が耳打ちすると、
美優は顔を真っ赤にし大声をあげた。

「ええぇ!胸に挟むのぉ!?」
「…ダメ?」

甘えるような目付きで翔に見つめられると、どうしても美優は弱い。

「まあ、いいけど…。
 …じゃ、ローション取って。」
「はい♪」

翔は笑顔で返事をして、鞄から自前のローションを取り出した。
美優はそれを受け取り、慣れない手つきで胸に塗りたくる。
続いて翔のペニスにも。美優が丁寧に塗ってあげると、
それだけで翔のペニスはビンビンになる。
初めてのエッチが手コキだったためか、
翔のペニスは手で触られるのに弱いのだ。

「まったく…、しょうがないわね。」

そう言って、渋々(実はノリノリで)、胸の間に
彼のペニスをセッティング。

美優の胸は、昔に比べさらに数段大きくなっていた。
美優にとっては邪魔なだけだが、
翔からすると揉みごたえのある優良な乳だ。
そんな乳房に、今、翔のペニスが挟まれる…。

「柔らかい…」

美優は手で胸を寄せて翔のペニスを包む。
そして、上下に動かし始めた。

「…こんな感じ?」

上目遣いで見つめてくる美優が、すごく可愛い。

「うん…すごく良いよ。」

美優の髪を撫でる。

「出来れば…、舐めてくれると嬉しいかな。」

ちょっと恥ずかしそうにそう言うと、

「オッケー♪任せといて。」

美優は二つ返事で承諾した。
美優の舌が、いざ翔のペニスの先端に触れると、
それはビクンッと反応する。
そんな翔の敏感なペニスを、美優は”可愛い”と微笑んだのだった。
パイズリしながら、亀頭をレロレロと舐める。
美優が目で”気持ちいい?”と聞いてくる。

「気持ちいいよ…」

翔は恥ずかしそうにそう言った。
美優はそんな翔が好きで好きで堪らない。
亀頭をまるまるしゃぶってみたり、乳首をペニスに擦り付けたり、
彼女なりに工夫してみる。
翔の気持ち良い顔を、もっともっと見たいのだ。
翔はそんな美優のエッチな姿を見て、物凄く興奮する。
自分のためにそこまでしてくれる美優が愛おしかった。

「あ…逝きそう…」

情けない声が漏れる。
その声を聞くと美優はここぞとばかりにサービスする。

「で、出る!」

翔は美優の顔に射精した。
美優が亀頭を舐めていたのだから
しょうがない事ではあるが、
いつもの美優なら激怒するところだ。
恐る恐る美優の顔を見ると…

「あはっ…、いっぱい出たわね♪」

やっぱり今日は機嫌が良いみたい。
精子塗れの美優の笑顔は、
物凄く可愛くて、物凄くエロかった。

「気持ち良かった?」

精液を拭き取りながら、美優が聞く。

「…うん。」

翔が顔を赤らめると、美優も同じように赤くなった。

「そ。」

そう短く返事をして、平然を装う。

「ゴメン…、汚しちゃったね。」

精子塗れの美優の顔を、申し訳無さそうに見つめると、美優は笑った。

「フフッ、そんなの別にいいわよ。」

そう言ってはみたものの、美優は頭を掻いて言い直す。

「でも、やっぱ顔洗ってくるわね。
 ちょっと待ってて。」

やっぱり顔に精子が付いたままなのは
気持ち悪いだろうし、
翔も美優の顔に付いた自分の精子を
舐め取る趣味はない。

美優は裸で洗面所に走った。
ローションと精液でテカテカに光る大きな胸が、
ユサユサと揺れる。

「寝ちゃダメよっ!」

美優が洗面所からひょっこり顔を覗かせる。
以前フェラチオをしてもらったとき、
美優は頑張って精液を飲み干したものの
我慢できずにうがいをしに行った。
そのとき翔は自分だけ絶頂を味わったのをいい事に、
美優が帰ってきたときには爆睡していたのだった。
もし今日も同じことをしたら、
いくら機嫌が良くても流石に怒られる。

2,3分すると、美優は笑顔で戻ってきた。

「さ~て…、あたしにあんだけやらせたんだから、
 あんたにもたっぷりサービスしてもらうわよ!」

そう言って翔に抱きつく。
口調と行動が正反対だが、それもまた美優らしい。

「サービスって…、なにすればいいのさ?」

翔がそう笑うと、美優は顔を真っ赤にして俯いた。

「…クンニ。」

美優の口から出た思わぬ一言に、翔は思わず笑ってしまう。

「いつもと同じじゃん。」
「だって…
 …好きなんだもん。
 気持ち良いし…」

美優の股間に顔を近付け、秘部を覗き込む。
そこにそっと触れてみる。

「あれ?まだ何もしてないのに、こんなに…」

意地悪にそう笑って、ベットリと指に付いた愛液を舐め取る。

「何もしてない…ってあんた!
 あんたのワガママに付き合ってやったんでしょうが。」

恥ずかしさを誤魔化そうと美優はそう言ったが、

「え…、あれって美優も気持ちいいの?」

翔にそう切り返され、

「え、あ、えっと…
 それはそうよ!
 乳首とか擦れてたし。」

ちょっとシドロモドロ。
パイズリ自体はそれほど快感じゃない。
だけど…
“翔の逝くときの顔を見てたから、興奮しまくり!!”
だなんて、口が裂けても言えるはずがない。

「じゃ、もっと気持ちよくさせてあげるね。」

翔はクンニの前に、まずは美優の体を隅から隅まで愛撫する…。

「あぅ… んぁ…」

翔の舌が美優の敏感な部分を苛めると、甘い甘い声が漏れてくる。
一番肝心な部分には決して手を出さず、焦らすように周りを舐め回した

「はぁん… しょお…」

美優の顔が火照ってきて、はぁはぁ悶えながら
蕩けるような瞳で翔を見つめてくる。

「ぁあん!」

舌でクリトリスを転がすと、美優の体は驚くほど素直に反応してしまった。

「あぁ…んあ…」

切なげな喘ぎとともに、彼女の秘部からとめどなく溢れてくる熱い想い。
美優の穴から溢れ出るその温かい液を、ズズズッといやらしい音をたてて吸った。
その蕩ける蜜の味を堪能すると、翔のペニスはますます硬くなって
“早く美優の中に捩じ込まれたい”とせがんでいた。

「んぁ…ねえ…翔…」

翔を誘うその甘い声…
翔の髪を掴むその細い指…

「ね、そろそろ…」

翔を見つめる蕩けるようなその瞳…
翔を狂わせるその蜜の味…

「入れてよぉ…
 んぁ…ねえ…」

そうねだってくる可愛い美優の全てが、
もう…堪らない。

「うん、入れるね。」

そう言って愛液が溢れる穴の中にゆっくりと人差し指を挿入した。
すんなりと入ってゆく…。

「もう…!んぁ…それじゃない!」

自分の中で蠢く翔の指に、どうやら美優サマはご不満のようだ。
でも翔はそんなことにはお構いなしで、
穴の中で指を動かし、舌はクリトリスを苛め続ける。

「あっ…あん…ぁあん…」

中で暴れる翔の指が、憎い。
喘ぐことしかできない美優。

「ね…! んぁあ…!!
 指じゃなくてさぁ!ぁあ!」
「ん?何を入れて欲しいの?
 ちゃんと言ってよ。」

翔が意地悪に笑いながらそう言うと、
美優は上体を起こし顔を真っ赤にして怒る。

「翔のバカぁ!!
 あんただって早く入れたいんでしょ!!
 焦らさないでよ…もう!!」

少し涙目になって喚く美優が、可愛かった。

「何を、どこに、入れて欲しいの?」

数瞬翔のことを睨みつけて、
それから意を決してギュッと拳を握り締めて、
思いっきり目を閉じた。

「翔のおちんちんを!!
 あたしのおまんこに!! 入れてください!!」

あまりに美優に似つかないそのセリフに
翔は思わず吹き出してしまう。
ここまで美優に言わせたのは、きっと初めてだ。
翔はちょっとした感動を覚える。
そして、このうえない興奮。征服感。
でも翔はさっき美優のパイズリで射精したばかりだ。
もちろんまだまだイケルが、そう何回も持ちはしない。
できるだけゆっくりじっくり、存分に楽しみたいのだ。
それに怒ってる美優の顔が凄く可愛い。
翔はそれが大好きだ。
だからいつも、ついつい意地悪してしまう。

美優は先程はクンニをおねだりしていた。
それが、我慢できなくなって今度は翔自身を求めている。
翔がニヤリと笑みを浮かべる。

「そんなハシタナイ言葉を言うなんて、
 美優、エッチだなぁ。
 あれ?でもご希望はクンニじゃなかった?」

美優の肩がワナワナと震える。

「もういい!!」

ついに、キレた。
美優自身も、普段おとなしい翔に苛められることに
異常な興奮を覚えていた。
そう、彼女自身もかなり楽しんでいたのだ。
でも、さすがに我慢の限界だった。
いろんな意味で。

「み、美優…」

翔が怯える。
エッチのときだけはなぜか翔が優位に立てるが
普段は尻に敷かれている。
美優が本気で怒ると、…それはそれは恐ろしい。

「翔!もう、いい加減にして!」

「あんたねえ!エッチのときは毎回毎回
 あんたの言いなりになる、なんて思ったら、大間違いなんだから!!」

顔を真っ赤にして翔を怒鳴りつける。
そして翔を押し倒すと上乗りになった。

「そっちが来ないなら、
 こっちから行くわよっ!」
「え… え!?」

急な展開に慌てふためく翔。
美優は翔のペニスに自分の秘部を押し付けた。
そして、中に入れようとする。
…が、なかなか思い通りに入らない。

「うう…早く入れたいのにぃ!」、

というひとり言が、翔の耳にも聞こえた。
美優はやけになって翔のペニスを思いっきり掴むと
自分の秘部をそこにあてがった。
そして、ゆっくりと腰を落としてゆく。

「ん… あ…いい感じよね?」
「うん、ちゃんと入ってる…」

と、ついさっきまで怒っていたのも忘れてなぜか微笑み合うふたり。
ゆっくりと奥まで挿入し、そして、これからついに

”翔のペニスを使った美優のオナニー”が始まる…。

翔の上に乗っかって、満足げな笑みを浮かべる美優。
いつもと逆の状況に、ヘヘーンといった感じだ。

「…動かないの?」
「言われなくたって動くわよ!!」

深く挿さったモノを、ゆっくりと引き抜く。
そして今度は逆に奥まで挿し込む。
美優は翔に見られているのも忘れ、だらしのない顔で小さく喘いだ。
美優の動きがだんだん激しくなってくると、小さかった喘ぎが、徐々に大きくなってゆく。

「ぁ…あ…」

クチャクチャといやらしい音が響いていた。
美優の胸がブルンブルン揺れている。

「あぁ…気持ちいい…」

初めての騎乗位に、美優は興奮していた。
それは、翔も同じである。

「うん… 僕も、気持ちいいよ…」

でも美優は、翔の体の上で激しく動きながら
眉間にしわを寄せて、

「あんたはどうだっていいのよ!
 あたしが気持ちよくなれればいいの!」

とムチャクチャなことを言う。
どうやらさっきの仕返しのつもりらしい。

「そんなぁ…」

と、翔は笑った。

「ぼーっとしてないで、
 あんたも腰動かしてよ!」
「あ、はい…」

タジタジの翔だが、美優に犯されるのも悪い気がしない。
というか、ヤバいくらい良い。

「まったく!いつもいつも…んぁ…あたしに…
 イジワルばっかぁん…言って! あぁ…」

途絶え途絶えに愚痴を零す美優。
ブルンブルン揺れる胸に見とれている翔。

「もう、翔なんかぁ…んぁあ…!
 大ッキライなんだからぁあ!」

天を仰いで悶える美優は、
身体が仰け反って快感を堪えるのに必死だ。

「あぁイクぅ!!ぁああ…!
 しょおぉ!!大好きぃいああああ!!!!」
「え…ちょっ…、締まり過ぎっ!!で、出るっ!!」

「はぁ…はぁ…はぁ…」

散々ムチャクチャな事を喚いて
思いっきり果てた自分勝手なお姫様は、
翔の体に馬乗りになったまま
力尽きてぐったりとしていた。

「あんた…はぁはぁ…、中出ししたわね!?」

息絶え絶えに翔を睨みつける美優。

「み、美優が抜かなかったんじゃないか!」
「あんたがいつ逝くかなんて、知らないわよ!」

そう言って美優は翔のペニスを抜いた。
美優の秘部からはいろんな液が滴り落ちる。

「まったく!子供ができたらどうすんのよ!!」
「…産めばいいじゃん。」
「え…」

翔の呟いた一言に、美優はハッとした。

「僕たち、結婚したんだよ?」
「そ、それはそうだけど…。
 でも、あたしはまだ…」
「あたしはまだ、
 翔とふたりっきりでいたいのよ!」
「美優…」
「…ダメ?」

潤んだ瞳で見つめてくる美優を、翔はそっと抱き寄せた。

「…僕は、美優がいてくれたら
 それで幸せだよ?」
「…嬉しい。」

美優はポッと顔を赤らめた。
さっきまでの勢いはどこへやら…
急にしおらしくなってしまった。

「まだ23歳だしね。
 子供はまだ先でいいよね。」

翔が優しく髪を撫でると、美優は恥ずかしさを紛らわすためか翔の胸を叩いた。

「っていうか、あんたの安い給料じゃ
 子供養っていけないわよ。」
「うぐっ…
 …努力します。」
「へへっ…。期待してるわよ、あ・な・た♪」

美優はそう笑って、幸せを噛み締めた。

「ふぅ…、何だか疲れたわね…。」

初めての騎乗位に、少し盛り上がりすぎてしまったようだ。

「ちょっと寝よっか?」
「一緒に…寝てくれる?」

少し恥ずかしそうに囁いた美優を、

「何を今さら。」

と笑った。

ふたりは裸のまま横になった。
美優は翔の胸に抱かれ、とくんっとくんっと刻まれるリズムに耳を傾けていた。

「前は、こうしてるとドキドキしてなかなか眠れなかったんだけどね…」
「今は…何だか安心する…。」

照れくさそうに笑った。

「…美優。」
「なに?」

翔は美優の手を握り、彼女の目をじっと見つめた。

「絶対、幸せにするよ。」
「…カッコつけちゃって。」

視線を逸らした美優は、既にこれ以上ない幸せを感じていたのだった。
が、下半身に何か硬いものが…

「………二回も逝ったのに、なんでまた元気になってるのよ!」
「ご、ごめん…」

――――翔、ちょっと情けない。

「もう知らない!オヤスミ!!」

濱を照らす満月…
濱に寄せる小波…

淡い月明かりに照らされた美優の素肌は、
きめ細やかで美しい…。

全裸の美優は、打ち寄せる波の音に心休ませながら、
窓から見える景色に想いを馳せていた…。

「あれ、美優…?」
「変な時間に寝ちゃったから、目が冴えちゃって…」

翔の声を聞いて、振り向いた美優。
胸も陰毛も隠さないから、翔はとっさに目を逸らした。
別にそんな必要はないのだが。
そんな翔の様子を見て、美優はニヤける。
ある意味美優らしい表情だ。

「あっそうだ!ちょっと待ってて!」

ポンッと手を叩いて、鞄から何か取り出してバスルームへと向かっていった。

「覗いちゃダメよっ!」

昔から良く言われたセリフだが、翔の前に堂々と裸を晒す今となっては可笑しなセリフである。

もっとも、美優は
”見せるのは好きだが、見られるのは嫌い”らしい。
エッチのときも、あんまりまじまじと見られると、しおらしくなってしまう。

「じゃーん♪」

という古臭い効果音とともに現れた美優は、とんでもない格好をしていた。

「は…!?」

唖然とする翔を尻目に、

「どう?似合う?」

と身を寄せてくる美優が憎らしい。
美優は水着を着ていた。
それも、ただの水着ではない。
かなり過激なデザインなのだ。
Vフロント・Yバック。
サスペンダー水着とでも言うのだろうか。

「美優、その水着エロ過ぎるよー」
「やっぱぁ?」

照れ笑いして頭を掻く。

「美優…」

そんなに見つめられると…
ドキドキしてしまう…。

「…毛、はみ出てるよ。」

はみ出してるというよりは、丸見えである。
かなり秘部に食い込んでいてスジが見て取れ、
もはや何も隠していないのと同じだ。

「そ、そういう水着なの!」

どういう水着だよ。
ちなみに、乳頭も隠れてはいるものの、
乳輪は思いっきり見えている。
美優の乳輪が特別大きいのではない。
“そういう水着”なのだ。

「そんなのどこで買ったの?」
「ヘヘヘッ…
 ヒ・ミ・ツ♪」

―――ネット通販です。

「ね、そのまま海行ってみよっか?」
「ええ!?」

翔のとんでもない提案に驚く美優だった。
この水着は、翔を興奮させるために買ったもの。
端的に言ってしまえば、
エッチのときのコスプレみたいなものだ。
こんなのを来て外になんて行けるワケがない!

「もう夜中の3時だし…
 きっと誰もいないって。」
「で、でも…」

強引に進める翔に、恐怖する美優。

「とりあえず何か羽織っておいて、
 誰もいなかったら脱げば大丈夫だよ。」
「ね、お願い!」

結局翔の熱意に押し切られ、
夜の海へと泳ぎに行くことになってしまった。

「はい、これ。」
「う、うん…」

翔に渡された上着を羽織る。
不安は募る一方だが、ふたりはドキドキしながら部屋を出た。

「わぁー、貸し切りね♪」
「ほら、やっぱ誰もいないじゃん♪」

いつの間にか海パン姿になっている翔。

「ほら、美優も脱いでさ。泳ごうよ。」
「う、うん。」

少しオドオドしている美優。

「ふぅ…。脱ぐわよ?」
「どうぞ♪」

翔は嬉々とした様子で見つめている。
ばさっと音をたてて、羽織っていた上着が浜辺に堕ちた。

「どう…?」

ほとんど裸同然の格好で浜辺に佇み、長い髪を潮風に靡かせる絶世の美女…。
月明かりに照らされて…
まるで――――

「…人魚みたい。」
「は?」

目を丸くして翔を見つめてくる美優に、翔はちょっと恥ずかしくなって笑って誤魔化した。

「こんなエッチな人魚なんていないか。
 毛、はみ出してるし。」
「もう!泳ぐわよっ!」

暫く泳いだり、水をかけてふざけ合ったり、
夜の海を満喫していると、ふと翔が動きを止めて立ち尽くした。

「ん…?どうしたの、翔…」
「美優、水着思いっきりズレてる。」

翔が指差した先には、完全に露になった乳首。

「キャッ!!翔のバカぁ!!」

美優はとっさに手で胸を隠したが、よく考えると別に隠す必要もない気がして手を下ろした。

「へへ…、な~に勃起してんのよ、このヘンタイ!」

と笑って翔の海パンのテントを突いた。

「…美優が可愛いからだよ。」

翔にそう囁かれて顔を真っ赤にした美優は

「あー!!もう脱いじゃえ!!」

と躍起になって水着を脱ぎ捨て、裸になった。
誰が来るかもわからない、この夜の海で。

「ほら! ぼーっとしてないで、あんたも脱ぐのよ!」
「え、僕も…?」

ポカンとする翔。

「当たり前じゃない。あたしにだけ脱がせる気?」

美優は翔の海パンを無理やり下ろそうとする。

「自分で脱いだんじゃん。」

と翔は小言を言った。

「何か言った?」
「何にも。」

翔は結局美優に脱がされてしまい
彼女と同じ一糸纏わぬ姿になると、
そこから現れたモノにふたりとも顔を赤らめる。

「まったく。こんなに勃起しちゃって…。」

ふたりは笑い合い、また海へと入っていった。
腰まで水に浸かったあたりで足を止め、
満月と星空をバックに熱いキスと抱擁に溺れる。
そしてそのまま倒れこみ、
バッシャーンと音をたてて一度海へと沈んで、
ゆっくりと水の面に浮かんだ。

「気持ちいい…」

浜辺に座って寄り添うふたり。
翔の肩に頬を寄せる美優。
月明かりが優しくふたりの裸を映す。
波が打ち寄せてはまた引いてゆく…。
全ての生き物は原始の海から生まれた…
人間も、そう。
人はこうして海を眺め、海に恋し、海に包まれる…
人は皆、母なる海に…全ての始まりに…
戻りたいのかもしれない…
だから裸が、気持ち良いのかなぁ…

裸で生まれ…
裸で愛し合い…
裸で生きてゆく…

「…西濱を思い出すね。」
「あたしも思った…。でも…」
「そうだね…。ごめん。
 あんま良い思い出じゃ…なかったね…。」

県立S高校―――
数年前翔たちが卒業した高校であり、
全国でも有数の進学校である。
夏休みが終わり、今日から2学期が始まる。
ここは2年B組。

「おはよっ 由梨!」

元気いっぱいな感じのこの少女。
名前は栗原奈津希(クリハラナツキ)。

「あ、奈津希ちゃん。
 お早う。…久しぶりだね。」

奈津希の親友の長瀬由梨(ナガセユリ)は、
勉強を中断しシャーペンを置いて、笑顔で返事をした。
由梨は奈津希とは対照的で、
目の下にクマができていてあまり元気そうとは言えない。

「ねえ、由梨。
 数学の宿題終わってる?」
「まだ終わってないの…。
 最後の三日間くらいほとんど徹夜で頑張ったんだけど…」

どうやら由梨がやっていたのは、その数学の宿題のようだ。
夏休みとはいえ、進学校であるS高は
どの教科も容赦無く鬼のような量の宿題を課してくる。
特に数学は酷い。

「やっぱそうだよね!?
 良かったぁー、あたしだけじゃなくて!」

と安堵の表情を浮かべる奈津希。
どうやら彼女もまだ終わっていないらしい。

「あとちょっとなんだけど、
 難しくて解けなくて…。
 でも、何とかして授業までの間に終わらせなきゃ…」

と由梨は言う。

「そんな今さら悪あがきしたって無駄だよ。
 で、あとどれくらい残ってるの?」

そう言って奈津希がノートを覗き込むと、
そこには、何度も消しゴムで消したような
努力の跡がギッシリと残っていた。

「ん… あと5問くらいだけど…
 なかなか…」

ちなみに全部で500問くらいある。

「え…どうしたの?奈津希ちゃん。」

悪気の無い由梨に、何も言えない奈津希。

「何でもない…」

急に暗い顔になって、由梨の席を離れていった。

「あ、秀!!あんた数学の宿題終わってる?」

奈津希が次に話しかけたのは、矢吹秀(ヤブキシュウ)。
クラス一の秀才で、女子からの人気も高い。

「ああ。一応一通りは。」

とクールに言ってみせる秀に、奈津希は媚びろうとする。

「ねえねえ、ちょっと見せ…」
「ねえ矢吹くん!!」
「如月… なに?」

秀は少し驚いた。
ふたりの会話に突然割って入って来たのは、如月小夜子(キサラギサヨコ)。

「この問題わかる?ちょっと教えてくれない?」

小夜子にムッとした表情を浮かべる奈津希だったが、
秀は差し出されたノートを見て、小夜子と話し始めた。

「ああ、それね。俺も解けなかったから、
 塾の先生に解き方聞いたんだ。そしたらさ…」

なにやら数学の宿題の事で話し始めた秀と小夜子。
残された奈津希は完全に蚊帳の外だ。

「何よもう!!」

と、奈津希が頬を膨らませると、
ちょうどそこへ大槻蓮(オオツキレン)がやってきた。
本人たちは否定しているが、蓮と奈津希は徒ならぬ仲らしい。

「奈津希、おはよー。」

蓮も由梨と同じで目の下にクマができている。

「あ、蓮!あんた数学の宿題終わってる?」

さっそく単刀直入に聞く奈津希。

「え…あ…まあ、何問か解けないのがあったけど。それ以外は。」

嫌な予感がして変な汗をかいた蓮だった。

「ナイス!!写させてっ!!」
「他人の宿題写すなんて、サイッテーね。」

嫌みったらしく奈津希にそう言って去ってゆく
小夜子の背中に、奈津希はイーッとした。

「あ、あの! 矢吹くん!」

由梨が普段出さないような大声で秀を呼ぶから、
秀は目を点にして驚いた。

「なに?」

秀の笑顔に由梨はクラッと逝きそうだった。

「あ、えっとその…、数学の宿題で…わからないところがあって…」

かなり挙動不審で、オドオドしている由梨。

「もしよかったら…その…、教えてもらえたらって…思って…」
「え…」
「ご、ごめんなさい!やっぱダメだよね…」

酷く自虐的で、涙目になる由梨。
秀は由梨を気遣うように優しく答えた。

「ううん、別にいいよ。どの問題?」
「え…あっ…この問題なんだけど…」

由梨の顔にはぱーっと笑顔が咲き、
少し頬を火照らせてノートを差し出し、
解けなかった問題を指差した。

「あ、ありがとうございましたっ!」

深々と頭を下げる由梨に、秀は少し困った表情をした。

「そんな…別にいいって。」

そんな秀の表情を見て、由梨はまた顔を赤らめる。

「…長瀬って頭良いよな。」
「え…」

突然の一言にびっくりする由梨。

「俺、この問題、塾の先生に聞くまで全然わからなかったけど…
 長瀬はあと少しのところまで自分で解けてるんだから。」

まさかそんな事を言われるなんて思ってもいなかった由梨は、
嬉しいやら恥ずかしいやらで、シドロモドロになってしまう。

「あ、頭良いなんて…そんな…
 や、矢吹くんこそ、
 一学期の期末試験、学年トップだって…」

テストの上位者は掲示板に張り出される。
秀は一学期の期末テストで
五教科総合で学年トップの成績を収めていた。

「ははっ あんなの偶然だって。
 たぶん次は長瀬が一位だよ。」
「そ、そんなわけないですっ!」

お世辞を言われて悪い気はしないが、
秀に面と向かってそんな事を言われると
困ってしまう由梨だった。

「ふぅ…」

自分の席に着いて一息ついた由梨に、
奈津希が蓮の宿題を写しながら話しかけてくる。

「由梨、なかなかやるじゃない。」
「え、なにが?」

由梨は奈津希の方を向いたが、
奈津希はひたすらシャーペンを走らせている。
猛烈な勢いで宿題を写す、カリカリという音が響いていた。

「秀のこと、好きなんでしょ?」

ペンを走らす手は止めずに、横目で由梨を見る。

「ち、違うよ!」

そう否定したものの、
由梨の顔はボンッと音が出そうなほど一気に真っ赤になった。

「顔に書いてあるわよ。」

と奈津希は由梨をからかった。

「へぇ、長瀬は矢吹が好きなのかぁ。
 結構お似合いかもしれないね。」

と誰かの声。

「ね。あたしもそう思うのよ。
 って… あ!!」

ここにきて初めて奈津希のペンが止まった。

「緒方先生!!」

さすが親友。
奈津希と由梨の声は見事にシンクロしていたのだった。

そこに立っていたのは、緒方翔――その人だった。

「栗原…、他人の宿題写すのはダメだよ。」

翔は眉をひそめる。

「う…」

奈津希は”しまった…”といった表情を浮かべていた。

「せ、先生!別にわたし…矢吹くんが好きとか…
 そんなんじゃないですっ」

顔を真っ赤にして慌てて否定する由梨は、実に女の子らしい。

「大丈夫、別に誰にも言わないって。
 応援してるよ。」

と翔は生徒に笑顔を送った。

キーンコーンカーンコーン…

授業開始のチャイムが鳴る。

「時間だね。みんなー、席に着いて!」

そういうわけで、
翔はこの2年B組の担任で、数学の教師である。
翔は高校を卒業後大学に進学し、
教員免許を取って自分の出身校のこのS高に赴任してきた。
“若い”という事もあるが、あまり厳しくないという事もあって
結構生徒には人気がある。
ちなみに美優は専業主婦なのだが、
翔の持ち帰ってきた学校の仕事を手伝っている。
書類をまとめたり、授業用のプリントを作ったり。
テスト問題を作ったり、丸付けをしたり。
日中暇を持て余しているのか、
それとも夜の翔との時間を少しでも長くしたいのか…。

「まったくなんであたしが…」

と文句を言いながらも、自主的に手伝っているのだ。
ふたりは同じ大学の教育学部に進学したので、
てっきり美優も教職に就くのだと思われていたのだが、

「なんであたしが赤の他人に勉強教えなきゃなんないのよ!」

と言って、教員免許を封印した。
だが、実際美優の方が頭が良い。
美優はその持ち前の、(翔に対してだけ)世話好きな性格を
遺憾なく発揮して、”教師緒方翔”をサポートし、
実のところ、翔と美優の二人三脚で教師を務めているようなものだった。

「それじゃあ、出席を取ります。」

教壇に立った翔は、さっそく出席を取り出した。
まだまだ駆け出しの新人教師だが、
ようやく少しは板に付いてきた感じだ。
生徒たちの名前が次々と呼ばれ、
みんなしっかりと返事を返している。
教師を無視したりする生徒はいない。
さすがその辺は進学校というだけある。

「大槻蓮(オオツキレン)」
「あ、はい。」

彼は典型的なお人好しのようだ。
噂によると、奈津希と付き合っているらしいが、
完全に尻に敷かれているであろうことは明白だ。
顔は決して悪くないが、どことなく抜けている感じがする。

「如月小夜子(キサラギサヨコ)」
「…はい。」

粉雪のように白くきめ細やかな肌が美しいこの少女。
漆黒の髪は、どことなく暗い感じがする彼女の性格と相通ずる。
学校の成績はトップクラスだが、
他のクラスメイトとあまり仲良くないようだし、
担任の翔としてもなかなか取っ付き辛い生徒である。

「栗原奈津希(クリハラナツキ)」
「はーい♪」

長い髪が印象的なこの美少女。
ものすごく誰かに似ている気がするが、
まあどこにでも居そうなタイプではある。
教師の翔にもタメ口で、それに関しては何度注意しても直らないので
翔は半ば諦めているのだった。
家は貧乏らしいが、持ち前の明るさでそれを感じさせない。

「長瀬由梨(ナガセユリ)」
「はい。」

大人しい性格の彼女は、外見にもそれが表れている感じがする。
真面目で努力家で勉強も良くできるが、運動は苦手である。
読書が好きらしく、よく本を読んでいる姿を目にする。
詳しいことは聞いていないが、家庭の事情で両親と離れ
現在は祖母とともに暮らしているとのことだ。

「矢吹秀(ヤブキシュウ)」
「はい。」

顔は男前で、頭も良い、運動神経も抜群…
と、絵に描いたような好青年。
少し前父親が再婚し、義理の母や妹と暮らすようになった。
妹がなかなか懐いてくれないと言っていたが、今はどうだろうか。

「はい。全員いるね。」

出席を取り終わり、夏休み明けに全員の顔が無事揃ったことに
ホッと安心する翔だった。

「じゃ、始業式は9時半からだから。
 みんな体育館へ行ってください。」
「あ、そうそう。
 午後からは時間割通りの授業だから。
 数学の授業は、宿題集めるからね。」

翔はこのクラスの担任でもあり、数学の担当でもある。
ちなみに夏休みの宿題は、翔が意地悪で出したのではなく
その学年の数学教師全員で決めたものである。
あの鬼のような宿題には、翔も学生時代苦しめられたクチだ。

始業式では校長の長い長い話を延々と聞かされ、教師の翔でさえウンザリした。
自分のクラスの生徒が騒ぎを起こしたりしないか心配だった。
なにせ翔のクラスには奈津希と小夜子がいる。
ふたりは顔を会わせば喧嘩が始まるような、犬猿の仲なのだ。

「じゃあ授業に入るよ。」

翔は教壇に立って、生徒たちに声をかけた。
数学の授業だ。

「まずは宿題を集めようかな。
 後ろの人、集めてきて。」
「あ、先生!!」

急に奈津希が大声をあげた。

「ん? どうしたの、栗原…」
「新婚旅行どうだった?」

テヘッといった感じの可愛い笑顔を浮かべる奈津希。
きっと宿題を集めさせない気だな。

「奥さんとラブラブなんでしょ?」

確かに奥さんとはラブラブだが、
そんな惚気話をここでするわけにはいかない。
なにせその惚気話は18禁だ。
そこで翔は上手いかわし方を思い付いた。

「…栗原こそ
 彼氏とはうまくいってるの?」
「か、彼氏!?
 蓮はそんなんじゃないわよ!!」

奈津希の大声に、クラスメイトたちは爆笑だ。
まんまと引っ掛かった奈津希。
蓮は顔を真っ赤にし、アチャ~といった表情だった。
やっぱり噂は本当だったらしい。

突然、生徒のひとりが立ち上がった。
―――小夜子だ。

「授業やらないんなら、
 出て行ってもいいですか?
 時間の無駄なんで。」

この嫌みったらしい言い草に奈津希はムッとする。
翔も良い気分はしないが、
そんな事で怒るような性格ではない。

「ごめんごめん。」

と翔が謝ると、小夜子は席に座った。

「ほら、栗原。うちは進学校で、
 みんな真面目に授業を受けたいんだから。
 そういう話は休み時間にね。」

と、今にも小夜子に飛び掛りそうな奈津希を宥めた。

「じゃ、授業を始めます。そうだなぁ…
 とりあえず、1学期の復習からいこうかな。」

2年B組、翔のクラスはいつもこんな感じだ。
今学期もこれまでのように、
何事もなく楽しく過ぎてゆくんだと…
翔も、生徒たちも、信じていた。

休み時間、由梨は本を読んでいることが多い。
場合によっては勉強をやらなければならないときもあるし、
奈津希たちと話をして過ごすことも多いが、
そうでなければ大抵読書をしている。

「長瀬、本読むの好きだよなぁ。
 何の本読んでるんだ?」
「えっ あ…矢吹くん…」

急に意中の秀に声をかけられ、びっくりした由梨。

「小説…だけど…」

と言葉を濁した。

「へぇ…、なんていう小説?」

いつも由梨に話しかけてきたことなどほとんどない秀が
話しかけてきてくれるのはすごく嬉しいことではあったが、
なんでまたよりによってこんな時に…

「え…あ…いや…その…」

とシドロモドロになってしまった。
由梨が読んでいるのは
"アルマゲスト"というマイナーなファンタジー小説。
さほど面白くもない小説だが、
問題は、これが官能小説だという事だ。
しかも今読んでいたのはまさに濡れ場で、
きっと無意識のうちにニタニタしてしまっていたに違いない…。
それを秀に見られてしまったのだ。

「おーい、矢吹。」

そのとき突然、秀を呼ぶ声がした。
翔が秀に話しかけてきたのだ。

「あ、緒方先生…」
「あ、ごめん…。話し中だった?」

秀は由梨と話していたのだということに気付いて、
翔は申し訳無さそうな顔をする。
翔は由梨が秀に気があるという事を知っていたから…。
だが、由梨にとっては助け船であった。
由梨はホッと安堵の表情を浮かべた。

「先生、どうしました?」
「あ、ええと…。その後、妹さんとはどう?」

秀の両親は離婚し、秀は父親に引き取られたのだが、
少し前に再婚して、母親やその連れ子と4人で暮らし始めたのだ。
母親の連れ子の亜樹(アキ)は、秀にとっては義理の妹に当たる。
一学期の3者面談では義理の母親が来た。
母親とは上手くやっているようだが、
妹の亜樹は小学生の女の子とは思えないような男勝りな性格で、
あまり秀に懐いてくれないのだと、母親が嘆いていたのだ。

「仲良くやってる?」
「はい…まぁ仲良く…というか…」

言葉を濁す秀。

「子連れ同士の再婚じゃあ、なかなか大変だから。
 何かあったら、相談に乗るよ。」

そっと肩を触って微笑んだ。
人を安心させる笑顔だ。

「ありがとうございます。
 でも、大丈夫です。」
「そう? ならいいけど。」

秀は本当に大丈夫のようだった。
別に強がっているようには見えないし、
むしろ順調に事が進んでいるようで嬉しそうな顔をしていた。

だが、実はこのときにはすでに狂い始めていたのだ。
――――運命の歯車が。

翔も由梨も、気付くことができなかった。
歯車が狂い始めているということも、
自分たちがその歯車の一部であるということも。

もう日も沈み、大抵の部活動も終わって、
学校の校舎にはほとんど誰もいなくなった頃…
2年B組の教室には、まだ二人の生徒が残って課外授業をしていた。

「んぁ…んん…」

激しい口付け…
絡み合う舌…
狂おしい感情を抑え切れえずに
彼の髪を掻き毟り、
淫らな口付けが延々と続く。

「…んはぁ!」

長い長いキスを終えると、
少女は口元に垂れる唾液を袖で拭いた。

「はぁ…はぁ…、蓮!! いきなり何すんのよ!」

彼女も自ら望んでしていたように見えたが、その気は無いらしい。
ただ、応えただけなのか…?

「何って…、いつもの…だけど?」

彼女の怒った顔に、蓮は苦笑した。
蓮は嫌がる少女の胸に無理やり手を伸ばし、
制服を肌蹴させてブラをずらした。

「学校でこんなコトしていいと思ってるわけ!?」

そう言って暴れる彼女を押さえつけ、
露になった胸を見てニヤリとした。

「でも、奈津希…、もう乳首勃ってるよ?」

蓮は奈津希の乳首にそっと触れてみせた。

「どこ触ってんのよ!エッチ!!」

蓮が奈津希の乳首を優しくしゃぶる。
コロコロと舌で転がすと、奈津希は甘い声で許しを請う。

「やめてぇ…。ねぇやめてよぉ…」

奈津希の頬は蓮の愛撫で火照らされて、
普段見せない表情を見せる。
「やめて」と言う奈津希の願いを聞き入れる事もなく、
蓮の指は徐々に下半身へと伸びてゆく。
誰か来たらまずいので、
制服は脱がさずショーツだけずらした。

「ヒドイ…!やめてよ!!」

そう言って真っ赤になった顔を手で覆った。
もしかしたら、彼女の瞳は潤んでいるのかもしれない。
もしかしたら…。

「もうイヤ!蓮のバカぁ! 最低!!」
「でも…、…すごい濡れてるよ。」

奈津希のショーツはグッショリと濡れていた。

「う、嘘よ!!」

「そんなわけない」と否定する奈津希に、

蓮は自分の指を見せ付ける。

「ううん、ほら…」

蓮の指には、奈津希のショーツについていた愛液が…。

「もっとして欲しいんでしょ?」

妖しく微笑む蓮に、奈津希は顔を真っ赤にした。

「バ、バカ!!そんなわけないじゃない!!」
「そう?」

蓮はなおも妖しく微笑みかける。

「でも…、こっちの奈津希は我慢できないみたいだね。」

そう言いながら彼女のスカートをたくし上げ、
“もうひとりの奈津希”を露にした。
恥毛がツンッと逆立っていて、実に可愛らしい。

「イヤ…!!み、見ないで!!」

そう言いながらも、奈津希はもう抵抗することはなかった。

奈津希の秘部を貪る蓮。
舌で優しくそれをなぞると、奈津希は思わず身震いする。

「ハハッ…、気持ちいいの?」

蓮がそう笑って見せると、奈津希は自分の股間に埋まる蓮の頭をポカポカ叩いた。

「気持ちよくなんてない!やめてよ!!」

しかし、彼は決してやめはしない。
嫌がる奈津希を尻目に、蓮は彼女の敏感な部分を舐め続ける。

「んぁあ…あぁ…」

彼の舌に奈津希はついに喘がされてしまう。
奈津希は快感に悶え、自分の股間を貪る蓮の髪をクシャクシャにした。
よだれを垂らして喘ぐ奈津希の淫らな顔は、もう、その快感を自ら望んでいるようにも見える。

「あんっ…ぁあ…、もっとぉ…」
「え?」

蓮は奈津希の股間に埋めていた顔を上げ、
奈津希の顔を見上げた。
口の周りが奈津希の汁塗れだ。

「…あ、間違えた。」

奈津希はテヘッと舌を出した。
その仕草に、思わずドキッとした蓮。

「奈津希…」

カチャカチャとベルトを外す音がする。
蓮はおもむろにズボンとトランクスを下ろし、
ビンビンに勃起した肉棒を奈津希の視線のもとに晒した。

「きゃっ!何よそれ!?」

わざとらしく怯えてみせる。
顔を赤らめて手で目を覆ったが、
指の隙間からその肉棒を凝視していた。

「こんなにビンビンだなんて…」

恐る恐るそれに手を伸ばす。
奈津希の指がそれに触れると、
敏感なそれはビクンッと反応した。

「まさかあんた、あたしにこれをしゃぶらせる気!?」
「はぁ?」

奈津希、悪乗りし過ぎだよ…
ちょっとヤケになってるし。
蓮はそう呆れつつも、お言葉に甘える。

「じゃあお願いしようかな。」
「い、いやよ!あんた、バカじゃないの!?」

大声で拒絶しながら、言葉とは裏腹に、蓮のペニスを口に含んでゆく。
奈津希は慣れた手つきで睾丸を揉み揉みしながら、すぼめた口を上下する。

「ああ…奈津希…気持ちいいよぉ…」

口にペニスを含んだまま、上目遣いで蓮の様子を窺う。
その顔が、蓮をさらに興奮させるのだと知りながら…。
歯が当たらないように気を付けながら、
奈津希は彼のために出来る限りの奉仕をしてあげた。

「な、奈津希…、そろそろ限界。」

蓮はそう言って射精に至る前にフェラチオをやめさせ、
奈津希の口から肉棒を引き抜いた。

奈津希の唾液や先走り液がべっとり付いた蓮のペニスは、
先程以上に硬くて大きくて、
はち切れんばかりにビンビンになっていた。

「まさかあんた、これをあたしのおまんこに挿れる気じゃないわよね!」
「お、おまんこ…?」

女の子がそういうコト軽々しく口にするなよ…
蓮は苦笑する。

「じゃ、挿れるよ。」

蓮はコンドームを装着し、準備万端。
そっと奈津希の肩に触れると、
彼女はビクンッと大げさに驚いた。

「いや…!!あたしの処女が…
 こんなふうに奪われるなんて…」

そう項垂れてみせる奈津希。
頭を抱えて、絶望に打ちひしがれている…らしい。

「処女…?」

蓮が奈津希の顔を覗き込むと、
奈津希は妖しげな笑みを浮かべた。

「…そういう設定。」

「はぁ…」と大きくため息をついて、蓮は頭を掻いた。

「ねえ、奈津希…
 やっぱ止めてよ、それ。」
「何でよー!!」

奈津希はワッと顔を上げて頬を膨らませる。

「“放課後の教室で犯される美少女”
 このシチュエーション、燃えるでしょ?」

自分で美少女と言うところが奈津希らしい。

「だけど、誰かに見られたら
 完全に僕が悪者になっちゃうじゃん。
 なんだか怖くて…」

「ったく臆病ねぇ。
 そのときはちゃんとあたしが事情を説明するわよ!
 あんた、あたしのこと信じてないの!?」

そう言って詰め寄る奈津希の
威圧的な顔と胸を交互に見つめ、
蓮は冷や汗を流した。

「し、信じてるけどさぁ…」
「ま、いいわ。」

奈津希は腰に手を当て、堂々としたポーズ。
肌蹴た制服からわりと大きな胸がポロリしているが、
そんな事はまったく気にしない。
先程までの“放課後の教室で犯される美少女”は、
いったい何処へいってしまったのだろう…。
この女、けっこう女優だ。

「ねえ、挿れてよ。」

スカートをたくし上げ、蓮を挑発する。
ショーツは先程蓮に脱がされて
左足首に絡まったままでいるので、
当然包み隠すものは何もない。

「今日もバックでいい?」

呆れて笑いながら蓮がそう聞くと、
奈津希は

「もち♪激しいの、頼むわよ。」

とウィンクした。

「…この方が奈津希らしいな。」

蓮は奈津希を後ろから抱き締め、
彼女の中に、一気に挿し込んだ。

「ぁあん!!」

奈津希は思わず声をあげて仰け反る。
しかし、その奈津希の喘ぎ声は
ガラガラ…とドアの開く音で掻き消された!!

ふたりはハッとして、
体は繋がったままドアの方に顔を向けた。

翔が呆然と立ち尽くしている。
口をポカーンと開けて、瞬きひとつしない。

「―――ご、ごめん!!」

我に返った翔は、慌てて後ろを向いた。

「…先生のえっちぃ♪」

奈津希の場違いな一言で、
翔はハッとして振り返る。

「こ、ここは学校じゃないか。
 学校でそんな事しちゃダメでしょ!」

と、言い終わるや否や、また彼らに背を向ける。
顔を真っ赤にして。

「…と、とりあえず、服を着なさい。」

ヤバイ…
栗原のおっぱい、もろ見ちゃった…
ちょっとした罪悪感を覚えながら、
勃起しかけた息子に
「治まれー!治まれー!」と念じたのだった。

「そう固いこと言わないでさ。あ、先生も交じる?」

そう遠くない背後から奈津希の声が聞こえる。

「奈津希!」
「じょ、冗談よぉ。」

蓮は普段大人しいから、たまに大声で奈津希を叱ると、
彼女はすぐしゅんとなる。
だが、それもほんの一瞬のことだ。

「先生ごめんなさい…
 でも、他にやる場所がなくて…」

と蓮が反省と言い訳を述べているすぐ側から、

奈津希は

「先生も毎晩奥さんとやりまくりなんでしょ?」

と、翔を茶化した。
だが、それは否定できない。
確かに毎晩やりまくりだから…。
それはともかく、
この女、
―――全然、反省していない!

「とにかく!!……終わったら職員室に来なさい!!」

ふたりの様子をチラッと見つつ、
翔はそう言い放って教室のドアを
ガタンッ!!と大きな音をたてて閉めた。
結局、緒方先生は、優しかった。

「…終わったら?」

ふたりは顔を見合わせた。
そして暫く見つめ合って、

「…ぷっ!!あはははっ…」

堪えきれなくなって、ふたりは笑い合った。

「まったく…、他の先生とか生徒に見つかったら、
 僕が校長に怒られるじゃないか。」

ブツブツ言いながら教室をあとにする。

「ぁああん!蓮っ!! んぁあ!」

翔が扉を閉めて間もなく、奈津希の喘ぎ声が廊下にまで響いてきた。

「はぁ… 若いなぁ。」

教室から聞こえてくる声に、がっくりと肩を落とし項垂れたのだった。

「はぁ… きっとお説教ね。」
「…だね。」

奈津希と蓮は、職員室のドアの前に佇み、
今一歩踏み出せないでいた。
誰もいない廊下の静寂が、ふたりの背中に重く圧し掛かる。

「…停学とかになっちゃうのかしら。」

奈津希にしては珍しく弱気な発言。
いつも強気な奈津希がそんなことを言い出すから、
蓮の不安も増すばかり。

「どうだろ…。緒方先生、優しいから…
 内緒にしててくれると思うけど…。」

―――――沈黙

「あーもう!!」

急に大声をあげた奈津希。

「ここでこうしてても始まらないわ!!開けるわよっ!!」

踏ん切りをつけて、ドアを思いっきり開けた。
その後、ふたりは数十分もの間
翔からきつ~いお説教を受け続ける。
結局、最終的には

「今日のことは、見なかったことにするけど!
 でも!! もし今度見つけたら…」

と苦言を呈されたのだった。

夜の暗闇の中、
電灯の明かりが三人の姿を照らしていた。
翔はいつもの家路を歩いてゆく。
その後ろをついて行く奈津希と蓮。

「先生、何だかんだ言って優しいのね。」

奈津希は歩きながら翔の顔を覗き込む。

「…っていうか、なんで付いて来るのさ。」
「ま、固いこと言わないで。
 奥さん見てみたいし。」

そう言って翔の背中を叩く。
奈津希は、”反省”というものを知らないのだろうか。
さっきまで落ち込んでいた蓮も、
奈津希につられて元気を取り戻している。

「先生の奥さん、すっごい美人なんですよね。
 高校時代からずっとラブラブだったって。
 教頭先生が言ってましたよ?」

教頭は翔たちが学生として通っていた頃から
ずっとS高にいる古株の教師だ。
昔の恩師で今の上司なわけだから、
当然翔と美優の結婚式にも出席していた。
だが、翔はその教頭があまり得意ではない。

「はぁ…
 教頭、ベラベラ喋り過ぎなんだよ。
 この間だって……、……ん?」

翔は急に言葉を詰まらせ立ち止まった。

「矢吹…」

公園のブランコに揺れる少女の背中を、
秀が優しく押していた。
ふたりは何やらとても楽しそうに、笑い合っている。

「そっか…。矢吹の家、この近くでしたね。」
「秀…、一緒にいるのは妹かしら?」

妹の亜樹がなかなか秀に懐かないと、
秀の母親は言っていたが…

「何だ…仲良くやってるじゃないか。」

翔は声をかけたりはせずに、ただ秀と亜樹の仲睦まじい光景をぼんやりと眺めていた。

公園の前で呆然と立ち尽くしたままの翔を、奈津希は不思議がる。

「…先生?どうしたの?」
「いや… 何でもない。」

そう言って暫くしてから…

「ここはね…、僕と美優の思い出の公園なんだ。」

ポツリポツリとひとり言のように語り出す翔。

「美優に告白したのも…、ファーストキスしたのも…
 プロポーズしたのも…、全部、この公園なんだ…。」

「翔、なんて言うかなぁ…」

不敵な笑みを浮かべながら、
美優は鏡に向かってポーズをとる。
美優は鏡に映った自分に話しかけた。

「美優…」
「ダ~メ。ごはん、冷めちゃうわよ?」
「でも…、僕、もう我慢できないよ!」
「もう!翔のエッチ!!」
「エッチなのは美優でしょ?
 ほら…もう乳首勃ってる…。」
「ど、どこ触ってるのよ!
 ぁあんっ!!」
「………ハッ!!」

気付けば美優は、自分で自分の乳首を摘まんでいたのだ。

「あたし…、なにやってるんだろ…。」

へなへなと座り込み、恥ずかしそうに頭を掻いた。

「バッカみたい。翔…早く帰ってきてよぉ…。」
「ただいまー。」

翔は美優の待つ我が家のドアを開ける。
翔と美優は、翔の実家の近くのマンションで
二人暮らしをしているのだ。
新婚生活を邪魔するものは、何もない。

「あ、お帰りなさい♪」

翔の帰りを待ちわびていた美優は、
ルンルン気分で玄関へと駆け寄ってきた。

「あ……」
「なっ…」
「え…」

顔を真っ赤にする翔と、ポカーンとした顔の奈津希と蓮。
美優は俯いて、目の下をピクピクさせている。

「ハ、ハダカ…えぷろん…!?」

奈津希が目をパチパチさせて呟くと、
美優は顔を真っ赤にしながらも
彼女にニッコリと微笑みかけた。

「生徒さん?」
「は、はい…。」
「ちょっとそこで待っててもらえる?」

恐いくらいの満面の笑み。
美優は翔の服の袖を掴むと
部屋の奥へと引っ張っていった。
美優の後姿は、まるで全裸のようで…
――――あまりに、美しかった。

バチンッ!!と大きな音が響き渡る。

「バカぁ!!生徒連れて来るなら、
 先に電話くらいしなさいよ!!」

美優は少し涙目になって怒鳴りつける。
翔は頬のモミジを摩りながら、

「ご、ごめん…」

と情けない声を出していた。
そんなふたりのやりとりに聞き耳を立てていた蓮は、
冷や汗をかきながら奈津希に言う。

「…帰ろっか。」
「先生の奥さん…超美人…」

放心状態の奈津希は、ポツリとそう漏らした。
結局、翔たちには何も告げずに
蓮と奈津希は翔の家をあとにした。

「もし…もしさ、僕らのせいで離婚とかになっちゃったら…」
「裸エプロンでダンナ迎えるくらいラブラブなんだから。
 そう簡単に離婚なんてするわけないでしょ!」

不安がる蓮を、奈津希はいつもの調子で笑い飛ばす。

「裸エプロンかぁ…」

蓮は夜空を見上げた。
だが、その瞳に映るのは満天の星空ではない。
裸エプロン姿の奈津希を妄想しているだけである。
そんな蓮の妄想を知ってか知らずか
奈津希は同じ夜空の星を見上げて呟いた。

「…教室で裸エプロンはちょっと無理ね。
 見つかったら言い訳のしようがないもの。」

結局、日曜にデートをして
高級なディナーをご馳走する、ということで許してもらった。
緒方家の財布は美優が握っているので、
翔は月々僅かしかもらえないお小遣いの中から、
高級ディナーの食事代を払わせられる破目になってしまったのだ。
喧嘩をしても、ふたりは仲直りが早い。
美優はわりとサバサバした性格であまり引きずらないし、
翔は大抵の場合すぐ謝る。
それに何より、互いに心底べた惚れしているのだ。
新婚夫婦というのは恐ろしい。
美優はついさっきまで怒り心頭だったのに、
今はふたりでお風呂に入っている。
そんなに広くない浴槽に、
ふたりで体を密着させて浸かっていた。

「ふぅ…」

美優が立ち上がると、
翔の目の前に、濡れて妖艶さを漂わせる恥毛。

「体洗うから、あんたはまだお湯に浸かってて。」

いつものように体を洗い合うのだと思っていたら、
美優はそんな言葉を口にした。
意外に思った翔が

「僕が洗ってあげるよ。」

と言うと

「いいわよ。自分でやるから。」

と敢え無く断られてしまう。
…やっぱりまだ怒ってるのかなぁ。

翔が湯船に浸かってしょぼくれていると、
いつの間にか美優は全身泡塗れになっていた。
白い泡に優しく包まれた裸が、清らかで美しい…。

「翔、背中洗ってあげるから、ここに座って。」
「あ、うん…」

体は洗ったもののお湯で流したりせずに
泡塗れのままでいる美優を不思議に思いつつも、
翔は言われたとおりに美優の前に座る。
石鹸のいい匂いがする…。
背中に柔らかい感触を感じた。
プニプニしていて… ふわふわしていて…
それでいてときどき硬いものが…!?
いったい、何で洗ってるんだ…?

「え、ちょっと、美優…!?」

翔はビックリして思わず振り向いた。
美優は自分の胸を擦り付けて
翔の背中を洗っていたのだ。

「さっき思いついたから、
 ちょっとやってみたかったのよ。
 …どう?」

美優の顔が真っ赤なのは、
湯あたりしてしまったからだろうか。
最近の美優は、ものすごくエロい。
昔からそうだったが、結婚してからは尚更だ。

「ほんと最高だよっ!もっとやってほしいなぁ。」

翔がそう喜んでみせると、美優はますますご機嫌になる。

「オッケー♪はいはい、前向いて!」

背中に伝わる柔らかい感触と硬い感触。
…すごく興奮する。
美優の時折漏れる荒い息が、とってもエッチ。
息が耳にかかると、ゾクゾクしてしまう。
美優からは見えないが、
翔のペニスはビンビンに勃起している。
こんなにエッチな奉仕を受けているんだから当然だ。

翔は目の前にある鏡に映る美優に
冷静を装って話しかける。

「…でも、良かった。美優、機嫌直してくれたんだね。」
「はぁ…はぁ…、まったく!
 超恥ずかしかったんだから。
 はぁ…はぁ…、あの生徒たち、ちゃんと口止めしときなさいよ!」

翔からは見えないと油断していたのか、
鏡に映った美優はものすごく淫らな顔をしていた。

「ハァハァ…、んもういいでしょ?
 意外に疲れるわ、これ。」

美優はぐったりと翔の背中にもたれかかった。
翔に後ろから抱きつく格好だ。
美優は手探りでそれを探してみた。

「あ、やっぱり!…勃起してる♪」

何故か嬉しそうな美優。
それをギュッと握り締め

「せっかくだから、これも洗ってあげる。」

そう言ってペニスを扱き始めた。

「気持ちいい?」
「うん。…美優、今日は優しいね。」

「なに言ってんのよ。
 あたしはいっつも優しいでしょうが!」

頬を膨らませる美優。可愛い。
美優は手馴れた手つきで扱き続ける。
だが、これはあくまで洗っているだけだ。
射精に至ってしまっては身も蓋もない。

「これくらいでやめとかないと、出ちゃうでしょ?」

美優はクスクスと笑う。
だんだん気持ちよくなってきた…というところで
美優は手を止めてしまった。
そんな美優が憎らしい…。

ペニスから離れた美優の手は、
さらに下へと向かっていった。
細い指先が、触れてはいけない部分に触れる。

「ええ!そんなトコまで…」

翔はビクンッとして驚きの表情を浮かべる。
美優はアナルの付近を弄りだしたのだ。
ボディソープをたっぷりつけて、
翔のお尻を手で洗う。とりわけ穴の付近を。

「き、汚いよ…」
「汚いから洗うんでしょ~が!」

恥ずかしがる翔を、
美優は嬉々とした様子で眺めていた。
翔は顔から火が出る思いだった。
もともと美優は翔のこういう顔が好きだったのに、
慣れてくるとそういう表情をしてくれない。
だから美優はどんどん過激になっていかざるをえないのだ。
その結果、こんなところまで辿り着いてしまった。

「ちょっと…美優…!」

ついに美優の指が、翔のナカへ侵入した。

「なに?」
「な、何でもない…。」

美優の子悪魔な笑みに、翔はもう、タジタジだった。
ふたりの夜は… まだまだ明けそうにない…。

「うぅ…」

翔のこの表情が堪らない。

この表情が美優を興奮させる。

「ちょっと翔、締め付けすぎ!
 力抜きなさいよ。」
「ム、ムリだよ…」

翔のアナルはギュッと締まり、
美優の指の進攻を頑なに拒む。

「ま、いいわ。」

美優はこれ以上奥に入れるのは諦め、
入り口付近で指を遊ばせ翔のアナルを弄んだ。

「んくっ…」

美優の指が蠢き、翔は篭った声を出す。

「フフッ、少しは挿れられる側の気持ち、わかった?」
「な、なんか変な感じ…」

顔を真っ赤にした翔を“カワイイッ”と思いながら、
人差し指をくねくねと動かし続ける。

「気持ちいいの?」
「…よくわかんない。」
「そ。」

美優はニッコリと笑った。
小悪魔な笑みは、いつも翔のことをいじめる。

「じゃ、これでどう?」

美優は穴に人差し指を挿れたまま、
同時にペニスを扱きだした。

「そ、それは…あぁ…」

急に翔はうろたえ悶え始める。

「んぁ…美優ぅ…、ヤバイ…よ…」

息絶え絶えの翔は、本当に快楽を得ているようだ。
美優は喘ぐ翔をニタニタと眺めながら、
右手の人差し指でアナルの中をグチャグチャに掻き乱し、
左手ではペニスを上下に扱き続ける。
先っぽから何かが先走りしているのを見つけると、
亀頭にそっとキスした。

「もう…ムリぃ…、で、出るっ!」
「えっ!もう!?」

急にアナルがギュッと締まったかと思うと、
次の瞬間ペニスの先から白濁の粘液が飛び散った。

「はぁはぁ…」

完全に逝ってしまった翔は、ぐったりと項垂れる。

「まったく。あ~ぁ、貴重な一発がぁ…」

美優は念入りに手を洗った。
特に、未知の領域へと進攻した人差し指は
爪の間まできちんと丁寧に。

「ゴメン…」
「…ま、気持ちよかったならそれでいいわよ。」

俯いたままの翔の髪を、美優は優しく撫でた。
ふたりは優しいキスをする。

「ワンダリンスタァート
 暮れなずーむ空ぁーにぃ
 潤んだボークのひとーみはぁー
 キミーのね、澄んだ、ひとーみと
 ただ見つめ合えたとき 煌くよぉー
 アイワナスタート
 これからーのストーリー
 かーさなーるふーたりーのかーげよぉー
 はじーまり、告げる、ことのーは
 愛しい人と 共に奏でるアイノメーロディー」

「美優、相変わらず歌上手いねぇ。」

歌い終わってマイクを置いた美優に、
翔が微笑みかける。

「あったりまえじゃない♪」

美優はヘヘーンッといった感じ。

ちなみに今の歌、
本当はもっとしっとり歌い上げるバラードなのだが、
美優が歌うとノリノリの元気ソングになるから不思議だ。

今度は翔の番。

「この声ぇ~ 届けたぁーいよ
 まだ小ぃさーな詩だけーど…」
「…あんたは相変わらず下手ね。」
「ご、ごめん…」

事実だけにタジタジの翔だった。

「フフッ、ね、今度は一緒に歌おっ?」

カラオケボックスから出てきたふたり。
第一声は美優の

「暑いわねぇ…」

冬の寒い時期は、美優が密着してくるから翔は嬉しい。
逆に暑いと翔が近寄ろうとすると「暑苦しい!」と叩かれる。
まあ、暑いと露出度が増えるから
それはそれで嬉しいのだが。
実際、今日も美優の服装はなかなか際どい。
超ミニのスカートから、何かが見えてしまいそう。

「カラオケの中、冷房かなり効いてたからね。
 よけい暑く感じるんじゃない?」
「それにしたって暑過ぎるわよ。
 もう9月も後半だっていうのに、
 連日30度超えてんのよ!」

ダラダラ垂れてくる汗を手の甲で拭きながら、
ふたりは太陽の照り付ける日向を歩いていた。

「はぁ…、夕食の前に1回帰ろっか?」
「そうね。シャワー浴びてから出直しましょ。
 こんな汗臭くちゃ、せっかくのディナーが台無しよ。」

美優は服の胸元を摘まんではためかせ、
肌と服の間に風を吹き込ませる。

「まったく…ほんと暑いわねえ。あれ、翔?」

ふと横を見ると、そこに翔はいなかった。

翔は数歩後ろで立ち止まっていた。

「どうしたの?」
「え…いや…、この家、ずいぶんボロボロだなぁって。」

翔の視線の先には、荒れ果てた一軒家があった。
窓ガラスは割られ、蜘蛛の巣が張っている。
とても人が住んでいるようには見えない。

「ああ、佐田屋敷ね。知らないの?」
「佐田屋敷…?」
「結構有名な心霊スポットなのよ。」

周りに電灯もなく、すぐ隣には墓場がある。
夜中に来たら、確かに怖いかもしれない。

「なんでも、もともと父母と息子の3人が住んでいたけど、
 十年くらい前に父親が殺人事件を起こしてね…」

急におどろおどろしい口調になる美優。

「それを知った息子がショックのあまり気が動転して
 父親を包丁で刺し殺したのよ…」
「息子は警察に捕まって、ひとりあとに残された母親は
 精神病になり、最後には自殺してしまったそうよ…」

美優の話に聞き入っている翔は思わずゴクンッと息を呑んだ。

「それから住む人のいなくなったこの家は荒れ果てて…」
「でも…」
「誰もいないはずのこの家の中から
 夜な夜な、しくしく…しくしく…
 女の人の泣く声がするの…」
「あ…風…」

暑い中を家へと歩いていたので、
美優は突然吹いた風に心地良さを感じていた。

「美優!スカートっ!!」
「え、あ…キャッ!」

慌ててスカートを押さえる美優。
言われる前に気が付けよ、という話だが。
スカートは風に捲られ、数瞬すべてを晒してしまっていた。

「って…!パンツ…はいてないの?」

そう。
捲れ上がったスカートの下には、
何も身に付けていなかった。
恥毛を目の当たりにした翔は目を疑った。

「パンツ…?そんなの、はいてないわよ?」

美優は不敵に笑う。
翔をからかうときの顔だ。

「ほら…」

と、スカートをたくし上げてみせた。
翔は目を丸くする。

「だー!!なにしてんの!!」
「別に誰も見てないわよ。
 珍しくもない。」
「な、なんではいてないのさ?」
「アソコがスースーして気持ちいいのよ。」

悪びれもせずそう言う美優に、翔は口をあんぐりと開けていた。

「はぁ?」
「知らないの?今、流行ってるんだから。」
「な、なにが?」
「ノーパン・ノーブラ。」
「は!?」

ノーパン健康法とか、そういう類のものか…。
それともただ単に美優がふざけて
からかっているだけなのかもしれない。
困惑する翔を美優は

「"ラギャル"とか、知らないの?」

と笑い飛ばした。

「”ラギャル”…?ん、あれは…」

急に会話が途絶える。
翔は何かを見つけたようだ。

「どうしたの?」
「え、あ…ちょっとね。あれは確か矢吹の…」

翔は偶然通りかかった公園で、
矢吹の妹の亜樹…と思しき少女を見つけたのだ。
この前秀と一緒にいるのを見たばかりだから、
たぶん間違いないだろう。
彼女はおそらく同い年くらいであろう少年二人と
何か話をしている。
亜樹は髪を後ろで結んだ女の子らしい髪型で、
しかし腕組みをしたりして勝気な性格が窺える。

「おい!信太も直哉も、
 男ならもっとビシッとしろ!」
「だけど亜樹ちゃん…、ウチは…」

少年のひとりが弱弱しく反論しようとするが

「直哉!自分のことを”ウチ”って言うのは止めろ!
 そんな女みたいな喋り方してるから
 他の男子に苛められるんだ!」

敢え無く亜樹に一喝されてしまう。
男勝りな亜樹とは正反対で、直哉は男のくせに容姿も喋り方もどことなく女の子っぽい。

「亜樹ちゃんは、その男みたいな喋り方を止めたほうがいいと思うよ…」

そう突っ込みを入れたのは信太と呼ばれた少年だ。
彼もやはりひ弱な感じがする。

「何か言ったか?」
「いや、何でもない…」

亜樹が睨みを利かせると、信太も黙り込んでしまう。

「おい、直哉!!」

亜樹が大声で呼んだだけで、直哉はビクンッと身を竦めてしまった。

「いいか?今日からオレが、お前が立派な男になるまで
 ビシバシ鍛えてやるからな!」

亜樹は不敵に微笑む。

「題して、”卯月直哉(ウヅキナオヤ)改造計画”!!」

………。
………パクリ?

「で、ひとりじゃ心細いだろうから、
 信太!お前も一緒に鍛えてやる!」
「なんで僕まで…」

とばっちりを受けた信太が何か言おうとすると、
亜樹の「煩いっ!!」の一言で一蹴された。

「大体お前は根性が足りないんだよ!
 オレがしっかり叩き直してやるからな!」

一連の会話の流れを側で聞いていた翔たちは、
呆然として顔を見合わせる。

「”オレ”って…、ホントに女の子なの?」
「あれは相当強烈ね…」

さすがの美優も、亜樹のあまりのハチャメチャさに
面食らったようだった。
あの性格じゃ、母親が
「男勝りな性格で秀に懐かない」と嘆くのも仕方がない。
この前見た秀と亜樹の仲睦まじい光景を思い出し、
翔は「よくあの妹を手懐けたもんだ」と感心したのだった。

  Iwannastart
  これからのstory
  重なるふたりの影よ
  始まり告げる言ノ葉
  愛しい人と
  共に奏でるIknowmelody

教室に鳴り響く美しい歌声に、
難しい授業に退屈していた生徒たちは心安らぐ。
最近の携帯電話の”着うた”は随分と高音質になったものだ。

「もう、誰!?授業中は携帯の電源切っといてよ!」

教壇に立っていた翔が怒る。

「あ、ごめん先生。あたしだ…。」

奈津希は鞄から携帯電話を取り出し、
悪びれることなく着信を確認する。
どうやらメールのようだ。

「まったく栗原は…」

翔は文句を言おうとするが、
何か思い付いたのか急にポンッと手を合わせた。

「じゃあいいや、せっかくだから栗原、
 この問題黒板で解いてみて?」
「え…マジ?」

「え、えっと…」

顔が引き攣っている奈津希を
嬉々として眺める翔のSっ気。

「わかんないの?
 ちゃんと授業聞いてる?」

翔が意地悪なことを言うので
奈津希は頬を膨らませる。

「…じゃあ、大槻。
 彼女のピンチ、助けてあげて。」
「そ、そんなぁ…」

突然ふられた蓮は堪ったもんじゃない。
二人揃ってシドロモドロになってしまう。
が、蓮を巻き込んだのが運の尽きだったのかもしれない。
奈津希は意外と蓮にベタ惚れのようで、
蓮を守るためには手段を選ばない。
奈津希は早くも最終兵器の投入を決したのだ。

「…先生、そんな意地悪ばっかすると、
 先生の秘密言っちゃうよ?」
「えー、なになに?」

生徒たちは”先生の秘密”とやらに興味津々だ。
翔の顔が青ざめる。

「実はね、この前先生の家に行ったら
 なんと奥さんが…」
「わ、わかったから!
 はい、もう座っていいよ!!」
「ヘヘッ」

顔を真っ赤にした翔を見て、
奈津希は小悪魔な笑みを浮かべる。
蓮もホッと一安心して席に座った。
奈津希には後できっちり言っておかないと。
バラされてしまってからでは手遅れだ。
赤っ恥な上に、美優に知れたら何を言われるか…。

「センセー、どうしたんですかー?」

生徒たちがニヤニヤしながら
翔に声をかける。

「あ、ああ。えーと…」

不機嫌そうにしている小夜子と目が合った。

「じゃあ、如月、解いてくれる?」

小夜子はゆっくりと立ち上がる。

「まったく、こんなのも解けないって…
 あんたたち、頭ん中空っぽなんじゃないの?」

小夜子が奈津希を睨みつけると、奈津希はフンッと顔を背けた。

「何よあの子、感じワル!!」
「奈津希、抑えて抑えて。」

蓮が奈津希を宥める。

「…ん?」

  Iwannastart
  これからのstory
  重なるふたりの影よ
  始まり告げる言ノ葉
  愛しい人と
  共に奏でるIknowmelody

「こら栗原!没収するよ?」

翔は珍しく声を荒げる。

「今のはあたしじゃないわよ。」
「え…でも、同じ曲だったよね?」

サラリと否定する奈津希に翔はキョトンとした顔をした。

「先生知らないの?
 この曲ちょ~流行ってるんだから。
 これ着うたにしてる人、たぶん多いわよ?」

昼休み、生徒たちと話をする翔。
緒方先生は案外人気者なのかもしれない。

「へー、あの曲そんなに流行ってるんだ。
 そういえば美優もカラオケで歌ってたなぁ。」

先生の奥さんの名前が美優であることは、
もう周知の事実なのである。

「もうすごいのよっ!
 仁元実華(ニモトミカ)の『START』、
 デビューシングルなのに200万枚近く売れてるのよ。」

自分のことのように自慢げに語る奈津希。
だが実際、200万枚といえば近年稀に見る大ヒットだ。

「歌自体も良いけど、
 やっぱ実華のパフォーマンスよね。
 ノーパン・ノーブラで超キワドイ服着てさ、
 もうすんごいカッコイイの!」
「ああ、最近よく聞く”エロカッコイイ”ってやつ?」
「そんなんじゃないわよ。
 もっとすごいの!!」

いったい何がどうすごいのか…。
翔が頭をフル回転させて妄想に励んでいると、
他の生徒が話に加わってくる。
仁元実華の話題となると、食いついてくる生徒は多い。

「生放送で見えちゃった事もあるのよね。」
「ね~。あのときはさすがにビックリしたわ。」
「見えたって…何が?」

翔が嫌な予感を感じながらも恐る恐る尋ねると、
奈津希は平然と言った。

「何って…アソコよ。」
「ア、アソコ…」
「あ。あたしその時のビデオ持ってるよ。
 貸してあげようか?」
「えー!貸して貸してぇ!!」

女子生徒たちは大盛り上がりだ。

「女子にも人気なのか…」

翔はその様子に呆然としていた。
“ノーパン・ノーブラでキワドイ衣装”なのに、
男子生徒よりむしろ女子生徒に人気があるようだ。
世の中、何が流行るかわからないものだなぁ…

「実華を真似して、ノーパン・ノーブラの人も結構いるわよね。」

奈津希の何気ない一言に、翔はハッとした。

    「知らないの?
     今、流行ってるんだから。」
    「な、なにが?」
    「ノーパン・ノーブラ。」

「本当に流行ってるんだ…」

翔は思わず呟いた。
美優の言っていたことは、冗談でもなんでもない。

「先生、鼻の下伸びてるわよ!
 イヤらしいコト考えてるでしょ!!」
「か、考えてないよ!
 …でも、みんなノーパンなの?」
「わたしは違うわよ。」
「わたしもそんな勇気なんてないし。」
「あたしは…その日の気分によるけど…。」

「ふんっ、あんたたちなんかに仁元実華を語ってほしくないわね。」

その声にみんな一斉に振り向く。
ふてぶてしい態度で立っていたのは、やはり小夜子だ。

「実華はね、この街の出身なの。」

小夜子は奈津希たちを見下したように眺めながら、実華の話を続ける。

「昔ストリートライブやってた無名時代に、
 “素の自分が出せる”ようにって
 全裸でストリートライブをやってたことがあって、
 今のノーパン・ノーブラはその名残なの。」
「……は?全裸でストリートライブ…?」

固まる翔。
あまりに奇抜過ぎて妄想すら出来ない。
頭に映像が浮かんで来ないのだ。
全裸でストリートライブなんて。

「何回も警察のお世話になったけど、
 “今の自分があるのはそのお陰”って言ってたわ。」

奈津希と同じで小夜子も実華のことをまるで自分のことのように自慢げに語る。

「なにそれ…じゃあ実華って元ラギャルってこと?」

女子の誰かが呟いた一言は、茫然自失の翔の耳を素通りして消えた。

「なにあいつ!!知ったかぶりしちゃって感じワルッ!!」

奈津希が喚き出した。
小夜子の小話は相当機嫌を損ねたようだ。

「はぁ!?知ったかぶりはあんたでしょ!!」

負けじと小夜子も言い返す。

「わたしはストリートの頃から実華のファンだったの。
 にわかファンのあんたになんて、
 実華のことを語ってほしくないわ!!」

睨み合うふたりの目から火花が散りそうな勢いだ。
そしてその横で依然放心状態の翔。
ジェネレーションギャップなのか
カルチャーショックなのかよくわからないが、
翔には到底理解できない流行のようだ。

「あたし、今日はノーパンなのよ!!」
「わたしは毎日そうよ!!」

そんな言い合いを続けるふたりに、
翔は危うさを感じずにはいられなかった。

「仁元… 実華… かぁ…。」

そうポツリと呟いた翔の脳裏を過ぎったのは、
遠い日の記憶…
血のように紅い瞳…

「矢吹くんも、仁元実華好きよね?」

小夜子は近くにいた秀に話をふった。

「え…いや、俺は別に…。」

つれない返事の秀に、ムッとした顔をする。

「わ、わたしは好きです、仁元実華。
 歌ってる姿、カッコよくて…。」

そう言ったのは由梨だ。
由梨は奈津希みたいに積極的ではないから、
こうやって自分から話に入ってくるのは珍しい。
仁元実華のことをよほど敬慕しているのかもしれない。
でも…
「あんたなんかに聞いてないわよ!」
「ひぃっ…、ご、ごめんなさい。」

小夜子に一蹴されてビクつく。
去ってゆく小夜子の後姿を眺めながら、
秀は由梨に話しかけた。

「気にすんなよ、長瀬。如月のやつ、なんか機嫌悪いみたいだから。」

彼は優しい。
だから女子にモテるのだろう。

「長瀬も好きなのか…仁元実華…。
 確かにカッコイイよな。」
「ホント素敵で…憧れですっ!」

由梨は少女マンガのヒロインのように瞳を煌かせる。

「でも俺は…、ああゆう女より、
 可愛らしい感じのコの方が好みかな。
 …長瀬みたいな。」
「え…」

由梨は驚きのあまり
口をポカーンと開け呆然としてしまった。

「冗談だよ。」

秀が優しく微笑むと、
由梨はポッと音が出るくらい顔が真っ赤になってしまう。

「おーい、矢吹ぃー」
「どうした?」

秀は他の男子に呼ばれて去っていった。
彼は男子とも仲良く、女子からも慕われ、
いわゆるクラスの人気者なのだ。

「なんかイイ感じね、由梨と秀。」

秀と入れ替わりで由梨に近付いてきたのは奈津希。

「たぶんからかわれたんだよ、わたし…。」
「んー…、でもきっと秀は由梨のコト
 けっこう気に入ってると思うわよ?
 あたしの勘だけど。」

由梨は童顔で貧乳。
それがコンプレックスなのだが、
見る人によっては好まれるタイプだ。
隠れファンが多いことを本人は知るよしもない。

「ね、思い切ってさ。
 デートに誘ってみなよ!」
「そんなのムリだよ…
 断られるに決まってるよ。」
「そんなのわからないじゃない。」
「でも、もしOKしてもらっても、
 ふたりっきりじゃ何話していいかわかんないし…
 きっと気まずい感じになっちゃう…」

秀も由梨もあまりベラベラ話すタイプじゃないし、
由梨はアガリ症で、たしかに秀とふたりきりで会話が続くとは思えない。
そのことは本人が一番良く知っている。

「ならさ、ダブルデートはどう?
 あたしと蓮が一緒に行くからさ。」

奈津希はどうしても由梨と秀の仲を進展させたいらしい。

「秀もあたしと蓮が付き合ってるの知ってるんだからさ、
 きっと由梨の方に寄って来るでしょ。」
「そうかもしれないけど…でも…」
「じゃあ決まりねっ!ねえ、秀!!」
「え…ちょっと奈津希ちゃ…」

急に大声で秀を呼ぶ奈津希に、由梨は戸惑いを隠せない。
まったく困った親友だ。

「どうした?」

秀がやってきても、由梨は彼の目を見れなかった。
思わず俯いてしまう。

「あのさ、あたしたち今度プールにでも
 行こうと思ってるんだけどさ、あんたもどう?」
「プ、プール!?」

由梨はびっくりして顔を上げた。
プールだなんて聞いてないよ…と
困惑した表情で奈津希を見つめる。

「プールかぁ…最近暑いからな。長瀬も行くのか?」
「ええ。今のところ決まってるのは
 あたしと由梨と蓮。」

もちろん蓮には何も言っていない。
蓮の都合はお構いなしなのだ。

「そっか…。じゃあ、行こうかな。」
「え… ホ、ホント!?」

思わず声が裏返る由梨に、

「ああ。」

秀はまた優しく微笑んだ。
詳しい日程が決まったらまた連絡すると伝えると、
秀は他の男子たちのところへと戻っていく。

「奈津希ちゃん!
 聞いてないよ、プールなんて…。」
「いいじゃない。
 悩殺水着で秀をイチコロよ!」

奈津希の眩しい笑顔とは対照的に、
由梨の表情は暗い。

「わたしは奈津希ちゃんと違って
 胸、小さいんだから…」

そう嘆きながら、申し訳ばかりの膨らみに
そっと手を置いた。

「プール?別にいいけど。」
「そう。良かったぁ。」

完全に事後連絡だが、一応蓮にもダブルデートの件を聞いておく。
由梨と秀をくっつけたいのだと言うと、蓮も喜んで協力してくれるということだ。

「あ…!」

だが、奈津希には一抹の不安があった。

「あんたねえ…。この間みたいに… ここ!」

ギュッ!!

「勃てたりしないでよね。」

大事なところを奈津希に摘ままれ、
冷や汗を垂らし苦笑い。

「あ、あれは奈津希が僕の腕に胸を押し付けるから…」
「それくらいで興奮しないでよ!
 あたしは良いけど、秀と由梨が見たら気まずいでしょ!!」
「は、はい…。気をつけます…。」

蓮はシュンとして肩をすぼめた。

その日の夜は満月だった…。

翔は顔をニヤつかせながら
ひとり早足で家路を歩いている。
美優との淫らな絡み合いを頭に描きながら、
浮き足立った足取り。
翔はここのところ毎晩こんな調子だ。
美優も愛するダンナの帰りを待ちわびているはずだ。
結婚してからというもの、
ふたりの相思相愛は留まるところを知らない。
裸エプロンをするくらい、
ふたりの新婚生活は激甘なのだ。
暗い路地を向こうから歩いてくる女性。
翔はそんなことは気にも留めず、美優のもとへと急ぐ。

すれ違う肌色―――――

「あれ!?」

ハッとして振り返った場所には、もう…誰もいなかった。

「気のせいかな…。今の女の人…
 ……裸だったような…」

はぁ…と大きな溜め息をつく。

「…まさかね。」

「女の人が、こんなところを裸で歩いてるわけないか。」

トボトボと歩き出す。

「はぁ…最近疲れてるのかなぁ…。
 それとも、エッチしすぎなのかな。」

♪♪~ ♪♪~~

着信音が鳴り響く。
翔は携帯をポケットから取り出し、画面を見た。

「ん… 美優から…?」

ピッ―――

「はい、もしもし?」
「あ、翔っ! 今どこ?」

興奮した感じの美優の声。
僕の帰りがそんなに待ち遠しいのか…
美優ってホント、カワイイなぁ。

「もうすぐ着くよ。
 あと5分くらいかな。」
「あ、ちょうど良かったぁ。
 ちょっとスーパー寄ってきてくれる?
 シチュー作ってるんだけど、牛乳が切れちゃったのよ。
 買って来てっ!ヨロシク!!」

ガチャッ―――――!!

「え…」

呆然と立ち尽くす翔。
シチューより美優が食べたいよぅ…

「今日も暑いなぁ…」

蓮は滝のように流れる額の汗を拭いながら、
もう一度腕時計で時刻を確認する。

「お待たせー!」

向こうから大きく手を振って走ってくるのは奈津希だ。

「ちょっと遅刻しちゃった。」

テヘッという表情は、ゴメンネのサイン。

「それはいいんだけどさ、
 矢吹も長瀬さんもまだ来てないんだけど…。
 どうしたんだろう…?」
「それはそうよ。
 集合時間、30分ずらしてあるもの。」
「え?」

蓮がポカーンとした表情で奈津希を見つめると、
奈津希はクスクスと笑う。

「どうせあんた、
 あたしの水着姿で勃起するんでしょ?」
「そうならないように…、ほら、ちょっと来て。」

奈津希は蓮の手をとって、どこかへ連れてゆく。

「どこ行くの?」
「いいからいいから…」

結局、人目に付かない草むらに連れ込まれた。
ここまで来れば、さすがの蓮でも
奈津希の考えてることはだいたいわかる。
わかるから…
カチャカチャと音をたててベルトが外される。
照り付ける太陽の下に晒されたペニスは、
天に向けて仰け反りかえっていた。

「まったく、どうしようもないわね。
 ん…?」

奈津希の眉間にしわが寄る。

「あんた、オナニーしてきたでしょ!?」
「え…なんで?」

蓮はビクンッとしてたじろいだ。

「ニオイでわかるのよ!」

ふたりとも顔が真っ赤。
蓮がオナニーしている場面を思わず想像してしまう奈津希だった。

「プールで勃起しないようにって…」

別に悪いことをしたわけでもないのに
言い訳をする蓮を見て、奈津希はクスリと笑った。

「ヘヘッ、2回逝っとけばもう安全よね?」
「たぶん…」
「手と口と、どっちがいい?」

大胆な笑顔で見つめてくる奈津希。
奈津希はあの性格だから、フェラチオは大得意だ。
だけど手コキも捨てがたい。
キスしながらとか喋りながらとか、いろいろ出来るから。
でもやっぱり…

「おまんこで…」

バシッ!!

「却下っ!!」

打たれた頬を摩りながら嘆く蓮。

「なんで…」

ちょっと情けない。

「集合時間まであと20分もないのよ。
 由梨はあの性格からして
 きっと集合10分前とかに来るだろうし…。
 あたしはそんな短いエッチじゃ満足できないわ!」

奈津希はニヤリと笑う。

「あんたは早漏だから、問題ないでしょ?」

しょぼーんと気落ちする蓮。
からかわれただけなのはわかってるが、
ちょっとへこんだ。

「で、どっち?」
「じゃあ…口で。」

蓮のトーンダウンした声など気にしない奈津希は、
明るく返事をする。

「オッケー♪2分で逝かせてあげるわよ。」

悪気がないから、よけいに始末が悪い。

「ホント、ビンビンね。」

奈津希は愛おしそうに肉棒を撫で回す。
その愛撫だけで蓮は逝ってしまいそうだった。
だが、それでは本当に早漏。
奈津希の口に包まれるのを、今か今かと待ちわびる。
奈津希はそれをペロペロ舐める。
アイスキャンディーでも舐めるかのように…
上目遣いでチラチラと蓮の様子を窺いながら。

「奈津希…、すごいエッチな顔だよ…?」
「あんたの顔の方がよっぽどスケベよ。」

そんなこと言っても、気持ち良いものは仕方ない。
大好きな彼女にペニスを舐め回されて、
毅然としていられるわけがない。

「咥えて…。」

奈津希はヘヘッと笑みを浮かべ、
彼のペニスを口いっぱいに含んだ。
そして間髪容れずに舌を絡ませる。

濃厚な口淫…

サービス精神旺盛な奈津希は、
上目遣いで蓮を愛でることを忘れない。

「気持ちいい…」

蓮が情けない声でそう呟くと、
奈津希の眼差しは微笑んでいた。

「奈津希…、もう…出るかも…」

早くも蓮は限界のようだ。
蓮の名誉のために言っておくと、
蓮が早漏なのではない。
奈津希のフェラが上手すぎるのだ。

「ぁ…出るっ!」

本日二度目の射精だというのに、
大量の濃いザーメンが奈津希の口の中で
ビュッビュッと勢いよく吐き出された。
奈津希はゴックンと呑み込む。
そして呟く。

「美味しい♪」

奈津希の真意はわからないが、
精液を飲み干すといつも必ずそう言う。

「あ! 奈津希ちゃん、
 そんなところにいたの?」

突然背後から聞こえた声に、心臓が止まりそうになる。

「ゆ、由梨っ!」

奈津希は大慌てで口元を拭い、
蓮の前に立って露出された彼の下半身を見えないようにした。

「どうしたの?」

由梨は笑顔でこちらに近付いてくる。

「あ、あんた早くそれしまいなさいよ!」
「わ、わかった。」

何やら小声でやりとりするふたりを、
由梨は不思議に思った。

「イタッ!!」
「…どうしたの?」
「…挟んだ。」

ホント情けない声…
ズボンのチャックに大事なものを挟んだらしい。

「気をつけなさいよ!
 セックスできなくなったらどうすんのよ!!」

奈津希は小声で怒鳴る。

「奈津希ちゃん?」
「ゆ、由梨… 早かったわね。」

奈津希は冷や汗ダラダラだ。

「ヘヘッ なんか嬉しくって、早く来ちゃった。」
「そ、そう。矢吹と進展するといいわね。」

なんとか由梨にはばれずに
上手く誤魔化すことができたようだ。

「じゃ~ん♪」

奈津希はタオルを脱ぎ捨て、水着姿を披露する。
奈津希らしい明るい柄だが、
高校生にしては少し大胆すぎるビキニ。

「秀、どう?」
「なんで俺に聞くんだ?」

“彼氏に聞けよ”とでも言いたげな秀。

「蓮は前来たときにもう見てるのよ。
 どう?似合う?」
「…ああ、似合うよ。」

秀は微笑みなのか苦笑いなのか
よくわからない笑顔を浮かべた。

「長瀬は?」

秀はやはり奈津希より由梨の方が気になるようだ。

「ん…もうすぐ来ると思うけど…
 あ、来た来たっ!」
「ゴメン、お待たせ…」

駆け寄ってくる由梨の姿を見て、奈津希は嘆く。

「あんたねえ、プールに来るのに
 スクール水着で来るバカがどこにいんのよ!!
 ねえ秀?」
「俺は好きだけどな。スク水…」
「は?」
「いや、何でもない…」
「きっと長瀬さんを励まそうとしたんだよ。」

蓮はそう言ってフォローしたが、
奈津希は疑いの目。

「でも、スク水もいいかもなぁ…。
 奈津希、今度スク水着てエッチしよ?」

ゲシッ!!

―――すかさず蹴りを入れられた。

「なにやってんだ?
 早く泳ぎに行こうぜ。」
「そうね。
 まずは流れるプールに行きましょ。」

そう言ってスタスタ歩いていってしまう奈津希たち。

「ちょっと、待って…」

蓮は蹴られた股をかばいながら、
泣く泣く3人についてゆく。

「れーんっ!
 なにやってるの? 早く行くわよ!」

この暑い中、長く連なる人々の列。
ウォータースライダーの順番待ちをしているのだ。

「まだぁ?」
「あとちょっとだよ。」

と相変わらずの奈津希と蓮。
それとは対照的に由梨と秀は無口だ。
互いを意識し過ぎて上手く会話ができないようだ。

「次のかた、どうぞー」
「おい、俺たちの番だぞ。」

長いこと待たされていたが、ようやく4人の番が回ってきたらしい。
すると奈津希はスライダーの係員に

「あたしはいいです。」

と言って列から抜ける
普通なら”ここまで来て怖気付いたのか”と思うところだが、
なんといってもあの奈津希だ。
蓮たちは嫌な予感を感じながらも、
係員の指示通りスライダーのスタート地点に座る。

「はい、どうぞー」
「今だっ!!」

係員がGOサインを出した途端、蓮の背中に奈津希が飛び付く!

「こら!!きみ、危ないだろ!!
 ふたりで滑るのは禁止だぞ!!」

後ろから叫んでいる係員を尻目に、
奈津希は蓮に後ろから抱き付く格好で
ふたりはスライダーを猛スピードで滑ってゆく。

「まったく、ムチャクチャだよ奈津希は…」
「フフッ 嬉しいクセに♪」

そう笑って背中に胸を押し付けてくる。
“勃起するな”と言っておきながらこんな事をするなんて
まったく意地悪な小娘だ。

ザッブーン!!

ゴール地点のプールに勢いよく突っ込む。

「ハハッ 楽しかったぁ~♪」

笑顔炸裂の奈津希。無邪気な顔が良く似合う。

「もう、奈津希!あ…」

蓮の目が点になっている。
奈津希が蓮の視線を辿っていくと自分の胸に辿り着く。

「キャ!水着が!!」

珍しく女の子らしい悲鳴をあげて、
顔を真っ赤にして慌てて手で胸を隠す。

「蓮っ!」

奈津希は蓮に抱きついて、露な胸を彼の背中に隠した。

「な、奈津希…そんなに押し付けないでよ…。」
「は、はやくブラ探してよ!次の人たちが来ちゃうじゃない!」
「お前ら、なに抱き合ってるんだ?」

秀が呆れた顔で聞いてくる。

「み、水着が…」
「ん…これか。ほらっ」

秀は漂っていた奈津希の水着を取って、蓮に手渡す。
蓮はそれを奈津希の胸に付け直してあげた。

「あ、ありがと…」

そう秀にお礼を言うと秀はクールに左手をかざす。
奈津希は蓮の方に振り返って、彼に白い目を向けた。

「蓮と違って、秀は全然慌てたりしないのね。」

蓮は苦笑いした。

「ひょっとして、女に興味ないのかしら…。」

ブツブツ呟きながら奈津希はプールから上がる。

「ん… 蓮、どうしたの?」

蓮はなかなかプールから上がろうとしない。

「あの…その…」
「ふ~ん…」

奈津希は白々しい顔で蓮を見ると、
秀と由梨にわざとらしく大声で話しかけた。

「秀、由梨、なんか蓮が足攣っちゃったみたいだからさ、
 ふたりで泳いできなよ。」
「え…」

ポッと顔を赤らめる由梨。

「大槻、大丈夫なのか?」
「え、あ…大丈夫だよ、そのうち治るよ。」

秀のクールな問い掛けに蓮は慌てて誤魔化す。

「そうか。
 じゃ、長瀬行こうぜ。」
「は、はいっ!」

由梨は嬉し恥ずかしといった具合だ。
申し訳程度に膨らんだ胸を躍らせ、
秀のもとに駆け寄る。
意外にお似合いの秀と由梨の背中を眺めながら、
奈津希は諦めたように呟く。

「まったく、どうしようもないわね。」
「ごめん…」

蓮は相変わらず情けない。

「ま、それだけあたしのコトが好きってことよね。」
「そ、そうだよ。
 奈津希が可愛いから勃っちゃうんだよ。」

調子の良いことを言う蓮に、奈津希は疑いの目。

「ホントかしら…。
 他の女の裸で勃ったりしないでよ。」
「大丈夫だよ!」

そのとき、急に辺りがざわつきだした。
ヒソヒソと話す声が幾重にも重なって、騒然としている。

「なになに?」

奈津希は状況がつかめず、辺りを見渡した。

「あ、ラギャルだわ…。蓮、目瞑って。」
「え!あ、はい…」

蓮は慌てて言われたとおり目を瞑る。
つくづく信頼されてないなぁと感じた蓮だった。

AdamandEveatethefruitoftheforbiddentree、
theyknewthattheywerenaked、
andtheysewedfigleavestogether
andmadethemselvesaprons.
It'stheoriginalsin.
Sheatonesfortheoriginalsin.
ShestripsherfigleavesthatAdamandEvesewed.
And…She'llbewithGod.

その後、奈津希は勃起の治まった蓮とともに
頃合を見計らって秀たちと合流し、
泳いだり、またウォータースライダーを滑ったりして、
心行くまでプールを楽しんだ。
由梨も少しは秀と仲を深めることができたようで、
奈津希はホッとしていた。

暮れなずむ空…
肩を寄せ合うふたり…
何を話しているのだろう…。
由梨は夕焼け色に頬を染め、
秀は夕日のように温かく微笑みかける。

「お待た…」「ちょっと奈津希!」

ふたりのもとに駆け寄ろうとする奈津希を、
蓮が肩をつかみ制止した。

「な、なによ!?」
「ちょっと待って。見てよ。」

奈津希は寄り添うふたりを見てハッとした。
それから微笑み、
アルバムを見るような目でぼんやりと眺める。
夕焼けと、重なるふたりの影…

「なんか良い感じじゃない?
 あのふたり…」
「そうね。ん…?」

どこからか聞こえてくる美しい歌声…

「この曲… 実華のSTARTだわ…。」

  やっぱりキミの目は
  見つめられないよと
  瞳に背を向ける
  恋に怯える自分がイヤよ

  愛するキミの目に
  吸い込まれてしまいたい
  裸になれば 今とは違う
  ボクの想い 伝わるはず

  WonderingStart
  暮れなずむ空に
  潤んだボクの瞳は
  キミのね澄んだ瞳と
  ただ見つめ合えた瞬間(とき) 煌くよ

  Iwannastart
  これからのstory
  重なるふたりの影よ
  始まり告げる言ノ葉
  愛しい人と
  共に奏でるIknowmelody

トントントントン…
包丁の音が刻む一定のリズム、心地良い。
翔は裸エプロンで料理をする美優を後ろから抱き締めて、
美優の両脇から腕を前に通し
彼女の豊満な胸に手を当てている。
別に揉むわけでもなく、単に和んでいるのだ。

「翔?」
「なに?」

翔の吐息が美優の耳にかかる。
美優は包丁をかざして呟いた。

「危ないわよ。」

包丁と美優の目がギラリと光る。

「ひぃっ…!」
「まったく…
 少しはじっとしてテレビでも見ててよ。」
「はい…」

翔はシュンと肩を落としてキッチンから離れていった。

「はぁー…」

溜め息をついてソファーに座ると、
何の気なしにリモコンを手にしテレビをつけた。
ニュースをやっている。
夕食ができるまでの時間つぶし、
そんなつもりで翔はぼんやりと眺めていた。

「日本列島は9月下旬としては異例の猛暑で、
 東京でも連日35度を超える真夏日が続いています。
 政府では対策委員会を設置し、原因の究明とともに、
 熱中症などに注意を呼びかけています。」

美人ニュースキャスターが原稿を読んでいるが、
翔は”やっぱ美優の方が美人だなぁ”と惚気ていた。

「この異常気象について、
 気象予報士の石原さんにお伺いしていきます。
 石原さん、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
「こちらのグラフをご覧ください。
 8月中旬辺りまでは平年並みかやや高い程度で推移していましたが、
 8月下旬からは最高気温が
 右肩上がりに上昇し続けているのがわかります。」

グラフには今年の気温が赤色、平年の気温が青色で示されていて、
確かに赤色の線は上昇の一途を辿っていた。

「このグラフを見ていますと、
 このままいくと10月中旬には40度を超える日が
 出るのではないかと思ってしまうんですけれども…
 石原さん、どうですか?」
「そうですねぇ…。
 近年は地球温暖化が騒がれていることもあって
 心配になってしまう人もいるかもわかりませんが、
 まぁこのままのペースで気温が上昇し続けるなんてことは
 常識的に考えてありえないでしょう。
 ただ既に作物などにも影響が出ていますし
 熱中症による死者も出ていますので、
 政府には早急に何らかの対策をお願いしたいですね。」
「ではこの異常気象の原因は何だとお考えですか?」
「そうですねぇ…。
 地球規模で大きな気候変動が起ころうとしているとか
 そういった学説を唱える学者もいますし、
 どっかのカルト教団は天変地異の前触れだとか
 最後の審判の日が迫っているとか、そんなことを言っていますが、
 まぁ私としましてはただ単に
 太平洋高気圧が未だ勢力を保っていることが原因だと思いますがね。」

気象予報士は少し曖昧な解説で誤魔化した。
一気象予報士が簡単に原因を推測できるくらいなら、
原因究明のためにわざわざ政府が動くまでもない。

「なるほど…。では今後もこの異常気象は続くと思われますか?」
「そうですねぇ…。
 ま、暫くは続くんじゃないですかね。」

投げやりな返事。正直な話、わからないのだ。

「そうですか…。
 石原さん、ありがとうございました。」
「ありがとうございました。」
「その異常気象のせいなんですかねぇ、これは。
 続いてのコーナー、特集”ラギャル”です。」
「ラギャル…?」

今までぼんやりと見ていた翔も、その言葉には少し反応した。
テーブルの上に置いてあった麦茶の入ったグラスを手に取り、
麦茶を一口ゆっくりと口に含む。

何度か耳にしたが、未だ何のことかわからない言葉…
――――ラギャル

Theyatonefortheoriginalsin.
TheystriptheirfigleavesthatAdamandEvesewed.
And…They'llbewithGod.

「今、深刻な社会現象となりつつあるラギャル。
 街中を白昼堂々全裸で徘徊する少女たち。
 なぜ彼女達は人前で裸を晒すのか、徹底検証です。」
「ブッ――!!」

思わず麦茶を吹き出してしまう。

「…は!?」

戸惑う翔をよそに、テレビ画面にはVTRが映し出される。
一般の女子高生たちにインタビューをしているようだ。

「ラギャルって知ってますか?」
「当然っ!みんなちょー綺麗だよねー。」
「ラギャルになってみたい?」
「ムリムリ!わたしブサイクだしぃ。」
「もっと美人だったらラギャルになりたかったのに。」

「実際にラギャルの人にインタビューしてみます。」

衝撃の映像だった。
まるでアダルトビデオだ…。

胸と股間と顔にモザイクがかけられている。
でも… どう見ても全裸の少女たち。

「いつからラギャルを?」
「わたしはまだ1ヶ月目の新人です♪」
「わたしは半年くらいかな。」
「わたしは3年目。まだラギャルって言葉がない頃からですね。」

隠したり、恥ずかしがる様子もない。
彼女たちにとっては普通のことなのだ。
服を着る、ということの方が苦痛なのかもしれない。

「最初に始めたのはあなたなんですか?」
「違いますよー。」
「始めたのは××だよね。××には敵わないわよ。」

ピーという自主規制音で名前は伏せられていた。

「ねー。
 ××は裸で歩いてるだけで感じまくりで逝きっぱなしの
 超ヘンタイなんだけど、
 それがまたすっごい綺麗でカッコイイのよね。」
「ヘンタイだなんて××に失礼だよ!」

伏せられた名…
その名の示す者が、彼女たちにとってのカリスマであり、

――――神なのだろう。

「なぜ人前で裸を晒すのかは人によってまちまちのようですが、
 主な要因としましては、開放感を得るためだったり、
 性的欲求を満たすためだったりする場合が多いようです。
 ですが最近は、友達がやっているからとか、
 他のラギャルの姿を見て憧れてとか、
 そういった一種の流行に流されるような形で
 ラギャルになってゆく少女も多いようで、
 今後加速度的に増えていくだろうとの見解もあり懸念されています。」
「変な世の中になりましたね。」
「全くです。
 CMの後は最新ニュースです。」

ガシャンッ!!

翔の手から零れ落ちたグラスが割れた音を聞きつけ、
美優が駆け寄ってくる。

「翔? どうしたの?」

茫然自失の翔に、美優の声は届かない。

「ねえ、翔ってば!!」

ピーという自主規制音で名前は伏せられていたが…
でも、翔にはわかる…。
間違いない…

―――――――彼女だ。

フフッ…
    フフフフッ…
 フフフッ…
    フフフフッ…

天使たちの笑い声がする…。

 ****************************************************

   第四章 異常気象 −TheBeginningandtheEnd−

 ****************************************************

「悠くん…」

まだあどけなさの残る幼い翔は、
寂しそうな顔をして友人の名を呟いた。
ここは神社だろうか…
石段の上から翔を呼ぶ声がする。
ミンミンと鳴くセミの声がうるさい。
翔は石段を、一段一段ゆっくりと登ってゆく…。
彼はニッコリ笑って、翔を手招きしている。
この暑いのに、彼の笑顔は何処か涼しげ…
そのアルカイックな笑みに、吸い込まれてしまいそう…。
何処となく中性的で、整った顔立ちの少年…
その隣に、俯いている少女…

『悠くん…』
「悠くん…」

幼い翔は、オドオドしながらその名を呼ぶ。
彼は優しく微笑んだ。
そして、隣の少女にも微笑みかけ、…こう告げた。

「とりあえず…
 服脱いで、裸になってくれるかな?」

コクリと頷き、何の躊躇いもなく服を脱いでゆく美少女…
着ていた衣服がスルスルと地面に落ちてゆく。
微かに膨らんだ乳房の真ん中で、
乳首が赤く勃起していた。
恥毛も生えていない秘部の割れ目からは、
得体の知れない汁が伝っている。

『君は…』

ずっと俯いていた少女が、
急にワッと顔を上げる。

――――――――紅い瞳!!

「うわぁーーー!!」
「翔!?どうしたの!?」

隣で寝ていた裸の美優が、慌てて飛び起きる。

「はぁ…はぁ…
 ふぅ… 夢か…」

翔はぐったりと項垂れた。
幸せな日々が続いていただけに、
悪夢にうなされることなど久しぶりのことだ。

「すっごい汗… 大丈夫?」

美優は心配そうに翔を見つめている。

「朝比奈悠(アサヒナユウ)?
 そんなコいたかしら…?」

美優は翔のためにトーストにマーガリンを塗っている。
翔はコーヒーを一口飲む。

「小学6年のとき、
 美優も同じクラスだったでしょ?」
「うーん…」

美優は難しい顔をしながら、
トーストを翔の前に置かれた皿に移した。

「すごい仲良かったんだけど、
 夏休みに転校しちゃったんだよ。
 …覚えてない…かぁ…」

翔はトーストをかじると、またコーヒーを一口飲んだ。

「う~ん…
 別にあたしと仲良かったわけじゃないでしょ?
 …ゴメン、思い出せないわ。」
「…そう。」

あの少年は美優の想い出の中にはいないらしい。

朝比奈悠―――

翔の数少ない友人のひとりだった少年。
でも、どうして今さら彼の夢なんて見たのだろう…
頭の隅っこへと追いやられていた遠い日の記憶…
それが、なぜ…?

「どうしたの?」
「…久しぶりに、
 ”明日葉神社”にでも行ってみようかなぁ…」

翔はうわ言のように呟いた。
いつの間にかトーストが冷めてしまっている…。
小学生の頃はよく神社の近くの森で遊んでいたのに、
中学生になった頃からか…急に足が途絶えていた。
神社の近所に住んでいた友人が引っ越して、
行く機会がなくなったのだろう。

「明日葉神社?
 ああ、あそこ取り壊されて
 なんか新しい施設ができるみたいよ?」
「え…」
「へー… そうなんだ…。」

翔は複雑な気持ちを表に出さないように
平然を装っていたが、
美優はいつもと違う翔に疑念を抱いていた。

「翔、どうしたの?
 何だか少し変よ?」
「ん… 何でもないよ。
 今日も出来るだけ早く帰るからね。」

そう言って唇を重ねる。
家を出る前に必ずするディープキス。

「じゃ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい♪」

10月に入っても異常気象は続いていた。
“夏より暑い秋”と皮肉られ、
ついに先日東京で観測史上最高となる41.5度を記録した。
連日40度近くまで気温が上がり、
例年よりも20度も高い気温に人々は滅入っていた。
翔の勤めるS高校でも当然冬服への移行は見送られ、
それどころか、”制服の自由化”と称して
制服を着崩すのも、Tシャツなどのラフな格好も認められた。
これは学校側が生徒会やPTAに押し切られる形で実施されたもので、
日本中の多くの学校で同様の事態が起きていた。
男子生徒は肌の上に直接制服の半袖シャツを着たり、
あるいはTシャツやタンクトップを着たりする者が多かった。
しかし、問題は女子生徒である。
今まできちんとした校則通りの制服の着用が
義務付けられていただけに、
その反動からかかなり過激なファッションで
学校に登校してくる生徒も一部にはいた。
そのひとりが、如月小夜子である。

制服の自由化――

スカートの丈が異様に短かったり、
薄いシャツからブラジャーが透けていたり、
その程度なら可愛いものだ。

「如月… またそんな格好して…
 昨日注意したばかりでしょ!」

そう嘆く翔を尻目に、
小夜子はいつも涼しげな顔でこう言う。

「別にいいじゃないですか。
 何を着てきたってわたしの自由です。」

小夜子の格好を見て、クラスメイトたちは
口々に「カッコイイ!」「素敵…」「憧れるわ…」などと言う。
小夜子は標準の制服を単に着崩しているだけだ。
しかし、ブラウスの下に何も身に付けていないため、
軽く勃起した乳首がうっすらと見えていた。
大きく開けた胸元に、十字架のネックレスが煌いている。
超ミニのスカートが風に捲られると、
陰毛も尻の穴も丸見えだ。
これがいわゆる、仁元実華のファッション。
こういう格好の女子生徒が校内にちらほら見えた。
奈津希も似たようなものだが、
蓮に止められたのか、ここまで過激な服装はしない。

夕日が沈み、辺りが暗くなり始めた頃…
由梨は塾への道を歩いていた。

「はぁ…」

―――話は数日前に遡る。

「おばあちゃん…
 お願いがあるんだけど…」

由梨は神妙な面持ちで祖母に話しかける。
いろいろ事情があって、
由梨は今祖母と二人で暮らしているのだ。

「なんだい?そんな改まって…
 何か欲しいものでもあるのかい?
 ほら、お金をやるから買っておいで。」

穏やかな感じの祖母…。
夫に先立たれ寂しい生活を送っていたところに
由梨が転がり込んできた形であるので、
由梨の不幸な生い立ちも相まってか、
祖母は由梨のことを溺愛している。
生前夫が残してくれた財産も十二分に残っているので、
由梨には何ひとつ不自由無い生活を送らせてやりたいと
祖母は思っているのだ。

「そうじゃないの…
 実は…」

「ほう…塾かい。
 由梨は偉いねぇ。
 誕生日にだって”あれが欲しい、これが欲しい”
 なんて言わないお前が、
 何のおねだりかと思えば…塾だなんて…」

由梨のお願いは、”塾に通わせて欲しい”というものだった。
由梨は祖母が何でも好くしてくれるのに
それに甘えたりはしない。
こういったお願い事は珍しかった。

「…通ってもいい?」
「もちろんじゃよ。」

にっこりと微笑んでくれた祖母。
由梨の顔にも思わず笑顔が咲いた。

――――しかし、

数日後には由梨は呆然としていた。

「え…
 矢吹くん、あの塾辞めるの?」
「そうらしいわよ?」

奈津希から告げられた事実に、愕然とする由梨。

「由梨、どうするの?
 やっぱ通うの止める?」
「え…」

奈津希も秀と同じ塾に通っていた。
由梨はその事もあってか、その塾に通うことを決めた。
自発的に祖母にお願いした手前、今さら止めることはできない…。

「ちょっと奈津希ちゃん!
 わたしは別に…
 そんなつもりで塾に通おうと思ったんじゃないの!」

かくして、奈津希と同じ塾に通うことになった由梨。
本当ならその塾に、秀もいたはずだったのに…
由梨はともかく、奈津希が塾に通っているのは
意外に思われるかもしれない。
奈津希の家は貧しく本来なら塾に通わせるような
お金はないのだが、妹思いの長兄が

「お前は頭が良いからな。
 良い大学出て、良い会社に就職して、幸せな人生を送るんだ。」

と、身を粉にして働いて得た給料を叩いて
奈津希を塾に通わせてくれたのだ。
もっとも奈津希にとっては完全に”ありがた迷惑”で、
最初のうちは兄の心遣いに感謝し通っていたのだが、
最近ではサボって蓮といちゃつく事が多くなった。
今日も奈津希はサボるらしい。
だから由梨は、奈津希も秀もいない塾へと
ひとり寂しく歩いているのである。
とぼとぼと歩いていると、
いつの間にか辺りはすっかり暗くなっていた。

「亜樹ちゃん…止そうよぉ…」
「そうだよ。他人の家だよ?」

子供の話し声が聞こえ、ふと見てみると、
小学校高学年くらいの女の子1人と男の子2人が
廃墟の前で何やら言い合っている。
そう、ここは有名な心霊スポット”佐田屋敷”である。
屋敷というだけあって、元はそれなりの豪邸だったようだ。
しかし廃墟となった今では、見る影もない…。

「亜樹ちゃん…止そうよぉ…」
「そうだよ。他人の家だよ?」

少年二人――直哉と信太は、少し怯えて佐田屋敷に入るのを嫌がっていた。

しかし亜樹は…

「誰も住んでないって!
 お前ら、それでも男なのかぁ!?」

亜樹は”卯月直哉改造計画”の一環として、
直哉の度胸を鍛えようと
直哉たちをこの佐田屋敷へと連れてきたのだ。

「ほら、行くぞ!」

さすが亜樹。勇敢で男らしい!

「待ってよ、亜樹ちゃん!」
「ちょっと… え…ふたりとも行っちゃうの?
 ウチを置いてかないでぇ!」

後ろの男子ふたりは慌てて亜樹に続いて
佐田屋敷の敷地内に入っていく。
由梨はその様子をポカーンとして見ていた。

「ながせーっ!!」

自分の名を叫ぶ声に、由梨はビクンッとする。
恐る恐る後ろを振り返る…

「や、矢吹くん…」

声の主は秀だった。
秀はとても慌てた様子で、由梨のもとへと駆け寄ってきた。

「はぁ…はぁ… 長瀬…
 小学生の3人組見なかったか?
 男2人と女1人の。
 俺の妹とその友達なんだけど…」

秀は肩で息をしながら由梨に尋ねる。
余程大切な妹なのだろう。
いつもの秀とは一変して、必死さが伝わってくる。

「矢吹くん…。その子たちなら、今、その家に入っていったよ?」

由梨は最近になってようやく秀とまともに話せるようになった。
まだ顔は少し赤くなってしまうが、
以前と違ってタメ口で話すようにしている。

「やっぱり…くそっ」
「あ、矢吹くん待って!」

いきなり屋敷へと駆け出す秀に驚いた由梨は
特に何も考えずその場の勢いで秀についていってしまった。
敷地内の庭はけっこうな広さがあった。
無造作に生い茂った雑草が
この家が放置されて久しいことを物語っている。

矢吹が荒れ果てた花壇の前で何かを見つめている。
由梨は彼の後ろから覗き込むようにそれを見た。

「菊の花…?」

花壇には菊の花が咲いていた。
秋に咲く花ではあるが、この異常気象のなか…
しかも世話をする人もいないはずなのに…
こんな荒れ果てた場所で、何故…

「長瀬…ついてきたのか…。」
「う、うん…」

秀は由梨の肩に手を置いた。

「俺は家の中に入るぞ。
 長瀬は帰ったほうがいいんじゃないか?」
「うん…、でも心配だから…矢吹くんの妹…」

亜樹のことが気になるというのもあったが、
それ以上に、今さら後に引けない気がした。

「…そうか。ついてくるなら、俺から離れるなよ。」

秀は佐田屋敷の玄関のドアノブに手をかける。

ギイィィィ――

悲鳴のように軋む音が響き渡る…。
ふたりの姿は屋敷の暗闇へと消えていった。

「長瀬、足元気を付けて。」
「うん…」

一歩足を踏み入れると、ジャリッという音がした。
床には硝子の破片が飛び散っている。

「あーきー!!」
「あーきー!
 いないのかー!!」

秀の声が虚しく響き渡るも、
返事が返ってくることはない。

「くそっ! 亜樹のやつ…
 どこへ行ったんだ…?」

佐田屋敷の中は思った以上に荒れ果てていた。
まるで怪獣が暴れまわった跡のようだ。

「矢吹くん、このドア開かないよ。」

由梨は近くの扉に手を掛けたのだが、
うんともすんとも言わない。

「ん… こっちもだ。
 立て付けが悪いのか…」

体当たりでもすれば開きそうだが、
その奥に亜樹たちがいるわけがない。
亜樹たちは別の道を行ったはずだ。

「となると…二階か…」

ふたりは階段を見上げる。

「行くぞ。」
「うん…」

階段を一歩一歩上ってゆく。

「暗いから足元に気を付けて。」

足元がよく見えない。
誤って踏み外したら大変なことになりかねない。

「ふぅ…」

無事二階に辿り着いて由梨は一息つく。
秀は微かな明かりを頼りに辺りを見回した。

「部屋がたくさんあるな…
 あーきー! 聞こえたら返事しろー!」

辺りは不気味なほどに静寂に包まれていた。
すると突然! 物陰から何かが飛び出してきた!!

「きゃあ!!」

よっぽど怖かったのか、
由梨は思わず秀に抱き付いてしまう。

「にゃ~」

由梨を嘲笑うかのように黒猫が鳴く。
自由気ままな黒猫はビクビクする由梨を尻目に
奥の闇へと紛れて消えていった。

「ゴ、ゴメンなさい…」

由梨はパッと身を引き、顔を真っ赤にして謝る。
死ぬほど恥ずかしかった。

「大丈夫か?」
「う、うん…」

秀が微動だにせずクールに徹するから、
由梨はよけいに気まずい思いがした。

「亜樹ちゃん、怖いよぉ…」

直哉は不安そうに亜樹に身を寄せる。
その後ろを信太がついてゆく。

「亜樹ちゃん、そろそろ戻ったほうが…」

不安がる信太たち。亜樹はニヤリと笑う。

「まだ来たばっかじゃないか。
 もっと探検してみよーぜ!」

すると突然! 物陰から何かが飛び出してきた!!

「きゃあ!!」

よっぽど怖かったのか、直哉は思わず亜樹に抱き付いてしまう。

「にゃ~」

直哉を嘲笑うかのように黒猫が鳴く。
自由気ままな黒猫は亜樹にしがみつく直哉を尻目に
半開きのドアから廊下の方へ出ていった。

「いつまでくっついてんだよ!
 離れろよ、気持ち悪い!!」
「ゴ、ゴメンなさい…」

直哉はパッと身を引き、泣きそうな顔で謝る。
死ぬほど怖かった。佐田屋敷も亜樹も。

「お前、それでも男かぁ!?」
「ゴメンなさい…」

そんなふたりのやりとりを、
信太は不満そうな顔で見つめていた。

「ん… 何か聞こえないか?」
「や、やめてよ亜樹ちゃん!
 脅かさないで…」

直哉の泣きそうな声。まるで女の子のようだ。

「脅しじゃねえよ。聞こえないか?」

そう言って耳を澄ましてみる。
亜樹は背中に冷や汗が伝うのを感じた。

「ホントだ…」

信太の耳にも確かに聞こえる。
―――女の人のすり泣く声が。

「こっちのドアだ。」

ドアの向こうから泣き声が聞こえる…。
誰かいるのは間違いない。
亜樹はドアノブに手をかけた。

「亜樹ちゃん!
 開けないでぇ…」

直哉は目にいっぱい涙を溜めて、亜樹に懇願する。

「開けるぞ!」

―――ガチャッ!!

薄暗い部屋の中に…
女の人がいた。
顔を埋めて泣いていた。

裸の女の人が…。

亜樹はゴクリと息を呑む。
信太の心臓がバクバク言っている…、直哉は泡を吹いていた。

裸の女は声をあげて泣いていた。
しかし、こちらに気付くと…
顔を上げ、目を見開いてギロリと睨みつける!

「で、出たぁああー!!」

3人は一斉に叫び、我先にと逃げ出した。

「キャ―――!!」

亜樹も女の子らしい甲高い奇声をあげ、
必死に走った。

「うわー!!」

信太も叫びながら亜樹の後を追う。

「ふたりとも待ってぇ!!」

わんわん泣きながら直哉も必死に走る。

「亜樹!!」

突然、亜樹の肩を何者かが掴んだ!
心臓が止まる思いがした。
恐る恐る後ろを振り向くと、
微かな明かりに照らされてぼんやりと見えるその顔は…

「秀にぃ!!」

亜樹の肩を掴んだのは、
彼女たちを助けに来た彼女の兄だった。

「秀にぃ…秀にぃ…」

半泣きで兄にしがみつく亜樹を見て、
信太と直哉はホッと胸を撫で下ろした。

「ハッ!!」

亜樹は急に顔を真っ赤にして、
気まずそうに秀から離れる。

「秀にぃ… その人は?」

亜樹は秀の後ろにいる見知らぬ女に
冷たく鋭い視線を送る。

「同じクラスの長瀬だ。
 長瀬がお前らがここに入っていくのを見たって…」
「そうか。で、でもオレは助けてくれなんて言った覚えは…」

平静さを装う亜樹は、変に強がる。
でも、秀はクールだ。

「それより何があったんだ?」
「そ、そうだ!裸の幽霊が…」
「裸の幽霊…?」

秀が聞き返すと、信太と直哉も大きく頷いた。
本当に幽霊が…?
由梨の脳裏になんとも言えない不安が過ぎる。

「なんだ?最近は幽霊まで裸になりたがるのか?」
「秀にぃ…」

イジワルなことを言う兄に、妹は”信じてよぅ!”と目を見据える。

「大丈夫だ。ここには不良が屯してるって噂もある。
 その女もラギャルか何かだろ。」
「そ、そうか?」

兄のもっともな言葉に、亜樹は戸惑った。
そう言えば、あの幽霊には足があった気がする。

「とりあえずここから出よう。」

秀は妹の肩にそっと手を乗せた。
5人が佐田屋敷から出てくる。

「はぁー 怖かったぁ…」

信太は大きな溜め息をついた。
まったく、亜樹ちゃんのせいで酷い目に遭ったと。
直哉はまだ落ち着けていないが、
なんとか大丈夫のようだ。

「みんないるよね?」

由梨が見回すと、5人全員いるのが確認できた。
無事全員戻って来れてホッと一安心だ。

「秀にぃ…」

亜樹は普段とは似つかない声で兄に呼びかける。

「なんだ?」
「その…怒ってるのか?」

亜樹は上目遣いで兄を見つめる。
秀はそんな彼女を優しく抱き寄せた。

「別に怒ってないさ。
 でも心配したぞ。」
「ごめん…」

シュンとして俯く亜樹。
こうしているとまるで女の子のようだ。
――実際、女の子なのだが。

「もうこんなところに来るなよ。
 危ないからな。」
「うん…。」
「さ、帰るぞ。」

そう言って手を差し出す秀。
兄妹は手を繋いで微笑みあった。

「あ、長瀬もありがとうな。」
「え…う、うん。」

ふたりの睦まじい様子をぼんやりと眺めていた由梨は、
突然声をかけられて少し慌てた。
彼女は”家族”というものにあまり良い想い出がなかったから、
秀と亜樹の姿は小説のように儚く映る。

「お前ら、亜樹がワガママ言って悪かったな。」

亜樹の代わりに秀が信太と直哉に謝る。
亜樹は「こいつらに謝ることなんてない!」と言おうとしたが、
グッと堪えて言葉を呑んだ。

「こんなに遅くなって…親が心配してるだろ。
 家まで送るよ。」

直哉はなぜか顔を赤らめて目を逸らし、
信太はなぜかムスッとした顔をした。

「大丈夫です。自分で帰れますから。」
「そうか…。
 じゃあ、気をつけて帰れよ。」

秀と亜樹は手を繋いで帰っていった。
由梨ももう遅刻は免れないが、塾へと向かう。
信太と直哉はとぼとぼと夜の暗闇の中を歩いていた。

「亜樹ちゃんのお兄ちゃん…
 すごいかっこよかったなぁ…。」

直哉がポツリと零した一言。
秀を慕った一言に信太は食いついた。

「そう?僕は別にそうは思わないけど!」

すごい剣幕の信太を、直哉は不思議に思う。

「信太くん、なんか機嫌悪くない?」
「別にっ!!」

信太はあまり秀をよく思っていないようだ。
学校で亜樹が秀の話をするときも、彼はあまり良い顔をしない。

―――嫉妬しているのだ。

信太は、亜樹が好きだから。

「失礼します。」

職員室のドアが開かれ、生徒が入ってくる。
翔の机に来たので誰かと思って顔を見たら、
由梨だった。

「ん…長瀬、どうしたの?」
「当番日誌を…」

由梨は手に日誌を持っている。
そう言えば今日の日直は由梨だった。

「あ、はいはい。ご苦労様。」

翔は当番日誌を受け取る。

「ん…?」

ふと由梨を見ると、彼女はボケーッとして
その姿はどこか愁いを帯びていた。

「先生って、翔って名前なんですよね…」

由梨の口からポツリと出た一言。
“翔”という別に何の変哲もない、ありふれた名前…
“自由に大空を翔る鳥のように”と両親が付けてくれた名前…

「わたしの初めての人と、同じ名前…」
「…は!?」

由梨がうわ言のように言った一言は、
翔の耳にもしっかりと届いていた。
翔は呆気にとられた顔をしていた。

「あわわっ…な、なんでもないです!!
 失礼しましたっ!!」

ハッとして正気を取り戻した由梨は、
顔を真っ赤にして慌てて職員室から逃げていく。

「まったく…最近の女子高生は…」

自分も高校時代からやりまくりだったのに、
そんなことは忘れている。
まぁ由梨も普通の女の子なんだ。
翔はそう思って、別に気に留めていなかった。

由梨にとってその名が…
大空を翔ることを許さず、鳥籠の中に彼女を閉じ込める、
呪いの南京錠であることを―――

翔は気付いてあげられなかった。

少しずつ狂い出した運命の歯車…
ルールとか常識とかすべて脱ぎ捨てたいと欲する少女たち…
すべて異常気象のせいだと、先回りして諦めていた大人たち…
きっかけは結果を導き、結果はまたきっかけとなる。
世界はすべて、連鎖で成り立っているのだから。
そして、ついに悲劇のドミノが始まる。
今まで当たり前だった日常が、音を立てて崩れ去ってゆく…。
誰のせいでもない…
誰もが止めることができて、
誰も止めることのできない大きな流れ…
誰のせいでもない…
誰しもが牌のひとつでしかないのだから。
これはそんな巨大なドミノの、ほんの一部に過ぎない。

夕方――

下校時刻、小学生たちが舗道を歩いてゆく。
亜樹と信太と直哉は、今日も三人で帰る。

「亜樹ちゃんのお兄ちゃん、
 ホントかっこいいよねぇ。
 ウチ、憧れちゃうなぁ…」

夢見る少女のように瞳をキラキラさせる直哉。

「ヘッヘッヘッ…、そうだろ?」

亜樹は変な笑みを浮かべ、惚気る。
秀は亜樹にとって自慢の兄らしい。
和気藹々と話すふたりの横で
信太は相変わらず不貞腐れていた。

「じゃあな。」
「バイバーイ♪」

亜樹は信太や直哉とは家が違う方向なので、
途中でふたりと別れる。
ここからは信太と直哉のふたりきりだ。
異様な沈黙が続く。
信太は何か考え事でもしているのか、
難しい顔をして歩いている。
直哉はそんな信太の横顔をチラチラと見ては
溜め息をついた。

「どうしたの、信太くん。
 最近なんか…」
「直哉はさ、亜樹ちゃんのこと…
 どう思ってるの?」

直哉の言葉を遮るように、信太は言った。

「え…」
「どう思ってるって…」
「好きなの?」

まじまじと見つめてくる信太に、
直哉は思わず顔を赤らめた。

「え… それってどういう意味…?」
「僕さ、亜樹ちゃんが好きなんだ。
 もし直哉もそうだったら…」

少し俯き加減で信太は話す。
直哉もようやく信太の言いたいことが理解できた。

「ウチはそんな…好きとかそんな気持ちはないよ。
 普通の友達だよっ!」
「そ、そうなの?」

パッと明るい顔になった信太。

「うん。」

直哉も笑顔で頷いた。

「そっか…」

爽やかな顔で青空を見上げる。

「…僕さ、明日告るよ。」
「ホント!?頑張ってね。ウチ、応援してるよっ!」

直哉のエールに、信太は決意を秘めた表情で大きく頷いた。

「何だ、話って。」

翌日の帰り道のことである。
“亜樹ちゃんと話がある”と言って直哉を先に帰らせ、
信太と亜樹は近くの公園に寄った。

「どうした?」
「亜樹ちゃん…あの…その…」

至近距離でまじまじと見つめてくる亜樹に、
信太は思わず顔を赤らめ尻込みする。

「何だ?」

「僕、亜樹ちゃんのことが…、す… す…」

亜樹はポカーンとした顔だったが、
信太は恥ずかしさからか目を瞑っていたので
彼女の表情をうかがい知ることはなかった。

「す、好きなんだ!」

ついに言ってしまった…。
信太は心臓をバクバク言わせながら返事を待つ。

「ふーん…」
「…で?」
「亜樹ちゃんは僕のこと…」
――――僕のこと、好き?
「オレはガキには興味ないの。
 …年上の彼氏いるし。」

亜樹はサラリとそう言って、
ニヤけた笑みを浮かべた。
そこにいたのは、もう信太の知っている亜樹じゃなかった。

「え…」

信太は信じられない様子だった。
顔面蒼白で今にも泣き出しそうなほど。
小学生の恋愛なんて所詮こんなものなのかもしれないが、
それでも信太の淡い恋心は粉々に崩れ去っていた。
――――そして、逃げた。

「お、おいっ!信太!!」

亜樹はびっくりして目を丸くする。

「信太…」

何も言わずに走り去っていく信太の背中を見て、
さすがの亜樹も少し罪悪感を覚えていた。

「うわ… 今日も暑いなぁ…」

珍しくひとりで家へと帰る蓮。
今日は授業も早く終わって、奈津希とエッチするチャンスなのに…

「奈津希は塾か…、早く帰って宿題でもしようかな…。」

奈津希と一緒でなくても、考えているのはいつも彼女のことばかり。
奈津希と付き合いはじめて、もうすぐ一年。
記念に買ってくれとせがまれていた指輪は、もう用意してある。
安物だけど、バイト禁止のS高生にとっては痛い出費だった。
でも、奈津希を思えば何の其のである。

「ん…」

ふと目に留まった少年、小学生だろうか…。
腕で必死に目を擦りながら狂ったように走っている。
おいおい、前見ないで走ったら危ないよ…
そして、疾走する少年が交差点に飛び出した瞬間、
大型トラックが少年へと襲い掛かる!!
このままじゃ、あの子はトラックにひかれちゃう!!

「危ない!!」

蓮は思わず道路へ飛び出した!!

キイィィー!!

「ふぁあ~…
 まったく何で塾ってこんなに退屈なのよ。」

奈津希は「やっと終わったぁ」と伸びをする。
長時間塾にカンヅメにされ、
ようやく終わったと思えばもう夜遅くだ。

「奈津希ちゃん、帰ろ?」
「うん。 あ…」

由梨の鞄に目が留まる。

「由梨、そのキーホルダー可愛いね。」

鞄につけたキーホルダー。
可愛いペンギンのキーホルダーだ。

「ヘヘッ、矢吹くんから貰ったの。」

由梨は幸せそうに笑った。
佐田屋敷の一件のお礼に秀がくれたのだ。

「良い感じね」「そろそろ告られるかもよ?」なんて話しながら、

奈津希と由梨が塾から出てくる。
辺りはすっかり暗くなっていた。

「あ…、携帯、マナーモードのままだ…」

奈津希はポケットから携帯電話を取り出し、
電話やメールが来てないかチェックする。

「あ… 着信アリ…」

蓮からだ…どうしたのかな?
こんなに何回も…

「どうしたの?」
「ん… ちょっと待ってて。
 蓮に電話するから…」

蓮は奈津希が塾だということを知っているはずだから、
こんなに何度も電話してくるなんて、何か大事な用があるに違いない。

――――嫌な予感が胸を過ぎる。

奈津希はその場で蓮に電話をかけた。

「もしもし蓮? どうしたの?
 え…、あ、はい… はい… はい…」

最初勢いよく話しかけたのに、急に弱々しい声になった奈津希。

「え!?」

急に大声を出すから、隣にいた由梨はびっくりした。
奈津希の顔から察するに、何やら徒ならぬ事態のようだ。

「はい…、わかりました… すぐ行きます…」

奈津希は電話を終え、携帯をポケットに仕舞う。

「どうかした?」

と顔を覗き込む由梨の目をわざと逸らして、奈津希は平淡な口調で言った。

「ううん、何でもないわ。
 ちょっと用事が出来たから、今日はひとりで帰って。」

そういい終わるや否や、奈津希は通りかかったタクシーを止め、
それに飛び乗ってどこかへ行ってしまった。

「奈津希ちゃん… いったい何があったの…?」

呆然と立ち尽くすことしかできない由梨。
とにかく何か大変なことが起きたのは間違いなさそうだ。
仕方なく由梨はひとりで暗い夜道を帰ることにする。

「夜道にひとりは怖いなぁ…。」

まあ奈津希が塾をサボるときは結局ひとりで帰るのだから
別にいつものことではあるが、
夜でも煌々と明かりに照らされている駅前と違って、
街灯の少ない住宅街はひとりで歩くには少し怖い。
特に周りに家のない佐田屋敷の辺りなどは、
この暑い夜でも通るだけでひんやり涼しくなるほどだ。
そして由梨は、その佐田屋敷の一画に通りかかった。

「怖くない…怖くない…」

呪文を唱えるようにブツブツと呟きながら
その暗い道を歩いていると…
人とすれ違った。
すれ違いざまにビュッと冷たい張り詰めた空気がうなじを掠め、
由梨は思わず身震いする。
恐る恐る振り返ってその人を見ると、
その女性は… 全裸だった。

「キャ!ヘンタイ!!」

思わず声をあげてしまう由梨。
その声に気付いたのか、裸の女性は由梨の方に振り向いた。

月明かりに照らされた神秘的な裸体に、
由梨は完全に魅せられていた。
裸の女性は、その全てを包み隠すことなく由梨の前に晒す。
粉雪のように肌理細やかで真っ白な肌…
夜の闇に紛れるほどの漆黒の髪…
大きな乳房の突起は、ビンビンに勃起している。
恥毛は髪と同じ漆黒で、そこから太ももへと伝う愛液…
全裸に唯一身につけた十字架のネックレスが、
豊満な胸の胸元に煌いている。
由梨は頭がぼーっとし、めまいのようなものを覚えた。
彼女の…裸の女性の背中に、
この世のものとは思えないほどの美しい純白の羽が見える…。

フフッ…
    フフフフッ…
 フフフッ…
    フフフフッ…

天使たちの笑い声がする…。

「―――ハッ!?」

突然、我に返る由梨。
その瞬間、天使の羽は儚く舞い散って消えた。
由梨は急にガクガクと震えだす。
恐怖でしかなかった。
目の前の裸の女性…
彼女は女子高生。
しかも由梨のよく知る少女だった。

「…如月さん?」

恐る恐る彼女の顔を見る…。
彼女は妖しく笑みを浮かべると、背を向けてまた歩き出した。

「あんな格好で… どこへ行くんだろう…」

由梨は彼女の背中をぼんやりと見つめている。

如月 小夜子
やはり、彼女も…
  ―――――――露出狂か。

関わらない方が良い。
それはわかっているのに…
どうしても足が言う事を聞かなかった。
好奇心とか、そんなものじゃない。
一種の催眠みたいなもの…
頭がぼーっとして、
足が勝手に彼女のあとについていってしまう。

小夜子は夜の街を徘徊していた。
当てもなく、ただストリップのために。
愛液をポトポト落としながら…
すれ違う人に罵られながら…
ただただ、性欲の導くまま…
ただただ、胸の高鳴りに任せて…
そして、その後ろをつけてゆく由梨にも異変が…。
由梨は何となく、スカートの中に手を伸ばした。

「う、うそ…」

信じられなかった。
パンティがグッショリと濡れている…。

あそこが疼く。

由梨は顔を真っ赤にして、
悪夢を振り払うように首をブンブン振った。

夜の公園は、不気味なほどの静寂に包まれている。
小さな公園だ。
昼間子供たちが遊んだり、夕方中高生が下校途中に立ち寄ったり、
それ以外、他に誰かが来ることはほとんどない。
噴水すらないこの公園は、
デートスポットにも不良や暴走族の溜まり場にもならない。

『露出狂に注意』と書かれた古びた看板。

殴られたのか、少しへこみがある。

「あっ… んん…」

公園の暗闇の中で、
青年は少女との淫らなキスに酔い痴れる…。
ピクピクと怯える舌に、
自分の舌を優しく絡め愛してあげる。
唾液を混ぜあい、その甘味を味わう。
必死に抱き付いてくる少女…
そんな彼女の髪を、優しく撫でる。
ああ、愛おしい…
5歳も年下の少女、それもまだ小学生の少女を、
自分の意のままに犯す、この快楽…
居た堪れない…。

少女の服を脱がす。
バンザイをさせてTシャツを脱がすと、
まるで妹の着替えを手伝ってあげているだけの様…
でも、彼には淫猥な気持ちしかない。
もちろん、彼女も同意の上ではあるが。

「…にぃ…」

少女は顔を赤らめる。
露になった胸は、失礼な話
胸か背中かわからないほどだ。
でも、きちんと立派に勃起した桜色の乳首が、
乙女の乳房であることを教えてくれる。
この貧乳が、彼には堪らない…。

「そんな恥ずかしがるなよ。」

そう言って彼女の胸を優しく撫でる。

「ぁ…」

揉んでやると、甘い吐息が漏れた。
そのときの彼女の顔…
小学生とは思えない、なんとも色っぽい表情。
抑えられない衝動に駆られる。

「こっちも脱がすぞ。」

彼は少女のズボンとパンツを一気に下ろした。
誰が来るとも知らないこの公園の片隅で、
少女は愛しの彼に裸体を晒す。
月明かりに映し出された少女の裸は、
普段のそのボーイッシュな姿からは想像もできないほど
艶やかで魅惑的だった。

彼女は小学生…
しかもクラスでも第二次性徴が遅れている方である。
もちろん、陰毛など生えていない。
綺麗な割れ目が、あるだけである。

「亜樹…」

彼は少女の乳首に貪りついた。
しゃぶって、吸って、転がして…
少女がむず痒そうに喘ぐと、
その様子に彼は微笑んだ。

「ぁ… 気持ちいいよぉ… 秀にぃ…!」

秀と亜樹は、今宵も禁断の愛に溺れる…。

「秀にぃ…」
「亜樹…」
「秀にぃ… 好きだっ!」
「俺もだ。亜樹、愛してる。」

ふたりが道を踏み外してしまったのは、
もう一ヶ月以上も前のこと…

「秀にぃ、オレも一緒に入っていいだろ?」

のんびりと風呂に入っていた秀が
声に驚きそちらを見ると、
すっぽんぽんの亜樹が立っていた。

「え… え!?
 ダメに決まってるだろ!!」

予期せぬ妹の登場に、秀は慌てふためく。

「別にいいだろ?…兄妹なんだから。」

秀の言う事なんてちっとも聞かない亜樹は、
平然と風呂の中に入ってきた。
そして秀の浸かっているバスタブに、
無理やり割り込んで入ってくる。
なぜか兄妹肩を並べて湯船に浸かることになった。

いったい何なんだこれは…!?

亜樹は無言でお湯に浸かっている。
小学校六年生といったら、
実の兄妹でも一緒にお風呂に入るのを躊躇うお年頃だろう。
彼女のいつもの性格からすると、
もしかしたらそういう乙女心はまだ芽生えていないのかも知れないが…

見てはいけないと思いつつも、亜樹の方に目が行ってしまう…。
秀と目が合うと、亜樹はヘヘッと意味深な笑みを浮かべた。
―――ドキッとした。
普段クールな秀でも、その冷静さを保てずにいる。

…勃起してしまった。

秀は項垂れる。

亜樹に気付かれていないだろうか…
彼女がちょっと斜め下を向けば、欲情した肉棒が牙を剥く。
獲物を見つけた肉食獣のように涎を滴らせるのも、
もう時間の問題かもしれない。

「秀にぃ、背中洗ってやるよ。」

そう言って亜樹は秀の手を取り、湯船から引き出そうとする。

「お、おいっ!」

お湯から引き上げられた秀は、思わず赤面した。
ビンビンに勃起した兄のペニスを目の当たりにしても、
妹は顔色ひとつ変えず何も言わなかった。
秀を前に座らせ、ボディソープを付けたスポンジで
背中をゴシゴシ洗う。

「秀にぃ、背中おっきいなぁ。」

なんて言われたら、もう秀は激しい自己嫌悪に襲われた。
亜樹は兄とのスキンシップを、裸の付き合いをと、
そう思って風呂に入ってきたのかもしれない。
なのに自分は、そんな無垢な妹に欲情している…

―――――最低だ。

気付けば亜樹はいつの間にか、前を洗っていた。
秀の立派な胸板をゴシゴシと洗う。

「ま、前はいい!自分でやる!」

秀はハッとして、亜樹の手を掴んだ。

「遠慮するなって。
 下も洗ってやるぞ。」

亜樹は何を思ったか、
手にボディソープをたっぷり付け泡立てて
秀の股間を洗い始めた。

「あ、亜樹…!?」

勃起した肉棒を、直接手で優しく洗ってくれる妹。
無理やり止めさせようとすれば、止めさせられたはず。
でも秀にはできない。
秀の理性は、そこまで強くはなかった。
亜樹はその細い指で兄のペニスを愛撫し続ける。
睾丸を揉み揉みしたり…
陰毛を優しく洗ったり…
陰茎を扱いたり…
これは… どう見ても、どう考えても、

―――手コキだ。

小学生の亜樹がそんな事を知っているのかはわからないが…
でも、学校で性教育は受けたはずだから、
男性器を刺激することが何を意味するのか、
亜樹も知っているはずだ。

とすると、これは…

でも、もうそんな事はどうでも良かった。
妹に襲い掛からないようにと欲望を抑えこむだけで
もう精一杯だった。

「…こんなオレの裸でも、少しは興奮するか?」

秀はハッとした。
亜樹は自分の裸を見て兄が勃起したということに
気付いていたようだ。
それはそうだろう…
隣でお湯に浸かっている兄の丸見えの下半身が
いきなりムクッと起き上がったら、イヤでも目に付くだろう。
そして、兄が勃起した――その理由はひとつしかない。
亜樹はビンビンに勃起した兄の肉棒を見ても、何も言わなかった。
兄は自分の裸を見て勃起した。
もしその事実を拒絶したなら、
もう兄妹として、家族として、うまくやっていけないのかもしれない。
酷く兄を傷つけることになるかもしれない。
そう思って、何も言わなかったのだろう。
そして、その気まずさを紛らわすために…この行為。

『妹に欲情しても、それは仕方ないことだよね。
 勃起したおちんちんを見ても、
 わたしはお兄ちゃんを嫌いになったりしないよ?』

亜樹はこんなセリフを言うほど、妹妹した妹ではない。
だから、その代わりの手コキ。
そうに違いない。
秀の妄想は、そう結論付けた。
秀は項垂れた。亜樹に申し訳なかった。

「ごめん…、…兄として失格だよな。」
「そうだな。でも…」

突然の口付けに、秀は目を丸くする。
目を閉じた亜樹の可愛らしい顔…
唇に伝わる柔らかい感触…
妹は、兄に、キスをした。
両親が再婚して、一緒に暮らし始めたばかりの頃は、
亜樹は秀にとげとげしい態度で接していた。
秀を見るとなぜか鼓動が高鳴り、胸が苦しくなる…
そんな甘酸っぱい恋心は、亜樹にはまだ早すぎた。
自分の気持ちを理解できず、逆に兄を邪険にしてしまう。

だが、一緒に暮らしていくうちに
亜樹も薄々わかってきた。
自分は、秀に恋してるのだと。
そして、その気持ちを決定付けたのは、
秀の机の引き出しの中から見つけた”あるもの”たちである。
普通なら忌々しく思うべきそれを見つけたとき、
亜樹は思わず喜んでしまった。
そのとき、亜樹の中から

“オレが恋なんてするはずがない”
“相手は兄、いけないことなんだ”

そんなどうでもいいプライドやモラルは、完全に消え失せていた。

重ねた唇をこじ開け、
亜樹の舌が兄の口内に入ってくる…。

「あ、亜樹!?」

秀は驚き、思わず亜樹を突き放した。
亜樹は口元に垂れた唾液を、舌をペロッと出して舐めとる。

「別にいいだろ?オレたち、血は繋がってないんだ。」

そして、俯き加減でこう続けた。

「…やっぱオレじゃダメか?」

秀は胸がキュンとした。
それと同時にペニスがビクンッとするのが情けないが。
そのペニスが締め付けられるのも気にせずに、
いや、むしろわざと押し付けるように、
秀は亜樹を思いっきり抱き締めた。

「いや、お前が好きだ。初めて会ったときから…」

亜樹はハッとした顔で、恐る恐る秀を見上げる。
兄は優しく微笑んでくれた。

「秀にぃ…」

思わず涙ぐんでしまい、
溢れ出すそれを誤魔化すように秀に抱きついた。
兄妹は互いに包み隠すもののない格好で、
夢中で抱き締めあった。
妹は兄の胸に抱かれ、瞳から流れ出た雫は兄の汗と混ざる。

「…秀にぃって、ロリコンなんだろ?」

亜樹はぽろぽろと涙を零しながら笑った。
こんなに可愛い笑顔を見たことがない。

「机の引き出しに、そういう雑誌がたくさんあった。」

秀は苦笑いする。
隠し持っていた”夜のおかず”を見つけられ、
妹に自分の異常な性癖がバレていたなんて…

ロリータ・コンプレックス―――

秀は好きだった。
その童顔が。
その貧乳が。
その未成熟の幼い身体が…。

だけど彼は、それを頑なに隠し続けた。
好青年を演じ続けた。
もし、誰かに知られてしまったら…
これまで築きあげてきた”矢吹秀”という好青年が、
一瞬のうちに崩れ去ってしまうような気がしたから…。

「…嬉しかった。」

亜樹が呟いた一言に、秀はハッとする。

「もしかしたら、オレにもチャンスがあるんじゃないかって。」
「亜樹…」

兄妹は潤んだ瞳で見つめ合う。
愛おしい… 愛おしい… 愛おしい…
狂おしいほど欲情に駆られる…。

「続きはベッドで… 秀にぃ…」

亜樹は少し顔を赤く染め、背伸びして兄の唇に唇を重ねた。

「亜樹… 本当にいいのか?」
「ああ。」

こうして兄妹は、初夜を迎えたのだった…。

静寂を切り裂くように、少女の卑猥な嬌声が響く。
夜の公園は、兄妹の禁断の愛欲に満ち満ちていた…。

「秀にぃ…にぃっ!」

亜樹は顔をしかめ、敏感な部分への愛撫に耐えていた。
小学生の彼女には、この刺激はまだ早過ぎる。
亜樹のナカに侵入してきた兄の人差し指は、
淫猥な動きで彼女を苦しめる。
妹の悶える姿に、兄の胸は高鳴る。
興奮し、欲情し、はち切れんばかりに勃起した秀の肉棒は
ズボンの中に封印されたままではとても苦しそうだった。

「秀にぃ…あっ、んんぁ…気持ち…んあぅ…いいぞぉ…」

火照った顔は快感に歪み、言葉も絶え絶えになってくる。
それでも亜樹は強がって、兄の股間のモッコリと膨らんだ部分を
ズボンの上から優しく撫でて、こう言った。

「秀にぃ… ああっ…、も、もう我慢でき…ないんじゃ、ぁ…ないか?」

秀は亜樹の秘部から人差し指を抜き、その指をそのまま自分の口に運んだ。
べっとりと付いた愛おしい汁をペロリと舐めとると、その濃厚な味に酔い痴れる。

「挿れてほしいんなら、素直にそう言えよ。」
「なっ…! ち、違うっ!」

我慢できないのは亜樹の方だろうと。
図星をつかれ、亜樹は顔から火が出る思いだった。

「じゃあ挿れてほしくなったら言えよ?」

そう言って亜樹の頭をポンッと叩く秀。
亜樹はぷーっと頬を膨らませる。
兄は妹の股座に顔を埋めた。
秀はまだまだ焦らすつもりらしい。
発育途中の妹のカラダ…
ツルツルの秘部を舐めまわす。
ピクピクと可愛く反応する敏感なそれ。
クチュクチュといやらしい音をたてて、秀の舌が亜樹の秘部を弄ぶ。

「そろそろ良いんじゃないか?」
「秀にぃが挿れたくなったら挿れろよ。」

十分すぎるほど愛液塗れになっても、亜樹はまだ強情だった。
秀はクリトリスの皮を剥き、直接それを舐めようとする…

と、突然――――

「もうムリッ!!」

亜樹はプツンと糸が切れたかのように、秀を突き放した。
秀は軽く尻餅をつく。

「秀にぃ…ゴメン…
 その…さっきから…我慢してたんだけど…
 トイレ…」

内股でもじもじとする全裸の亜樹。
ついに我慢できなくなって”挿れて欲しい”と言うのかと思ったら、
我慢できないのはトイレだと言う。

本当だろうか…?

「トイレって… どっちだ?」
「…小さいほう。」

亜樹は恥ずかしそうに言った。
そわそわした感じが可愛らしい。
もう我慢できないけど”挿れて欲しい”なんて言えないから
苦肉の策でそんな嘘をついたのだろうか…?
どちらにせよ、秀にとっては無問題だ。

「小さいほうか…、なら平気だ。」

秀はそう一蹴して、再び妹の股座に顔を埋める。

「ちょ…!!ホ、ホントに漏れそうなんだっ!」

亜樹は喚きながら秀の頭を押しのけようとするが、
5歳も年上の兄の力には敵わない。

「おしっこ出ちゃうぅ!」

亜樹は強引に喰らいついてくる兄の頭をポカポカ殴り、
押し寄せる快感と尿意を必死に堪えている。

「出して気持ちよくなれよ。」

兄は容赦なくそんな卑劣なことを言うが、
たぶん本当に出すとは思っていないのだろう。
だが、現実問題、亜樹の尿意はもはや臨界点を突破する寸前。
小学6年生にもなってお漏らしだなんて、
プライドの高い亜樹には耐えられない。

「ホントに出そうなんだって!」

亜樹は形振りかまわずそう叫んだが、

「俺の顔にかけてもいいぞ。」

兄はそんな嘲笑混じりの冗談を言った。
そんな兄の言葉で頭に血が昇ったのか、

「おい、どけって!!」

亜樹は怒号とともに渾身の力で秀を突き飛ばした。

「うわぁ!!」

亜樹は最後の力を振り絞って、兄を突き飛ばした。
亜樹がぐずるから相当しがみついていたのだが、
それでも秀は大きく後ろに尻餅をつく。
火事場の馬鹿力とは言うものの、さすがにこれには秀も驚いた。

「イテテテ…」

秀がなんとか上体を起こし亜樹に目をやると、
彼女の体がプルプルと震えている…。

もう… ダメだ……

チョロチョロ…という可愛らしい音とともに、
黄金の汚水が綺麗な弧を描く。
亜樹は失禁してしまった。
兄の目の前で。
それも、全裸で。

「秀にぃ!見るなっ!…見ないでぇ!!」

相当我慢していたのだろう。
勢いよく吹き出てくるそれは、当分止まりそうにない。
亜樹自身もコントロールできないのか、
顔を真っ赤にしてブンブン首を横に振っている。
放物線を描いて地に堕ちてゆき、地面からビチビチと跳ね返る。
こうしてできた黄金の泉も、
やがて土に染みこんでゆき明日の朝までには消えるだろう。

鼻につくこの臭い…
おしっこの生暖かい感じ…

放尿というものにこんなに快感が伴うのだと、

亜樹は初めて知った。

絶頂を迎えたような感覚…

頭がボケーッとして、真っ白になって、

もう何も考えられない…

茫然自失の亜樹の残尿が滴る全裸は、
闇夜に溶ける異様な雰囲気を醸し出している。
秀は放心状態の妹に見とれて、その妖しい雰囲気に魅せられて、
亜樹にかける言葉を見失っていた。

終わった… オレ…

亜樹の身体は桜の花が儚く舞い散るように、
何の前触れもなく崩れ落ちてしまう。

「あ、亜樹!?」

しゃがみこんでしまった妹を心配し、
秀は慌てて彼女に駆け寄った。
そのすぐ横では、黄金の水溜りが異臭を漂わせている。

「秀にぃ…、オレのこと、嫌いにならないで…」

亜樹は涙ながらに訴えた。
秀は上目遣いのその潤んだ瞳に、クラッと逝きそうだ。

「嫌いになんてならないさ。」

秀は亜樹の肩にそっと手を置いた。
亜樹はハッとして顔を見上げる。
ポカンと開いた無防備な亜樹の口…
秀はその口に口付けをし、舌伝いに”愛してるよ”と想いを流し込む。

秀の舌は亜樹の舌に絡みつき、亜樹はもうされるがまま…
キスの味に酔い痴れ、蕩けてしまいそう…。
名残惜しそうに唇が離れる。
キスを終えても、唇と唇の距離は数センチもない。
そんな距離でふたりは見つめ合い、
互いの瞳に吸い込まれそうになる…。
そんな距離で秀は、甘い甘い声で囁いた。

「亜樹がおしっこする姿、すごく可愛かったぞ。」
「なっ…」

亜樹が顔を真っ赤にした瞬間、秀は亜樹に襲い掛かる。
亜樹は押し倒され、お尻にひんやりとした感触が伝わる。
兄はおしっこまみれの妹のあそこに喰らいついた。
尿道口を貪る秀。
ツンとくる臭いと、ほろ苦くてしょっぱい味…
愛液とはまた違う、何とも言えない味に病みつきになりそうだ。

「亜樹のおしっこ、美味しいぞ。」
「バカ…」

亜樹は”そんなの嘘に決まってる”と。
でもそれでも嘘をついてくれる兄が愛おしくて、
トイレットペーパーの代わりに
尿を舐めとってくれる変態の頭を優しく撫でた。

「秀にぃお前… ホントにヘンタイだな。」

亜樹は股座に貪りつき尿と愛液のブレンドを味わう兄に、
涙声で侮蔑的な言葉を浴びせる。

「まぁ、そういうトコ、嫌いじゃないけどな。」

目に涙をいっぱい溜めながら、強がってみせる亜樹。
そんな亜樹が、可愛かった。
兄は妹の股間を責め続ける。
もう尿の味はしない。いつもの愛の蜜だ。
放尿した快感も相俟ってか、
亜樹のカラダはいつも以上に敏感になっていた。

「あぅ…ああっ んんぁ…」

快感に体をくねらせ、幼いカラダから妖艶さを放つ。

「秀にぃ… そろそろ挿れ…、……!!」

ようやく素直におねだりを始めたかと思うと
突然言葉を詰まらせた亜樹。

「どうした?」

秀が亜樹の顔を見上げると、
彼女は驚愕した様子でただ前を向いていた。

「秀にぃ、後ろ…」

亜樹が呟いた一言で、秀はハッとした。
もしかしたら、最悪の事態が起こっているのではないか…
青姦のリスクは秀も亜樹も承知している。
誰かに見つかったらすぐに走って逃げようと、事前に決めていた。
亜樹はそんなことすら忘れて固まっている。
よっぽどマズイ相手と鉢合わせしてしまったのか…。

恐る恐る後ろを振り返ってみると…

大人の女には全く興味のないロリコンの秀でさえ
思わず見とれてしまうほどの美しい女性が立っていた。
それも、一糸纏わぬあられもない姿で…。

月明かりに照らされた神秘的な裸体。
絹のように肌理細やかで真っ白な肌…
魔女に仕える鴉の羽の如き漆黒の髪…

大きな乳房の突起は、興奮し赤く勃起している。
陰毛は髪と同じ漆黒で、
自慰をしながら歩いてきたのではと疑うくらい
滝のように愛液が流れ出ていた。
胸元を飾る十字架のネックレスが、
妖艶な雰囲気を醸し出している。
お、お前は――――!!

「…き、如月!!」

小夜子の右腕は艶やかに秀のもとへと伸びてゆき、
たじろぐ秀を誘惑するかのように、彼のあご下に触れた。

「あら矢吹くん。こんなところで会うなんて、奇遇ね。」

教室で話すときよりも更に官能的な声色だ。
瞬き一つできないほどに硬直している兄を見かねて、
亜樹が小夜子と秀の間に割って入った。

「お姉さん、露出狂なの?」
「ええ。ラギャルっていうのよ。」

小夜子は妖しく微笑む。

互いに全裸で見つめ合う小夜子と亜樹。
この光景を誰かが見れば、
ふたりはそういう関係なのかと勘繰られてしまいそう。
膨よかな乳房と、未成熟の貧乳…
どちらも乳頭が充血し勃起している。
漆黒の陰毛に覆われた秘部と、包む隠すもののない割れ目…
どちらも淫猥な汁で満ち満ちている。
全裸の小夜子と、全裸の亜樹…
ふたりは違うカラダで、同じ妖艶さを醸し出していた。

「ラギャルかぁ… カッコイイなぁ。
 オレもやってみようかな…」

亜樹は暢気にもそんなことを口走っていた。
彼女も完全に、小夜子の魔力に魅せられている。
彼女たちの世界に引きずり込まれてしまいそう…。

「このことは皆には…」

やっとのことで口を開いた秀は、
今見たことを口外しないでくれと懇願する。
この禁断の愛や自分の性癖のことが
明るみに出るのは何としても防ぎたい。

「わかってるわ。お互い様だもの。」

何か含みを持たせるような小夜子の笑みに、
普段はクールな秀も不安を隠しきれなかった。

ボトンッ―――

と、何かが地面に落ちるような音がした。

「誰!?」

小夜子の顔から笑みが消え、
振り返りざまに鋭い視線が向けられる。

「ひぃっ!!」

物陰に隠れていた少女はあまりの恐怖に声を裏返す。
事の一部始終を目撃していた彼女は
あまりのショックに茫然としていたが、
不意に手の力が抜けて持っていた鞄を落としてしまったのだ。

「誰かいるのか!?」

秀の声が聞こえる。
あれほど恋焦がれていた声が、今は呪わしい。

「もうイヤ…」

少女は意を決して物陰から飛び出て、
彼らに目もくれず一目散に走り去った。

「男って、みんな最低よ!!」

と叫びながら号泣して走り去ってゆく背中を、
亜樹はポカンとした表情で、
小夜子は妖しく微笑みながら眺めていた。

「ん… あれは…」

秀は彼女がいた場所に何かが落ちているのを見つける。
そこに落ちていたのは彼女の鞄。
キーホルダーのペンギンが、
物悲しそうな表情で秀を見つめていた…。

『大槻蓮が交通事故に遭った』

担任の翔にその連絡が来たのは、
ちょうど遅めの夕食をとっているときだった。
もはや通例となった裸エプロンで尽してくれる愛妻をほっぽって、
翔は夕食も食べかけのまま、慌てて病院へと向かってしまう。
美優は少しムッとしたが、
翔の表情から徒ならぬ事態なのだと察し、何も言わなかった。

「大槻!」

翔の声が病院の廊下に響き渡る。
もう夜中なので人は疎らで、
恐らく同じように緊急の患者かその関係者だろう。
彼らは翔を一瞥すると、また浮かない表情に戻った。

「す、すいません…」

病院内だというのに
思わず大声をあげてしまったことに翔は恥じ入る。

「緒方先生…」

品の良い小母さんが翔に近寄ってきた。

「蓮くんのお母さん…
 あの、蓮くんは…?」

蓮の母親は翔の母親と年齢もそう変わらない。
翔は実母にすがるような面持ちで話しかけた。
しかし…

翔の質問に彼女は静かに首を横に振る。

「手術は終わりましたけど…
 今夜が山だそうです…。」
「そ、そんな…」

翔は目の前が真っ暗になる。
隔離された集中治療室の前の廊下で、
蓮の彼女が泣いていた。
椅子に座りがっくりと肩を落とし俯いている姿は、
普段の少女を知る者なら目を疑うほどの気落ちぶりである。

「先生か…」

翔に向けられた目は、もう真っ赤に充血していた。
翔は彼女に何と声をかけていいのかわからない。
繊細な硝子細工のように、
ちょっと触れるだけで脆く崩れてしまうんじゃないか…
そう不安になるほど、今の奈津希はぼろぼろだった。

「意識不明の重体なんだって…。」

ポツリと呟く奈津希の声は、
別人のように弱く、か細い声だった。

「バカだよね。
 車にひかれそうになった小学生を守ろうとしたんだって。」
「運動神経鈍いクセにカッコつけちゃってさ。」
「あたし、実は…
 蓮のコト、けっこう本気だったんだけどなぁ…」
「これからも、ずっとずっと一緒にいてさ…
 いつか結婚して…
 先生みたいにラブラブな新婚生活送って…」
「子供は女の子がいいなぁ…
 あたしと蓮の子なら、きっとすごく可愛いよ…」
「それでその子が成長してさ…
 お嫁に行くときなんて、きっと蓮は泣いちゃうんだよ…」
「孫も生まれて…
 そしたらあたしたち、おじいちゃんとおばあちゃんだよ?
 でも、そんな歳になっても
 あたしと蓮はずっとラブラブなんだよ…」
「蓮… 大好きだよ…」
「だから、蓮… 死なないで…」
「栗原…」

翔は彼女の震える肩にポンッと手を乗せる。

「せんせぇー!!」

奈津希は泣きじゃくる子供のように翔に抱き付いた。
もう枯れたと思っていた涙が、また溢れてくる。
奈津希は翔の腕の中で、
いつまでも…いつまでも… 泣いていた。

奈津希は呆然としていた。
涙の枯れた瞳に映るのは、閉ざされた病室の灰色…
蓮の命の灯火が揺らめいては、今にも消えてしまいそう…
意気消沈の奈津希を眺めながら、蓮の母親は翔に語る。

「蓮は家でもいつも奈津希奈津希って…。
 蓮のためにあんなに泣いてくれて…
 あの子は幸せだわ。」

母親の微笑みはすべてを悟っているかのようだ…。
蓮は若くして最愛の伴侶を見つけた。
それだけで十分だった。

「先生、申し訳ないですけど、
 あの子を家まで送って行ってもらえません?
 連絡はしてありますけど、
 ご両親が心配するといけないですから。」

もう夜中の十二時を回っている。
彼女の言うとおり、奈津希を家まで送って帰ることにした。

「嫌だっ!! ここにいる!!」

当然、奈津希はそう言った。
奈津希の気持ちは痛いほどわかる。
もし自分が…
美優が蓮のように生死の境を彷徨っているとしたなら…
でも、翔は教師だ。

「ダメだよ。先生と一緒に帰ろう?」

翔は奈津希を優しく諭した。

「あ… 奈津希ちゃん。」

蓮の母親が彼女を呼び止める。
奈津希は俯いていた顔を上げ、
何処となく愛しい人に似ているその顔を見つめた。

「これ…」

蓮の母は奈津希の手を取り、何かを手渡した。
その瞬間、奈津希の目から大粒の涙が零れる。

「蓮の机の上にあったの…」

翔は奈津希を連れてタクシーに乗った。
奈津希にかける言葉が見つからない…。
彼女は終始無言で、項垂れていた。
蓮の母親から手渡されたのは、指輪だった。
買って買ってとねだってはみたけれど、
こんな高価なものを本当に買ってくれるだなんて思ってなかった。
ただ… 蓮の困った顔が見たかっただけなのに…。
指輪と共に箱に入っていたメッセージカード。
そこに書かれていたのは、愛の囁き…。

 Dear奈津希

     愛  し  て  る

「バカ…」
そう呟いて、指輪をギュッと握り締めた。
“愛してる”なんてカッコつけた言葉、
一度も言ったことないクセに…。
タクシーのラジオから流れる美しいMelody…
奈津希の心を癒すことはできなくても、
“泣いてもいいんだよ”と優しく微笑んでくれる。
そんな不器用なところが、蓮の笑顔とそっくりだった。

  あんなに離れてた
  小さなキミの背が
  大きく見えるのは
  不思議ね すぐ側にいるんだから

  でも触れられないと
  不安になるばかりで
  愛するキミの 震える手で
  ボクの鼓動 感じてほしい

  SinceourStart
  ForeverLove 永遠(とわ)に
  刻み続けることでしょう
  心地好い胸の高鳴り
  ふと恋しくなった瞬間(とき) 耳寄せる

  IwannabeLoved
  あなたとずっと
  このままふたりはeternally
  信じて疑わなかった
  愛しい人と
  ふたりで刻むIknowrhythmWow

『遅くなりそうだから、先に寝てて』

翔から送られてきたそんな飾り気のないメールを閉じると、
携帯の画面に写ったのはふたりのラブラブな写真…。
美優は待ち受け画面の翔を見つめ溜め息をつく。

「翔… どうしたのかな…」

電話を切るなり慌てて飛び出していった翔は、
美優に何の事情も説明していなかった。
電話にも出ないし、メールを打ってもなかなか返事が来ない。
ようやく返事が来たかと思うと、こんな短く素っ気無い文章だった。

“よっぽどのことがあったに違いない”

という翔への厚い信頼と、

“あたしのコトを一番に考えてくれなきゃイヤ”

というジェラシーが葛藤する。
美優は愛されたい願望が強い。

「眠れない…」

美優はベッドに入って数時間、ずっと悶々としていた。

「あ~もうイヤッ!!」

突然美優は大声を出しベッドから飛び出て、
可愛らしいピンクのパジャマを脱ぎ捨てた。
露になる豊満な胸とセクシーなくびれ、
そしてフェロモンたっぷりの恥毛…
なぜかブラやパンツははじめから身に付けていなかった。

「まったく…
 翔のせいで裸で寝るのに慣れ過ぎたのよ!」

全裸になった美優は再びベッドに横になり、
せいせいと腕を広げて大きく息をする。

「ふぅ…やっぱこれね。」

とスッキリした表情を浮かべた。
でも体がスッキリしたところで
モヤモヤした感じは拭い去れない…。

「翔…」
「………」

気付けば美優は、自分でも知らず知らずのうちに
右手を股間に伸ばしていた。

「……んぁ…」

別にこんなことをするために、裸になったわけじゃないのに…
そうは思いつつも、慣れた手つきで秘部を弄ぶ右手を
なかなか止めることができない。
一度はじめてしまうと、途中で止めるのは難しいらしい。
誰に見られているわけでもないのに、
美優は顔を赤く染めて自慰に耽っていた。

右手が秘部を弄繰り回している間、
左手は張りのある豊満な乳房と戯れていた。
両手が激しく活動する一方で、
顔は天井を見つめ、ぼんやりとした表情を浮かべている。

「一人でするのなんて、すっごい久しぶりな気がする…」

それはそうだろう。
結婚して以来、翔とのセックスを欠かしたことはほとんどない。
せいぜい美優が生理のときとか、そのくらいだろう。
そういうときだって、美優は翔のペニスを手で扱いてあげたし、
お願いされればフェラチオだってしてあげた。

「翔… あんたのせいであたし…
 こんなにエッチになっちゃったわ…」

自分で自分の体を犯しながら、その責任を翔に押し付ける美優。
心なしか表情が色っぽくなってきたのは、
だんだん気持ちよくなってきた証拠だろう。

「うぅ… 翔のを挿れてほしいなぁ…」

指でヴァギナをグチャグチャに掻き乱しながら、
愛する人の肉棒を恋しく想う。

「こんな姿見られたら、嫌われちゃうかな…」

嫌われるだろうな…。

「ゴメンね、翔…」

美優は虚しさと罪悪感を感じながらも、
それを払拭するように自慰を続ける。

「あん… 気持ちいぃ…」

…でも、この虚しい感じはなに?
翔とのセックスの、あの幸福感とは程遠い…

「んぁあ… ぁあっ! ぅんあ…」

翔… お願い…
あたしを犯して…
骨の髄までムチャクチャに犯されたい…
翔の肉棒であたしのイヤラシイカラダを掻き乱してほしい…
翔に犯されるのが幸せ…
翔に犯されるのが気持ちいい…

「翔… しょお… しょお!!」

翔に犯されるのが…

    ―――――あたしの生きがいなのっ!!

「ただいま~…」

小声で呟く翔の声が、静まり返った廊下に響く。
最近は帰宅すると裸エプロンの美優が出迎えてくれるのが
もはや日課になっていたが、
今日はずいぶんと寂しい帰宅である。

「美優、もう寝てるかな…」

ずいぶんと遅くなってしまった。もう夜中の2時に近い…。
もう美優は寝ているかもしれないから、
翔は廊下の電気もつけず月明かりを頼りに
できるだけ音をたてないよう忍び足で歩いた。

「ん?」

寝室から僅かな灯りが漏れている。
いつも夜の営みをするときにつける淡い色の灯り…
美優はまだ起きているみたいだ。
部屋の中から微かに声が聞こえる。

「翔… しょお… しょお!!」
「ん? なに?」

自分の名を呼ぶ声に、
間抜けな返事をしながらドアを開いた。

「翔… しょお… しょお!!」
「ん? なに?」

急に開いたドアから、ひょっこりと顔を覗かせる翔。

「キャッ!!」

慌ててあそこから指を引き抜く。

――――――…見られた。 確実に!!

「…帰ってたの?」

美優はピクピクと顔を引き攣らせて聞く。
「今帰ってきたんだけど…」
 なに…やってるの…?」

顔を紅潮させた素っ裸の妻を見て、翔は冷や汗を垂らした。
こういうことをしているシーンを目撃したことはこれまでなかったし、
美優がこういうことをするという話は聞いたことがなかった。

「…み、見ればわかるでしょ。オナニーよっ!!」

顔を真っ赤にしながらも威勢良く言い放つのが何とも美優らしいが、
恥ずかしいときほどこういう言い方をする美優のクセを
翔はよく知っている。

「へー… 美優もオナニーとかするんだね。」

翔は努めて平静を装う。
今すぐにでも襲い掛かりたいところだが、
それではあまりにも勿体無い。

「しちゃ悪い!?」

美優はヤケになってそう吐き捨てた。
プイッとそっぽを向いた美優は暫く黙っていた。
頬を膨らませて不機嫌そうにも見えるが、
頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうにも見える。

「…ひいた?」

数十秒の沈黙の後、
美優の口から恐る恐る出たのはそんな言葉だった。
嫌われたんじゃないかとビクつく美優が、あまりにも可愛い。

「いや、全然。」

あたりまえだ。
こんなことでふたりの愛が冷めるようなことはありえない。
というか翔はむしろ喜んでいる。
美優の意外な一面を見れて…
そしてまたエッチなイジワルができる…

「っていうか…、どうぞ、続けて。」
「なっ…、なにバカなコト言ってんのよ!!」

美優は翔の一言に顔を真っ赤にして怒鳴った。
“続けて”って…
目の前であたしにオナニーさせる気なの!?
案の定、翔は嬉々とした様子で美優の裸体を眺めている。
もう翔は、愛する若妻のマスターベーションを
観賞する気満々なのである。
ベッドの上で全裸で膝を抱える美優に
翔は舐めまわすような視線を向けていた。
そんな見つめられると… あたし…

「ぅ…んぁ…」

淡い灯りが美優の一糸纏わぬ姿を照らす。
ベッドの上に座る美優は、
愛憎相半ばする翔に全てを晒していた。
紅潮した頬…
視点の定まらない瞳…
豊満な乳房…
赤く勃起した乳頭…
少し涙ぐんでいるようにも見える彼女は、
スケベな視線で自分を見つめている翔のために
自慰をしていた。

「ぁあっ… んぁあ…」

愛液に塗れたヴァギナを右手が犯し、
左手は敏感なクリトリスを弄ぶ。
そんな卑猥な姿に、突き刺さるような視線を送る彼…
その視線が、
痛くて…
熱くて…
そして、どうしようもなく
気持ちいい…

「もっとよく見せてよ。」

翔は美優の股間を覗きこむ。
いつも自分が犯しているその領域を、今日は彼女自身が犯している。
そのあまりにいやらしい光景に、
翔の肉棒ははち切れんばかりに勃起していた。

「翔なんか、ダイッキライ!!」

顔を真っ赤にしてそう怒鳴った美優は、
いやらしい部分を翔によく見てもらえるよう足を大きく広げた。
言葉とは裏腹の行動をする美優が、
もう可愛くって可愛くって仕方がない。
翔は美優が自ら広げた両膝に手を当てて、更に大きく広げさせた。
そしてその股の間に顔を埋める…。
目の前に迫る美優の秘部…
翔は鼻息が陰唇にかかるくらいの距離で
愛おしい淫らな唇を見つめる。
女の匂いが… いやらしい臭いが…
翔の頭をぽーっとさせる。

「可愛いよ、美優…
 とってもエッチで… 興奮する…。」
「イヤ…」

イヤ…
恥ずかしくって… 死んじゃいそう…
イジワルばっかする翔… ムカつく…
なのに… どうして…?
翔に見られながらだと、
どうしてこんなに… 気持ちいいの!?

「ぁあんっ! んぁあ…んぁ…」

美優は自分で陰唇を大きく広げ、
翔にナカまでしっかり見えるようにしてオナニーをしている。
なんて淫猥な姿なんだ…。

「翔… もっと見てぇ!!」

彼女は完全にエムのスイッチが入っていた。
自分で自分のキャラを保てないくらい…。
美優のあまりの淫乱ぶりに、
見ている翔も顔が真っ赤になってしまった。

「美優…」

翔はおもむろに立ち上がり、服を脱ぎ始めた。
トランクス一枚の姿になると、
そのテントの中に住まう獣が垂らした涎が
染みをつくっているのがわかる。

「しょお…」

それすら脱ぎ捨て全裸になると、
美優はその翔の裸体を眺めながら妄想を膨らませ、
より興奮し、指の動きを激しくした。

「しょお… ああっ…」

翔の肉棒を愛おしそうに眺めながら、
美優はひたすら自慰に耽る。
そんな彼女の淫らな姿を見つめる翔は
今すぐにでも襲い掛かりたい衝動に駆られるが、
何とかその衝動を押さえ込んでゴクンッと唾を飲んだ。

「…僕もするね。」

なんと、翔も美優に見せ付けるかのように、
自らの手で自分の肉棒を扱きだしたのだった。

美優のオナニーを見るのは初めてだった。
昔、美優に手コキをされながら
”あたしの裸とか想像しながらこういうことしてるの?”
なんてからかわれたことがあったが、
美優も同じなんだ…
美優も僕のこと考えながらオナニーしてたんだ…
そう思うと翔は居ても立っても居られなかった。

「我慢…んん…できなくぅ…なっちゃったのぉ?
 ぁあっ… 情けないわね…んぁあ…」

自分でペニスを扱きだした翔を見て、
美優は壊れそうな笑みを浮かべる。

「ごめん…
 美優があんまり可愛いから… 興奮しちゃって…」
「フフッ んぁ…嬉しい…」

自分のいやらしい姿を見て翔が興奮してくれることが、
美優にとってはこの上ない幸せだった。

「翔のオナニィ…あっ…んん…
 激しいっ…んぁ…わね…」

はじめて見る翔のオナニーに、
美優も鼻息を荒くして興奮している。
ふたりは互いを想いながら自慰に耽っていた…。

「僕たちってすごいエッチな夫婦だね…」
「オ、オナニー…見せ合うなんて…んぁあ…
 もぅただのヘンタイよっ! ああっ…」

互いに互いのオナニーをおかずにオナニーをする。
互いに相手に恥ずかしい部分を見せ合って、興奮を高め合う。
変な話、セックスよりも興奮する…。
ふたりはそんなパラドックスに酔い痴れていた。

「僕、もう出そうだよ…」
「あたしも…んぁあ…もう限界かもぉ…」
「イクぅ…しょお、あたしイクよぉおっ!!」

頭が真っ白になるような絶頂感の後…

「はぁ… はぁ…」

快感が体中に染み渡ってゆく。
秘部から溢れ出した泉がシーツに染み渡ってゆく。

気持ちいい…――――

翔も逝ったかな…?

「…翔?」

美優が項垂れた顔をあげた次の瞬間!!

ビュッ ビュッ ビュッ!!

化粧をしなくても十分すぎるくらい美しい顔立ちの美優の顔に、
翔の熱いザーメンが飛び散った。
翔はもう、スッキリ爽快♪♪
美優曰く可愛い翔の逝く瞬間の顔は、
いつにも増してムダに輝いていた。

「…ちょっとぉ!?」
「あ、ご、ごめん!!」

顔を真っ赤にして怒る精液塗れの美優に、翔は慌てて謝った。
いつもエッチのときは翔のペースになることが多いが、
それはあくまでもエッチのときに限った話である。

「………」
「………」

美優は無言で翔を睨みながらティッシュを取って、
顔にかかった精液を拭き取る。
翔は苦笑いしてその様子を見ていた。

「………」
「………」

ふたりの間に変な沈黙が流れたあと…

「………プッ あははははっ」

思わず吹き出してしまうふたり。
オナニーを見せ合うなんて…
冷静になって考えてみると、
もう恥ずかしいを通り越して、何だか可笑しくて笑えてくる。

「あはははっ バッカじゃないの?」

美優は自分にオナニーを見せ付けてきたダンナを嘲笑う。

「はははっ
 美優だって、”もっと見てぇ”とか言ってたよ?」

翔も股をおっぴろげて喘いでいた美優を笑った。

「ヘヘヘッ
 ちょっと盛り上がりすぎちゃったわね、
 恥ずかしい…」
「でも可愛かったよ。」

恥ずかしがる美優も可愛いけど、
恥を捨てて乱れまくる美優もムチャクチャ可愛かった。
心のどこかでやっぱり恥を捨て切れてないのか、
壊れかけのあの表情がまた堪らないんだ。

「あはははっ」
「はははっ」

ふたりは大声で笑い合う。
エッチしまくることを前提で借りた部屋だ、
防音設備がしっかりしていて
真夜中に大声を出してもたぶん大丈夫だろう。
よくわからないけど、
何だか可笑しくって可笑しくって…
笑いすぎてお腹が苦しくなるくらいだ。
今日一日の嫌な出来事を忘れるくらい笑った。
突きつけられた現実から逃れるように…

「ふぅ…」

笑い疲れて漏らした溜め息。
翔の顔に浮き出た一瞬の憂いを、美優は見逃さなかった。

「…何かあった?」

美優は大きな綺麗な瞳で翔を見つめる。

「………」
「…あたしが癒してあげるわ。」

美優は翔を胸に抱き、聖母のように慈しむ。
いつの日も美優は、美しく優しかった…

秋という季節は、人々の記憶から失われつつある。
このまま永遠に蒸し暑い季節が続いていくのではないかと、
誰もが危惧していた。
諸外国でも異常気象が続き、
世界規模の問題になっているらしい。
早急に対策を練らなければ、
いずれ大変なことになるかもしれない。
でもこの地に生きる人々は、
今、目の前にある現実を生きていくだけで精一杯だった。

「この度は… ご愁傷様でした…。」

深々と頭を下げた翔の目から、涙が零れ地を濡らす。
結局何もできなかった…
自分の無力さに心がズキズキと痛む。
この日、大槻蓮の葬儀がしめやかに執り行われた。
弔問客の中にはS高の生徒たちも多かった。
淡々と続く読経の中、
そこ彼処からすすり泣く声が聞こえる。
故人を悼む声は、彼の耳に届いているだろうか…。

棺に納められた蓮の遺体…

端整な目鼻立ちの蓮の顔は
とても安らかで、眠っているかのようだ。
でも、その瞼は二度と開くことはない。
相変わらず奈津希は放心状態だった。
他の同級生たちが泣いている中、彼女は涙ひとつ見せなかった。
蓮と同じような顔色をしていて、立っているだけでやっとのよう…。
そんな親友を由梨は心配そうに眺めていた。
蓮の棺に納められた美しい弔花を見て、
由梨は佐田屋敷の庭に咲いていた菊を思い出す。
秀もこの葬儀に参列しているのだろうか…。
彼とはあれ以来口を利いていない。

もう… 顔も見たくない…。

「あの… お母さん…」

この日初めて奈津希が口を開いた。
蓮の母親に話しかけたのだ。

「…キスしてもいいですか?」
「ええ。蓮もきっと喜ぶわ…。」

哀愁漂う母の微笑み…
彼女は奈津希を愛娘のように優しく見つめている。
奈津希は蓮に、最後のキスをした…。

「蓮… さよなら…」

____________________________________________________________

「…キスしてもいいですか?」
「ええ。蓮もきっと喜ぶわ…。」

奈津希の唇が、蓮のそれと重なる…。

「蓮… さよなら…」
「奈津希」
「え…」

もう二度と聞けないと思っていたその声…
奈津希は思わず振り返る。

「う、うそ!?」

そこには、蓮が立っていた。
奈津希は目をパチパチさせ、口をあわあわさせ、
相当ショックを受けていた。
そんな奈津希を、蓮は思いっきり抱き締める…。

「奈津希のキスで、目が覚めたんだ。」

蓮は奈津希から離れると、
決意を秘めた表情で母親に言った。

「母さん…、僕、奈津希と結婚するよ。」

呆然としている奈津希に、
次々に「おめでとう」と声をかけてくる友人たち。
鳴り止まぬ拍手の中で、
奈津希は「あ、ありがとう…」と返事をした。
事態が呑み込めない奈津希…
でも、隣に蓮がいて…笑っている…
それだけで、十分だった。

「蓮のバカ…。あたしがどれだけ悲しんだと思ってるのよ!!」

と叫んでみたりする。
蓮は「ご、ごめん…」と頭を掻いた。
そんな当たり前だったやりとりに、幸せが溢れている。

「蓮!!」

奈津希は思わず蓮に抱きつこうとした。
彼女の目から、涙が零れ出す。

しかし無情にも…

抱きついた瞬間、蓮の姿は儚く消えた…。

ひとり取り残された奈津希は、

混沌とした闇の中でポツリと呟く。

「そっか…。
 あんた、死んだんだよね…。」
「――――――夢…か…」

気付けば奈津希はベッドの上にいた。
蓮の葬式から、もう3日くらい経つだろうか…
あれからほとんど何も口にしていない。
ずっと自分の部屋に閉じこもったきりだ…。

「そりゃそうよね…」

幸せな悪夢から覚めた奈津希は、ぼろぼろと泣いていた。
いっそあのまま夢が覚めなければ良かったのに…
最後のキス…
蓮の唇は驚くほど冷たかった。
残されたのは、虚無感だけ…
奈津希はパジャマ姿のままベランダに出てみた。
昼下がりの太陽が眩しい…
彼女の家は貧乏だ。
狭くてぼろいアパートの二階…

「ここから飛び降りても…
 とても死ねそうにないわね…」

少女は、空を見ていた。
何の意味もなく、ただボーっと…。

「蒼い空に…雲は流れ…かぁ…。」

あの一件以来、信太は学校を休んでいる。
トラックにひかれそうになったとき
偶然通りかかった高校生が咄嗟にかばってくれたので
ケガは軽傷だったのだが、
その高校生が帰らぬ人となってしまった。
そのことで相当ショックを受けていて
当分メンタルケアが必要らしい…。
命の恩人の葬儀への参列は断られた。
向こうの遺族に怨まれて…ということではない。
遺族、とりわけ故人の母親はとても優しい人で
決して信太や信太の両親を責めたりはしなかった。

「葬式にはいらっしゃらないでください。
 お互い辛いだけですから…」

その優しい言葉の裏には、
参列すれば親族や弔問客たちから罵られるであろう
信太と両親への気遣いが見え隠れしていた。

「ただ… もしよろしければ、たまにでいいので…
 墓参りでもしてやってください…。」

「信太は今日も休みなのか?」
「うん。そうみたいね…」

ここのところ信太が休んでいるので、
亜樹は直哉とふたりで登下校している。
この日も直哉と一緒に学校へと向かっていた。

「まったく、どうしようもないな。オレにフラれたくらいで…」

亜樹は事故のことを知らない。
彼女は信太は自分にフラれたショックで
登校拒否をしているのだと思い込んでいた。
秀は当然蓮の葬儀に参列したが
蓮の母親の配慮のお陰で、信太と鉢合わせすることもなく、
蓮が命を犠牲にして守った小学生が
実は信太であるということを知る者は少ない。

「あ、あのさ、亜樹ちゃん…」

突然、直哉の足が止まった。

「なんだ?」

少し顔を赤らめている直哉を、亜樹は不思議そうに覗き込む。

「亜樹ちゃんは、女の子…なんだよね?」
「は? 当たり前だろっ!!」

オレは女だ!!
亜樹は確かに男みたいな性格だが、
それでも自分が女性であることを重々承知している。
何より女に生まれなければ、
秀と結ばれることもなかっただろう…。

「何なんだ、お前…」
「え、あ、ううん… 何でもない…」

亜樹は直哉に疑いの目を向けていた。
いったい今までオレを何だと思ってたんだと…。

「あ~ ウチも女の子に生まれたかったなぁ…」

直哉は空を見上げてそう言った。
暫く歩いていると、直哉は急に寒気に襲われた。
道路の向こうから異様な空気が伝わってくる…。
恐る恐るそちらに目をやると、
その瞳に映った光景に、直哉は思わず息を呑んだ。

「な、なにあれ…。もしかして最近流行の…」

朝の通勤通学の時間帯だけあって、大通りは混雑していた。
行きかう人々は肩をぶつけても謝ることもなく、
急ぎ足で職場や学校へと向かってゆく。
そんな中、その一箇所だけはすっぽりと空いていた。
その妖しげなオーラを放つ女性が道を歩くと、
モーセの前で海がふたつに割れるように、
彼女の前で人の波が割れ、道が開けていた。

「あ!! この間のお姉さんだ…」

亜樹はなぜか嬉しそうな顔をする。

「亜樹ちゃん、あの人知ってるの?」

「ああ、ちょっとな…。やっぱ憧れるなぁ…」

亜樹が浮かべる不敵な笑みに、

直哉は不安を感じざるを得なかった。

「奈津希ちゃん、今日も休みかな…」

由梨は黒板の上の掛け時計を見上げた。
もうすぐ授業が始まる。
この時間に教室にいないということは
奈津希はおそらく今日も欠席だろう…。

「あれからもう一週間もたつのに…」

最後に奈津希を見たのはもう一週間も前だ。
それ以来メールをしても返事がないし、
電話をかけても繋がらない。
おそらく電源を切ったままなのだろう…。
由梨は今日の放課後にでもお見舞いに行こうと考えていた。

ガラガラ…と教室のドアが開く。
もう授業が始まる時刻なので
教師が入ってきたのかと思い、そちらに目をやった。
一瞬にして由梨の表情が凍りつく…。

「如月さん…!」

ドアの近くにいた女生徒は思わず声をかける。

「ど、どうしたの… その格好…」
「フフッ…。カッコイイでしょう?」

小夜子の妖しげな笑みに、女生徒の顔は引き攣った。

「え… そ、そうね…。素敵よ、とっても。」

動揺を隠し切れない。
制服の自由化以来、小夜子は担任から注意され続けながらも
過激なファッションを止めず、
それどころか徐々にその過激さを増していた。
いつかこんな日が来るのではないかと、誰もが思っていただろう。

しかしまさか…

まさか本当にこんな格好で登校してくるとは…

近寄ってくる小夜子から、由梨はとっさに目を逸らす。
はっきり言って、関わりあいたくなかった。

「そんな顔をしないで…」

この妖艶な笑みに、呑み込まれてしまいそう…。
たじろぐ由梨の耳元で、そっと囁いた。

「あなたも脱いでみたら?」

不気味に微笑む小夜子に、背筋がゾクッとした。

「…気持ちよく、なれるわよ?」

キーンコーンカーンコーン…

チャイムが虚しく響き渡ると、
担任の翔が教室に入ってきた。
蓮の葬式以来、このクラスにはあまり活気がない。

彼は教壇に立つと、その異様な雰囲気に威圧された。

「みんな、ちょっとしんみりし過ぎだよ…。
 大槻のことは残念だったけど…」

そう呟き、教室を見回すと…。その目が…見開いた。

「き、如月…?」
「どうかしました?」

名前を呼ばれた少女は、嘲るように微笑を浮かべた。

フフッ…
    フフフフッ…
 フフフッ…
    フフフフッ…

天使たちの笑い声がする…。

「いや…、何でも…ない…」

翔は俯いた。
現実を見るのが、恐かったのかもしれない。

教卓に置かれた名簿を持つ手はブルブルと震え、
“如月小夜子”という字が歪んで見える。

そして、恐る恐る再び顔を上げる。

小夜子の背中に、この世のものとは思えないほどの美しい純白の羽が見える…。

「―――ハッ!?」

突然、我に返った瞬間。その羽は儚く舞い散って消えた。

「き、如月!!服はどうしたの!?」

少し嬉しそうな顔をした小夜子は、
ゆっくりと立ち上がった。

「自由って言われても、何着てくればいいかわかんなくて。」

今、彼女の全てが見てとれる。

粉雪のように白く繊細な肌が、美しい…。
大きな乳房の突起は、興奮し赤く勃起している。
陰毛は髪と同じ漆黒で、そこから太ももへと伝う愛液…

「何着てきても、先生怒るから…。」

胸元を飾る十字架のネックレスが、
妖艶な雰囲気を醸し出している。

「だから、まぁ…何も着てかなければ問題ないかな…なんて。」

翔は「はぁ…」とため息をつき、
見下した目で嘲る小夜子のもとへと歩み寄る。

「…もういいよ。
 如月… 僕と一緒に、職員室へ行こう。」

着ていた背広を脱いで小夜子の背中に被せた。

「いいね?」

小夜子の顔を覗き込むようにして見つめそう言うと、
彼女の返事を待たずに、
肩を抱いて教室の外へと連れ出そうとする。

「みんな、とりあえず自習してて…」

生徒たちに残した言葉は力無く、
教室の空気を一層重くした。
教室のドアに手をかけた瞬間、
翔はハッとして、猛烈な冷や汗をかいて固まった。

「こ、この状況は…!!」

翔の脳裏によぎるあの日の光景…
すべての事象が、7年前と酷似している…!!

するとそのとき…
ガラガラ…と教室のドアが勝手に開いた。
翔が開けたのではない、
廊下側から開かれたのだ。
もう授業が始まっている。
誰もいないはずの廊下…

そこに佇んでいたのは…――――――

「く、栗原…!!」

翔は思わず絶句した…。
奈津希はなかなかスタイルが良い。
胸も大きく魅力的だ。
その柔らかな膨らみの先っぽで、
桜色の乳頭が己の存在を主張している。
そしてそこから下へいくと、
可愛らしいおヘソ、そして…
顔に似合わず淫猥な唇…
それを覆う恥毛がなんともセクシーで…
奈津希の背中にも
この世のものとは思えないほどの美しい純白の羽が見える…。
全裸で凍える奈津希を蓮が抱き締めるかのように、
温かく包み込む優しい天使の羽…

「な、奈津希ちゃん…」
「栗原まで… どうしちゃったんだ…!?」

由梨も翔も驚愕し、
瞬きさえも忘れて目を見開いていた。
クラス中にどよめきが広がる。

「あたしは蓮以外、何もいらない。
 この指輪だけで…もう十分よ…」

左手の薬指にはめた蓮の形見を見つめる優しい眼差し…
全裸の奈津希は、
ただ… 愛おしい人の温もりを感じる。

職員会議―――――――

「緒方くんのクラスで、全裸で登校した生徒がいるそうだ。」
「ついにうちの学校にも出ましたか…。」
「まあ、今流行ってますからねー、ラギャル。」
「どうするのかね。認めるわけにはいかんだろう。」
「…犯罪ですからね。」
「だが、公然わいせつ罪やわいせつ物陳列罪は
 撤廃に向けて議論が進んでいる。」
「まったく、変な世の中になったものだ…。」
「しかし、教育上良くないだろう。
 PTAは何と言っている?」
「禁止するのは、子供の個性の否定に繋がる、だそうだ…。」
「馬鹿げたことを…」
「今の時代、何事も”強制”とか”禁止”とか
 そういう言葉は嫌われますからねー。」
「…教育委員会はどうだ?」
「各校の判断に委ねる、と。
 厄介事はこっちに回すな、ということでしょう。」
「校長、どうします?」
「…現状維持だ。
 緒方くん、生徒の方から自主的に止めてくれるよう促してくれ。」
「そ、そんな…」
「なに、案ずることはない。原因は異常気象だ。
 冬になれば流石に気温も下がり、嫌でも服を着てくるだろう。」

―――――しかし、気温は上がる一方だった。

全裸で登校するのは
小夜子と奈津希だけではなかった。
一人また一人と裸の女生徒が増えていき、
数日のうちに学校中に広がっていった…。
驚くことに、いわゆる美人や可愛い娘だけが脱いでゆき、
自分の顔や体に自信のない娘たちは決して脱がなかった。

しかし、例外がひとり…。

由梨は制服を着ていた。
頑なに脱ぐことを拒んだ。
教室中に裸の女子が満ちている…。
もはや現実ではないみたいだ…
悪い夢に違いない…
思えば、すべてはあの日から始まっていたのかもしれない…。
あの紅い瞳が、すべてを狂わせた…

そう… それは、露出狂の少女たち

まるで… 教室中に西濱綾がいるみたいだ。

フフッ…
    フフフフッ…
 フフフッ…
    フフフフッ…

天使たちの笑い声がする…。

「うわーーー!!!!」

12月31日―――――

太陽が燦々と照り付ける季節は終わりを知らず、
蒸し暑い夜に行われた紅白歌合戦。
本当なら、美優とコタツにあたりながら…
脚を絡ませあったり、イチャイチャしながら…
いつまでも、幸せな時間が流れているはずだった。

でも…
彼は今…
世界中に自分しか存在しえないかのような
深い孤独感に苛まれている。

「美優…」

ふとテレビに目をやると、
そのアーティストが歌う姿は、あまりに神々しい…
一枚、また一枚と…
身に纏う衣服を脱いでゆく、その姿…

仁元実華が歌うこの曲… ―veil―

西濱綾のような紅い瞳に…
如月小夜子のような長い漆黒の髪…
一糸纏わぬ姿となった彼女の胸元には、
十字架のネックレスが煌めいていた。
後から聞いた話では
スタッフたちが実華サイドに買収されていて

映像が遮断されず、そのまま放送されたのだという…。

  定められた道徳(ルール)では
  生きることも辛すぎて
  夜の寒さ氷河期のよう
  こぞって服を着た

  生まれたとき誰もみな
  裸のまま泣き喚く
  福を求め服を重ねて
  化粧をしてシンデレラ

  仮面舞踏会みたい
  哀しく微笑みあって
  冷静に着飾るけれど
  誰もが怯えて warwar

  仮面舞踏会みたい
  可憐に舞い踊り散る
  謎なのはお互い様ね。
  本当の姿は veil

  煌いてる星達も
  所詮ただの天象儀
  誰も知らぬ果ての何処かに
  エセ白馬の王子様

  仮面舞踏会なんて
  温もり伝わらない
  気持ちよく喘いでたけど
  虚しい偽り ahah

  仮面舞踏会なんて
  孤独を重ねゆくだけ
  愛想笑い、上手く出来てた?
  本当の笑顔は veil

  護ってるのは心
  硝子のようだけど
  全ての服を脱ぎ捨てて
  化粧をとり魔法を解く

  仮面を捨てて生きたい
  本当の私を見てて
  冷静に着飾る人よ
  飾りは要らない ourhour

  全て脱ぎ捨ててみたい
  醜く舞い踊り生きる
  目を逸らさないで見ていて…
  今脱ぐよ 要らない veil

関連記事


先生・生徒・禁断 | 【2018-06-25(Mon) 21:00:00】 | Trackback:(0) | Comments:(0)
コメント
コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)


Copyright © エッチな萌える体験談 All Rights Reserved. Powered By FC2. 
skin:*cuteblog*